実用新案権侵害差止請求権不存在確認等請求事件(安定高座椅子)

解説 実用新案技術評価書制度を設けて、権利行使の際には実用新案技術評価書を提示した警告後でないと権利行使できない旨定めている制度の趣旨を示す事例
(大阪地裁 平成26年(ワ)第5064号 平成27年3月26日判決言渡)
 
第1 事案の概要
 安定高座椅子の考案(本件考案)について実用新案権(本件実用新案権:実用新案登録第3158266号)を有する被告が、高座椅子の製造、販売等を行う原告及びその取引先等に対し、原告の商品(本件原告商品)は被告の本件実用新案権に抵触するものと認識していることなどを通知した(本件警告及び本件通知)。
 被告は、本件警告及び本件通知にあたって、特許庁から発行されていた実用新案技術評価書(本件技術評価書:本件考案には進歩性がない旨の評価を受けていた)を提示していなかった。
 原告が、本件実用新案権実用新案権の無効を主張し、差止請求権等の不存在確認を求めると共に、前記取引先等への通知(本件通知)が、不正競争防止法2条1項14号の不正競争行為(競争関係にある他人の営業上の信用を害する虚偽の事実の告知、流布)にあたるとして、被告に対し、同法3条1項による差止め及び同法4条による損害賠償を請求した。

第2 争点
(1)被告の差止請求権等の不存在確認について
(2)被告の不正競争行為について
(3)損害賠償請求について

第3 判決
1 原告の本件原告商品の製造又は販売につき、被告が、原告に対し、本件実用新案権に基づく差止請求権、損害賠償請求権及び不当利得返還請求権を有しないことを確認する。
2 被告は、文書、口頭又はインターネットにより、原告が本件原告商品を製造又は販売することが、本件実用新案権を侵害し、又は侵害するおそれがある旨を、第三者に告知してはならない。
3 被告は、原告に対し、金88万円、他の金員を支払え。

第4 判決の理由
(1)不存在確認請求の結論(無効理由は省略する)
 本件実用新案権には無効原因があるのに、被告は、本件原告商品が、本件実用新案権に抵触する旨を原告及び本件通知先に通知し、原告に対しては製造販売等の差止めを求めているのであるから、本件実用新案権に基づく差止請求権、損害賠償請求権、不当利得返還請求権が存在しないことの確認を求める利益は存するというべきであり、その不存在確認請求は理由がある。

(2)不正競争行為の差止めについての判断
 ア 被告は原告と競合する関係にあり、原告が製造、販売する高座椅子の構造、形態については、カタログや販売業者のウェブサイトで常に公開されていたのであるから、その内容については、被告において認識していたものと推認される。
 イ 本件実用新案権の出願の内容が、当該出願の当時(既に原告によって)製造販売されていた1503商品に対応していること、より本件考案の構成に類似する(原告の製造販売に係る)1502商品が製造販売されたころ、被告が、本件考案について技術評価の請求を行っていること、本件技術評価書において進歩性を否定する旨の判断を受けた後、被告は1502商品に対し権利行使をせず、本件原告商品の製造販売がされても同様であったこと、別件被告商品の関係で、原告から警告書の送付及び仮処分事件の申立てを受けた後に初めて、被告は、本件実用新案権に基づき、本件警告及び本件通知を行ったことが認められる。
 ウ 一般に卸売業者等から商品を仕入れてネット等で販売するだけの立場の業者が、弁護士名で、商品が実用新案権に抵触すると認識している旨を通知された場合、その販売を継続すれば、実用新案権を侵害するものとして、損害賠償請求の相手方等にされる可能性がある旨理解するのが通常である。
 エ 他方、前記で判断したとおり、本件考案は、原告の1503商品との関係で進歩性を欠き、無効とされるべきものであるが、前述のとおり、被告は、1503商品については認識していたものと認められるし、理由は異なるとしても、本件技術評価書において、本件考案には進歩性がない旨の評価を受けていたのであるから、前記の経緯を考慮すると、被告は、本件実用新案権が無効とされ、これに基づく権利行使が否定される蓋然性が高いことを認識しながら、あえて本件警告及び本件通知に至ったものと推認することができる。
 オ このような状態で、被告は、本件技術評価書を提示することなく、換言すれば、有効性に特段の問題もない権利であるかのようにして、本件通知先に前記内容の本件通知を送付したのであるから、これは、競争関係にある他人の営業上の信用を害する虚偽の事実の告知に該当するといわざるを得ない(不正競争防止法2条1項14号)。
 カ 被告は、本件実用新案権は無効ではない旨を主張し、被告の認識を示して相手方の対応を確認することは何ら違法ではない旨を主張するのであるから、被告が今後も同様の行為をするおそれはあるといわざるを得ず、不正競争防止法3条により、被告の上記行為を差し止める必要があるというべきである。

(3)損害賠償請求についての判断
 ア 被告は、本件技術評価書を提示することなく、原告に対しては、本件警告を送付して販売等の差止めを求めており、販売業者である本件通知先に対しては、本件通知を送付して本件原告商品が本件実用新案権に抵触する旨を指摘し、その対応について回答するよう求めているのであるから、前者については技術評価書の提示のない権利行使、後者については技術評価書の提示のない警告というべきであり、前記のとおり、これは、不正競争行為にあたると同時に、権利が無効となる可能性があることを知る機会を与えないままこれを行ったという意味で、法の趣旨に反する違法な行為というべきである。
 イ 被告は、本件実用新案権が無効とされ、これに基づく権利行使が否定される蓋然性が高いことを認識しながら、(別件被告商品の関係で、原告から受けた、警告書の送付及び)仮処分事件の申立てに対抗するように、法の規定に反し、本件技術評価書を提示することなく、有効性に特段の問題もない権利であるかのようにして本件通知を送付し、その結果、一部の業者は、本件原告商品の取扱いを停止したのであるから、被告の行為は故意の不正競争行為と評価すべきものであり、その違法性の程度は大きいといわなければならない。
 ウ 以上認定したところを総合すると、本件通知先の半数が本件原告商品の販売を停止したということは、本件通知先が、少なくとも、原告は実用新案権を侵害している可能性があると考えたということであり、これは原告の信用を毀損するものであって、前述した被告の行為の違法性の程度をも考慮すると、これを回復するための損害賠償としては金80万円が相当であり、これと相当因果関係のある弁護士費用としては金8万円が相当である。

第5 考察
 実用新案権は、実体審査をせず登録を認める(実用新案法第14条第2項)が、他方、実用新案技術評価書制度(同法第12条)を設けて、権利行使の際には実用新案技術評価書を提示した警告後でないと権利行使できない旨定めている(同法第29条の2)。制度の趣旨を示すケースなので紹介した。
以上


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '16/05/05