特許権侵害行為差止等請求事件(差止め(特許法第100条)の必要性)

解説 偶然等の事情により特許侵害を構成する場合の差止め(特許法第100条)の必要性において、原告が出願した本件発明の内容や、原告による被告各製品の特定方法に起因すること等を根拠に差止の必要性を否定している事例
平成24年(ワ)第15621号 特許権侵害行為差止等請求事件
(東京地裁 平成27年1月22日判決言渡)
 
第1 事案の概要
 本件は、Cu−Ni−Si系合金に関する特許権(特許第4408275号)を有する原告が、被告に対し、被告の製造、販売する被告製品が特許発明の技術的範囲に属すると主張して、特許法第100条に基づき、被告製品の生産、使用、譲渡及び譲渡の申出の差止めを求めた事案である。
 被告は、型式番号を「M702S」とする銅合金(被告合金1)、型式番号を「M702U」とする銅合金(被告合金2)の製造、販売及び販売の申出をしている。 被告合金1は、質別に「1/4HT」、「1/2HT」、「HT」、「EHT」の4種類に分かれているが、被告合金2の質別は「1/2HT」のみである。質別の「T」は、低温焼鈍を表し、「H」は「HARD」、「E」は「EXTRA」の略である。

第2 争点
 争点1:被告各製品の特定とその適法性
 争点2:被告各製品が本件発明の技術的範囲に属するか否か
 争点3:本件特許が特許無効審判により無効にされるべきものと認められるか否か
 争点4:被告が先使用による通常実施権を有するか否か
 争点5:差止めの必要性があるか否か
 この解説では争点1、5についてのみ紹介する。

第3 判決
 原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。

第4 判決の理由

争点1(被告各製品の特定とその適法性)について
(1)原告による被告各製品の特定は、型式番号により特定される被告合金1及び2であるとしつつも、被告合金1及び2のうち本件特許の請求項1における構成要件Dを充足しないものがある場合を慮って、差止めの対象について、被告合金1及び2からX線ランダム強度比の極大値が6.5未満のものを除外する趣旨であると理解することができるのであり、被告も、このことを前提に認否反論をしてきたものである。
(2)そうであるから、本件における審理の対象は、明確であって、適法に特定されているというべきである。
争点5(差止めの必要性があるか否か)について
(1)被告合金1について構成要件Dを充足するのは、番号3の甲4のサンプル(質別1/2HT)のみであり、これより後に製造された同じ質別1/2HTの番号4の合金は充足せず、質別EHTの番号5の合金や質別HTの番号6の合金も充足しない。被告合金2について構成要件Dを充足するのは、番号8の甲5のサンプル1のみであり、番号9の甲5のサンプル2やこれより後に製造された番号10ないし12の各合金は充足しない。なお、本件特許出願前に製造された被告合金1及び2(番号1、2、7)も構成要件Dを充足しない。
(2)原告は、同一の製造ロットから得られる限り、同一の製造工程を経て製造するものであり、そのX線ランダム強度比の極大値は、誰がどこを測定しても同一であると主張するが、このことを認めるに足りる的確な証拠はないから、同一ロットの製品であっても、測定部位によりX線ランダム強度比の極大値が変動する可能性があることは否定し難く、ましてや質別や製造ロットが異なれば、X線ランダム強度比の極大値が異なると考えられるのであって、上記の測定結果は、まさにそのことを示すものともいえる。
(3)被告は、本件特許出願の前後を通じ、構成要件Dを充足しない被告合金1及び2を製造しているのであり、X線ランダム強度比の極大値を6.5以上10.0以下の範囲に収めることを意図して被告合金1及び2を製造していることを認めるに足りる証拠はないから、被告が、今後、あえて構成要件Dを充足する被告合金1及び2を製造するとは認め難い。もっとも、このことは、偶然等の事情により構成要件Dを充足する被告合金1及び2が製造される可能性があることを否定するものではないが、本件証拠において、構成要件Dを充足するものが甲4のサンプルと甲5のサンプル1に限られていることからすれば、そのような事態となる蓋然性が高いとは認め難いというべきである。
(4)原告は、本件における差止めの対象を、被告合金1及び2のうち、X線ランダム強度比の極大値が6.5以上のものであると限定するが、同一の製造条件で同一組成のCu−Ni−Si系合金を製造した場合、当然に、X線ランダム強度比の極大値が同一になることまでをも認めるに足りる証拠はなく、かえって、前記のとおり、製造ロットや測定部位の違いによりこれが変動する可能性があることからすると、正確なX線ランダム強度比の極大値については、製造後の合金を測定して判断せざるを得ないことになるが、この場合、どの部位を測定すればよいか、また、ある部位において構成要件Dを充足するX線ランダム強度比の極大値が測定されたとしても、どこまでの部分が構成要件Dを充足することになるのかといった点について、原告は、その基準を何ら明らかにしていない。
(5)そうすると、被告の製品において、たまたま構成要件Dを充足するX線ランダム強度比の極大値が測定されたとして、当該製品全体の製造、販売等を差し止めると、構成要件を充足しない部分まで差し止めてしまうことになるおそれがあるし、逆に、一定箇所において構成要件Dを充足しないX線ランダム強度比の極大値が測定されたとしても、他の部分が構成要件Dを充足しないとは言い切れないのであるから、結局のところ、被告としては、当該製品全体の製造、販売等を中止せざるを得ないことになる。そして、構成要件Dを充足する被告合金1及び2が製造される蓋然性が高いとはいえないにせよ、甲5のサンプル2のように、下限値付近の測定値が出た例もあること(なお、原告は、これが構成要件Dを充足しないことを自認している。)に照らすと、本件で、原告が特定した被告各製品について差止めを認めると、過剰な差止めとなるおそれを内包するものといわざるを得ない。
(6)さらに、原告が特定した被告各製品を差し止めると、被告が製造した製品毎にX線ランダム強度比の極大値の測定をしなければならないことになるが、これは、被告に多大な負担を強いるものであり、こうした被告の負担は、本件発明の内容や本件における原告による被告各製品の特定方法等に起因するものというべきであるから、被告にこのような負担を負わせることは、衡平を欠くというべきである。
(7)これらの事情を総合考慮すると、本件において、原告が特定した被告各製品の差止めを認めることはできないというべきである。

第5 考察
 本件は、原告が差止の対象となる被告製品を型式番号により特定する際に、当該型式番号で特定される被告製品の中に特許発明の構成要件を充足しないものがある場合を慮って前記型式番号で特定される被告製品の中から前記構成要件を充足しないものを除外する趣旨で差止対象となる被告製品を特定した場合、偶然等の事情により特許の構成要件を充足する被告製品が製造されることがあるとしても、差止め(特許法第100条)を認めることは過剰になるとして、差止の必要性を否定した事例である。
 本件は、偶然等の事情により特許侵害を構成する場合に差止の必要性を論じた点では目新しい。被告による侵害の実態、差止めを認めた場合に被告に生じる不利益、この弊害は原告が出願した本件発明の内容や、原告による被告各製品の特定方法に起因すること等を根拠に差止の必要性を否定している。
 今後、実務の参考になる部分があるかと思われるので紹介した。
以上


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '16/05/05