審決取消請求事件(ロータリ作業機のシールドカバー)

解説  審決取消請求事件において、本件発明1の構成に想到することは、格別な努力が必要であり、当業者にとって容易であるということはできないとして進歩性の判断(2段階を経る容易想到性判断)に誤りがあるとして本件審決を取消した事例
(知的財産高等裁判所 平成27年(行ケ)10094号 判決言渡 平成28年3月30日)
 
第1 事案の概要
 原告が所有する特許第5454845号(発明の名称:ロータリ作業機のシールドカバー)に対して被告から特許無効審判が請求された。特許庁は、無効2014−800071号事件として審理し、本件発明は、引用発明1(実願昭63−106917号公報)及び、引用発明2(特開平6−303802号公報)に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件特許は、特許法29条2項の規定に違反してされたものであるとして無効審決(本件審決)をした。
 原告が本件審決の取消を求めて出訴し、知的財産高等裁判所は、本件審決には容易想到性の判断に誤りがあるとして本件審決を取消した。
 特許請求の範囲の請求項1に係る発明(本件発明1)についてのみ紹介する。
<本件発明1>
 トラクタの後部に装着され、トラクタと共に走行する作業機本体に支持される作業ロータと、その上方を覆うシールドカバー本体とその進行方向後方側に連結され、前記作業ロータの後方を覆うエプロンを有するシールドカバーを備えるロータリ作業機において、その進行方向後方側の位置で固定され、その進行方向前方側の端部から前記後方側の位置までの区間が自由な状態であり、前記端部寄りの部分が自重で垂れ下がる、弾性を有する土除け材が、前記シールドカバー本体の前記作業ロータ側の面に2枚以上固定されるとともに、前記エプロンの前記作業ロータ側の面に1枚以上固定され、前記土除け材は前記シールドカバー本体と前記エプロンの周方向に隣接して複数枚配置され、前記土除け材の内、前記シールドカバー本体に固定された各土除け材の固定位置すべてが、隣接する他の土除け材と互いに重なっていることを特徴とするロータリ作業機のシールドカバー。
<本件審決が認定した本件発明1と引用発明1との相違点>
 本件発明1では、「その進行方向後方側の位置で固定され、その進行方向前方側の端部から前記後方側の位置までの区間が自由な状態であり、前記端部寄りの部分が自重で垂れ下がる、弾性を有する土除け材が、」「前記エプロンの前記作業ロータ側の面に1枚以上固定され」、シールドカバー本体とエプロンに固定された土除け材はシールドカバー本体とエプロンの周方向に隣接して配置され、シールドカバー本体に固定された進行方向において最も後方側の土除け材の固定位置が、隣接するエプロンに固定された土除け材と互いに重なっているのに対し、引用発明1では、エプロン側に土除け材がなく、そのような構成を有していない。

第2 判決
 特許庁が無効2014−800071号事件について平成27年4月10日にした審決を取り消す。
 訴訟費用は被告の負担とする。

第3 理由
 本件審決は、引用発明2について、弾性部材23の前端部23aが前方に延設されたものにおいては、その延設された(前方)端部寄りの部分は、自重で垂れ下がるものと解されると判断した。
 しかし、引用発明2の弾性部材23の前方側の端部寄りの部分の自重による垂れ下がり量は、弾性部材23の弾性係数、長さ等に依存するから、弾性部材23の材質がゴム等の弾力に富んだものであるとしても、その前方側の端部寄りの部分が、ロータリ作業機本体の振動に伴って、その振動時の振幅が最大限発揮する程度の弾性を有することによる、技術的意義のある現象として「自重で垂れ下がる」とは限らない。
 したがって、仮に、引用発明1に引用発明2を適用したとしても、後部カバー13に弾性部材を設け、その弾性部材をその進行方向後方側の位置で固定するとともに、固定部を除いて前方側を自由な状態とし、主カバー12に対する土付着防止部材20の固定位置において、その土付着防止部材20と互いに重なるようにする結果、引用発明1の主カバー12に固定された各土付着防止部材20は、その固定位置全てが隣接する他の土付着防止部材20と互いに重なるようにはなるものの、引用発明1の後部カバー13に引用発明2の弾性部材23として設けられた土付着防止部材20は、その進行方向前方側の端部寄りの部分が自重で垂れ下がるものではないから、本件発明1には至らない。
 本件審決は、仮に引用発明2の弾性部材23の前端部23aが前方に延設された(前方)端部寄りの部分が自重で垂れ下がるものでないとしても、エプロンに固定された土除け材を、その端部寄りの部分が自重で垂れ下がるような材質のものとすることは、当業者が適宜になし得る程度のことにすぎないと判断した。
 しかし、引用発明2の弾性部材23の前端部23aが前方に延設された(前方)端部寄りの部分を自重で垂れ下がるものとすることを想到した上で、これを引用発明1に適用することによって、引用発明1の後部カバー13に引用発明2の弾性部材23として設けられた土付着防止部材20の進行方向前方側の端部寄りの部分を自重で垂れ下がるものとするというのは、引用発明1を基準にして、更に引用発明2から容易に想到し得た技術を適用することが容易か否かを問題にすることになる。このように、引用発明1に基づいて、2つの段階を経て相違点に係る本件発明1の構成に想到することは、格別な努力が必要であり、当業者にとって容易であるということはできない。
 また、引用発明2において、リヤカバーに固着された土付着防止部材(弾性部材)を自重で垂れ下がるように構成すると、リヤカバーの枢着部分では、メインカバーに取り付けた低摩擦係数の部材と、リヤカバーに取り付けた弾性部材との接合部に間隙が生じるため、ここに土がたまりやすくなるという引用発明2の課題を解決できない。したがって、引用発明2の弾性部材23について端部寄りの部分が自重で垂れ下がるような材質のものに変更することは、引用発明2の目的に反する。
 そうすると、引用発明2において、弾性部材23の前方側の端部寄りの部分を自重で垂れ下がるようにすることには、そもそも阻害要因があると認められる。弾性部材23の前端部23aを更に前方に延設して低摩擦係数の部材14と重ね合わせた状態にした場合も、同様の理が妥当することから、前端部23aを前方に延設した弾性部材23の前方側の端部寄りの部分が自重で垂れ下がるようにすることは、当業者が適宜になし得る程度のものということはできない。

第4 考察
 進歩性判断の論理づけの際、「容易の容易は容易でない」と、実務で言われることがある。
 特許庁の審決で、引用発明1を基準にして、更に引用発明2から容易に想到し得た技術を適用することを「当業者が適宜になし得る程度のことに過ぎない」とした点について、判決では、「引用発明1に基づいて、2つの段階を経て相違点に係る本件発明1の構成に想到することは、格別な努力が必要であり、当業者にとって容易であるということはできない」とされた。
 実務の参考になる部分があると思われるので紹介した。
以上


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '17/05/08