審決取消請求事件(マルチデバイスに対応したシステムにおいて用いられる装置、その装置において実行される方法およびプログラム)

解説 審決取消請求事件において、発明の進歩性において、第一引用発明に第二引用発明を適用することについて阻害要因があると判断して、容易想到性を否定し、発明の進歩性を認めた事例
(知的財産高等裁判所 平成27年(行ケ)第10018号 判決言渡 平成27年12月17日)
 
第1 事案の概要
 原告は、発明の名称を「マルチデバイスに対応したシステムにおいて用いられる装置、その装置において実行される方法およびプログラム」とする特許出願(特願2013−224753号)(本願)をしたが、拒絶査定を受け、これに対する不服の審判を請求した。特許庁は、不服2014−10032号事件として審理し、平成26年12月22日、「本件審判の請求は、成り立たない。」という審決(本件審決)をした。原告は、平成27年1月28日、本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起した。
 本件審決の理由は、本願発明は、その出願前に日本国内において頒布された刊行物である引用例(特開2007−149052号公報)に記載された発明(引用発明)及び、周知例1(特開2009−20709号公報)、周知例2(特開2012−247927号公報)、周知例3(国際公開第2012/141183号)、周知例4(特開2007−279864号公報)に記載された周知技術Aに基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない、というものである。
 原告が主張した取消事由は、引用発明の認定の誤り並びに本願発明と引用発明との一致点の認定の誤り及び相違点の看過(取消事由1)、容易想到性の判断の誤り(取消事由2)である。
 判決は、原告主張の取消事由2は、理由があるとして本件審決を取消した。

第2 判決
 特許庁が不服2014−10032号事件について平成26年12月22日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。
 ここでは取消事由2に関する判断についてのみ紹介する。

第3 理由
(引用発明に周知技術Aを適用することの阻害要因について)
(1)周知技術A、すなわち、端末装置の種類(通常画面サイズも異なる)に対応する複数のスタイルシート(CSS)をあらかじめ用意しておき、そのうちの1つを選択するようにすることは、周知性の有無はともかく、本願優先日当時において公知の技術であったことは明らかである。
(2)以下では、引用発明に周知技術Aを適用することにつき、阻害要因の存否を検討する。
(3)従来、サーバ装置から提供されるコンテンツデータは、端末装置の種類等の違いにかかわらず、同一の表示形式で提供されていたので、端末装置の画像解像度によっては、必ずしも提供されたコンテンツデータを適切に表示することができないという問題があった。
 その対策として、様々な種類の端末装置ごとに別々のコンテンツデータを製作(制作)し、それらのコンテンツデータを端末装置の種類ごとに分けてサーバ装置に用意しておく方法等があったものの、そのような方法においては、サーバ装置側に、バッチファイル等の複数の選択肢(例えば、バッチファイル等)をあらかじめ用意しておく必要があることから、端末装置の種類や機種の増加に伴って、サーバ装置側の製作負荷が膨大なものとなり、コストも増大するという問題がある。
(4)そこで、引用発明は、これらの問題をいずれも解決すること、すなわち、端末装置の特性や能力等に応じて別々のコンテンツ及び選択肢を用意することなく、コンテンツのメンテナンスに要する負担やコスト等を軽減しつつ、端末装置に応じた最適なコンテンツを提示することができる情報提示装置の提供を課題とした。
(5)そして、引用発明は、前記課題解決手段として、ユーザに対して情報を提示する端末装置の表示画面サイズを含む端末情報を取得し、コンテンツを構成するページに対応する構造化データに規定された素材データの提示形式を、前記端末情報に基づいて前記端末装置に合った提示形式に調整した上で、前記素材データをフォーマット変換してXHTML文書とCSSから成るページデータを生成するという構成を採用した。
 引用発明は、同構成を採用して、各コンテンツに係る素材データにつき、前記調整、変換を行い、最終的に各端末装置に合った提示形式を備えたページデータにすることにより、各端末装置の特性等に応じて複数のコンテンツ及び選択肢を用意しなくても、各端末装置に応じた最適なコンテンツを提供できるようにして、前記課題を解決するものである。
(6)他方、周知技術Aは、端末装置の種類(通常画面サイズも異なる)に対応する複数のスタイルシート(CSS)をあらかじめ用意しておき、そのうちの1つを選択するようにすることであり、これは、前記において従来技術の一例として挙げた「様々な種類の端末装置ごとに別々のコンテンツデータを製作(制作)し、それらのコンテンツデータを端末装置の種類ごとに分けてサーバ装置に用意しておく方法」と同様に、サーバ装置側に複数の選択肢をあらかじめ用意しておく必要があることから、端末装置の種類や機種の増加に伴って、サーバ装置側の製作負荷が膨大なものとなり、コストも増大するという問題を生じさせるものである。
 そして、この問題は、引用発明がその解決を課題とし、前記課題解決手段の採用によって解決しようとした問題にほかならない。
(7)したがって、引用発明に周知技術Aを適用すれば、引用発明の課題を解決することができなくなることは明らかであるから、上記適用については、阻害要因があるものというべきである。
(8)以上によれば、引用発明に周知技術Aを適用することについては阻害要因があり、当業者は引用発明に周知技術Aを適用することによって本件審決認定の相違点を容易に想到することができたという本件審決の判断は、誤りであるというべきである。

第4 考察
 第一引用発明に第二引用発明を適用することに阻害要因があるか否かは、発明の進歩性を判断する際の一つの考慮要素になる(特許庁特許審査基準)。
 本判決は、第一引用発明に第二引用発明を適用することについて阻害要因があると判断して、容易想到性を否定した事例である。
 実務の参考になる部分があると思われるので紹介した。
以上


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '16/12/31