審決取消請求事件(気道流路および肺疾患の処置のためのモメタゾンフロエートの使用)

解説  審決取消請求事件において、特許請求している発明によって発揮される効果は発明の進歩性を判断する際の一つの考慮要素になる進歩性の判断(顕著な効果)に誤りがあるとして審決を取り消した事例 
(知的財産高等裁判所 平成27年(行ケ)第10054号 判決言渡 平成28年3月30日)
 
第1 事案の概要
 本件は、特許無効審判請求を不成立とした審決の取消訴訟である。
 被告は、特許第3480736号(発明の名称:気道流路および肺疾患の処置のためのモメタゾンフロエートの使用)(本件特許)の特許権者である。
 原告は、本件特許について無効審判請求をしたところ(無効2014−800055号)、特許庁は、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をした。
 審決は、本件発明の構成について、甲1発明に甲2〜5に記載された公知技術や周知技術を適用することは容易想到である、甲2発明に甲1、3〜5に記載された公知技術を適用することは容易想到であると判断した。その上で、本件発明の顕著な効果を認め、進歩性を肯定した。
 そこで、原告は、審決の取消事由として、顕著な効果についての判断誤りを主張した。
 争点は、進歩性判断の当否(顕著な効果の有無についての判断の当否)であり、知財高裁は、顕著な効果を理由に進歩性を肯定し、特許無効審判請求を不成立とした審決は、誤りであるとして、取り消した。
 ここでは判決に示された顕著な効果の有無を判断する観点についてのみ紹介する。

第2 判決の要旨
 特許庁が無効2014−800055号事件について平成27年2月3日にした審決を取り消す。
 訴訟費用は被告の負担とする。

第3 理由
 本件発明の構成が、公知技術である引用発明に他の公知技術や周知技術等を適用することにより容易に想到できるものであるとしても、本件発明の有する効果が、当該引用発明等の有する効果と比較して、当業者が技術常識に基づいて従来の技術水準を参酌した上で予測することができる範囲を超えた顕著なものである場合は、本件発明がその限度で従来の公知技術から想到できない有利な効果を開示したものであるから、当業者がそのような本件発明を想到することは困難であるといえる。
 したがって、引用発明と比較した本件発明の有利な効果が、当業者の技術水準から予測される範囲を超えた顕著なものと認められる場合は、本件発明の容易想到性が否定され、その結果、進歩性が肯定されるべきである。
 そして、当業者が予測できない顕著な効果といえるためには、従来の公知技術や周知技術に基づいて相違点に係る構成を想到した場合に、本件発明の有する効果が、予測される効果よりも格別優れたものであるか、あるいは、予測することが困難な新規な効果である必要があるから、本件発明の有する効果と、公知技術を開示する甲1発明、甲2発明に加え、周知技術を開示する甲3発明〜甲5発明の有する効果についても検討する。
 この場合、本件発明における有利な効果として認められるためには、当該効果が明細書に記載されているか、あるいは、当業者が、明細書の記載に当業者が技術常識を当てはめれば読み取ることができるものであることが必要である。
 なぜなら、特許発明は、従来技術を踏まえて解決すべき課題とその解決手段を明細書に記載し、これを一般に開示することにより、特許権としての排他的独占権を取得するものである以上、明細書に開示も示唆もされず一般に公開されないような新たな効果や異質な効果が後日に示され、仮に、従来技術に対して有利な効果であるとしても、これを斟酌すべきものではないからである。

第4 考察
 判決は上記のように顕著な効果の有無を判断する観点を示した上で、本件発明の明細書に記載された具体的な効果である、@アレルギー性鼻炎に対する治療効果、A全身的な吸収及び代謝、B全身的な副作用に関してそれぞれ検討し、本件明細書の記載からは、甲1発明や甲2発明よりも、本件発明1が、治療効果の点、全身的な吸収及び代謝の点、全身性副作用の点で優れているかどうかを理解することは困難といわざるを得ない、あるいは、優れているかどうかを理解することはできないとし、審決には顕著な効果の判断の誤りがあるとして審決を取り消した。
 特許請求している発明によって発揮される効果は発明の進歩性を判断する際の一つの考慮要素になる(特許庁特許審査基準)。実務の参考になる部分があると思われるので紹介した。
 今回の判決が確定すると特許庁で無効2014−800055号事件の審理が再開されることになる。
 本件審決取消訴訟において、被告(特許権者)は、本件発明の顕著な効果を認めた審決の判断は妥当と反論しつつ、併せて、審決の判断のうち、相違点に係る構成の容易想到性の判断についても争う旨主張した。しかし、知財高裁は、審決の相違点に係る容易想到性を認めた判断が誤りであれば、本件発明の進歩性を肯定した審決の結論に誤りはないから、本件審決取消訴訟において、相違点に係る構成の容易想到性の判断の誤り自体は、審決を取り消すべき事由には該当しないとして、相違点に係る構成の容易想到性を審理及び判断の対象とせず、本件発明の顕著な効果の有無についてのみ判断した。そして、最後に次のように判示している。
 「なお、当裁判所は、本件訴訟において、相違点に係る構成の容易想到性について、審理、判断するものではないところ、本件特許のような、十分な治療効果を有しながら副作用がわずか(又は生じない)とされる実用可能な『薬剤』の特許発明に関しては、その特許無効審判においても、治療効果の維持と副作用の減少(又は不発生)の両立という観点から審理、判断されることが望ましく、例えば、複数ある相違点のうち個々の相違点に限っては想到できるとしても、これらを総合した全体の構成が当該薬剤としての効果等を維持できるものであるか否かが重要であるから、本件審判手続においても、これらの点を念頭に置き、本件訴訟で主張、立証されたものを含め、相違点に係る構成について改めて慎重に審理、判断すべきものといえる。」
以上


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '17/05/08