審決取消請求事件(平底幅広浚渫用グラブバケット)

解説  審決取消請求事件において、「当業者が容易に発明をすることができた」とする審決が取り消された事例
(知的財産高等裁判所 平成27年(行ケ)第10149号 判決言渡 平成28年8月10日)
 
第1 事案の概要
 特許庁が特許第3884028号(発明の名称:平底幅広浚渫用グラブバケット)についての特許無効審判(無効2010−800231号)で行った審決(請求項1に記載された発明(本件発明)についての特許を無効とする)(本件審決)の取消が求められた事件である。
 原告が主張した審決取消事由は多岐にわたっているが、本件審決の理由の一つである「本件発明は、特開平9−151075号公報(引用例1)に記載された発明(引用発明1)に、実開昭64−32888号公報(引用例3)に記載された発明(引用発明3)、等を適用することによって、当業者が容易に発明をすることができた」が、本判決によって取り消された部分の進歩性判断の論理づけについてのみ紹介する。

第2 判決
 特許庁が無効2010−800231号事件について平成27年6月26日にした審決を取り消す。
 訴訟費用は被告の負担とする。

第3 理由
 本件発明と引用発明1との間には、本件審決が認定したとおり、本件発明においては、「シェルの上部にシェルカバーを密接配置するとともに、前記シェルカバーの一部に空気抜き孔を形成し、該空気抜き孔に、シェルを左右に広げたまま水中を降下する際には上方に開いて水が上方に抜けるとともに、シェルが掴み物を所定容量以上に掴んだ場合にも内圧の上昇に伴って上方に開き、グラブバケットの水中での移動時には、外圧によって閉じられる開閉式のゴム蓋を有する蓋体を取り付け」るのに対して、引用発明1においては、そのように構成されているか否か不明であるという相違点(相違点2)が存在するものと認められ、この点は、当事者間に争いがない。
 本件審決は、浚渫用グラブバケットに関する発明である引用発明1において、同じく浚渫用グラブバケットに関する周知技術2(浚渫用グラブバケットにおいてシェルの上部にシェルカバーを密接配置すること)及び、周知技術3(浚渫用グラブバケットにおいてシェルの上部に空気抜き孔を形成すること)並びに引用発明3を適用して相違点2に係る本件発明の構成とすることは、当業者であれば容易に想到し得たことであると判断した。
 相違点2は、シェルの構成に関するものである。しかし、引用例1には、・・・、シェル自体の具体的構成についての記載はない。したがって、引用例1には、シェルの構成に関する課題は明記されていない。
 もっとも、引用例3、等によれば、本件特許出願の当時、浚渫用グラブバケットにおいて、シェルで掴んだ土砂や濁水等の流出を防止することは、自明の課題であったということができる。したがって、当業者は、引用発明1について、上記課題を認識したものと考えられる。
 当業者は、引用発明1において、上記課題を解決する手段として、周知例2(実開昭49−137262号)に開示された「シェルが掴んだヘドロ等の流動物質の流出を防ぐために、相対向するシェル11、11の上部開口部12、12に上部開口カバー13、13をシェル11、11の内幅いっぱいに固着するか、又は、取り外し可能に装着することによって、上部開口部12、12を上部開口カバー13、13でふさぎ、シェル11、11を密閉する」構成を適用し、相違点2に係る本件発明の構成のうち、「シェルの上部にシェルカバーを密接配置する」構成については容易に想到し得たものと認められる。
 しかしながら、シェルの上部に空気抜き孔を形成するという周知技術3は、シェルの上部が密閉されていることを前提として、そのような状態においてはシェル内部にたまった水や空気を排出する必要があり、この課題を解決するための手段である
 引用例1には、シェルの上部が密閉されていることは開示されておらず、よって、当業者が引用発明1自体について上記課題を認識することは考え難い
 当業者は、前記のとおり引用発明1に周知例2に開示された構成を適用して「シェルの上部にシェルカバーを密接配置する」という構成を想到し、同構成について上記課題を認識し、周知技術3の適用を考えるものということができるが、これはいわゆる「容易の容易」に当たるから、周知技術3の適用をもって相違点2に係る本件発明の構成のうち、「前記シェルカバーの一部に空気抜き孔を形成」する構成の容易想到性を認めることはできない。
 また、引用例3には、海底から掻き取った海底土砂等をバケットシェル内に保持することを可能にし、かつ、水の抵抗を最小限にして、荷こぼれによる海水汚濁を防止し得るグラブバケットの提供を課題とし、同課題解決手段として、シェルの上部開口部の開閉手段を設けた旨が記載されていることから、当業者は、引用発明1において、シェルで掴んだ土砂や濁水等の流出を防止するという自明の課題を解決する手段として、シェルを密閉するために、「浚渫用グラブバケットにおいて、シェルの上部開口部に、シェルを左右に広げたまま水中を降下する際には上方に開いて水が上方に抜けるとともに、シェルが掴み物を所定容量以上に掴んだ場合にも内圧の上昇に伴って上方に開き、グラブバケットの水中での移動時には、外圧によって閉じられる開閉式のゴム蓋を有する蓋体を取り付けるという技術」である引用発明3の適用を容易に想到し得たものということができる。
 しかし、引用発明1に引用発明3を適用しても、シェルの上部に上記のように開閉するゴム蓋を有する蓋体をシェルカバーとして取り付ける構成に至るにとどまり、相違点2に係る本件発明の構成には至らない。
 以上によれば、相違点2が容易に想到できるとした本件審決の判断には誤りがある。

第4 考察
 主引用例記載の発明に副引用例記載の発明を適応することにより進歩性が否定されるとした審決を取り消す理由の一つとして、主引用例に記載されていない構成(シェルの上部に空気抜き孔を形成する)が記載されている副引用例では「シェルの上部が密閉されていることを前提として、そのような状態においてはシェル内部にたまった水や空気を排出する必要があり、この課題を解決するための手段」として「シェルの上部に空気抜き孔を形成する」構成を採用しているところ、主引用例には、シェルの上部が密閉されていることは開示されておらず、よって、当業者が主引用発明自体について「シェルの上部が密閉されていることを前提として、そのような状態においてはシェル内部にたまった水や空気を排出する必要がある」という課題を認識することは考え難い、という判断がされている。
 実務の参考になる部分があると思われるので紹介した。
以上


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '17/05/10