審決取消請求事件(重合性化合物含有液晶組成物及びそれを使用した液晶表示素子)

解説 審決取消請求事件において、多数の選択肢からなる化合物に係る選択発明の新規性について判断した事例
(知的財産高等裁判所 平成28年(行ケ)第10037号 審決取消請求事件
平成29年6月14日判決言渡)
 
第1 事案の概要
 原告は、発明の名称を「重合性化合物含有液晶組成物及びそれを使用した液晶表示素子」とする特許出願をし(特願2012−517019号)、特許権の設定登録を受けた(特許第5196073号(本件特許))。被告は、特許庁に対し、本件特許について無効審判請求をした(無効2014−800103号事件)。原告は、本件特許の特許請求の範囲について訂正請求をした(本件訂正)。特許庁は、本件訂正を認めた上、「特許第5196073号の請求項1ないし17に係る発明についての特許を無効とする。」との審決(本件審決)をした。原告が本件訴訟を提起したものである。

第2 判決
1 特許庁が無効2014−800103号事件について平成27年12月28日にした審決のうち、「特許第5196073号の請求項1ないし17に係る発明についての特許を無効とする。」との部分を取り消す。
2 訴訟費用は、被告の負担とする。

第3 理由

本件審決の判断構造と原告の主張の理解

 本件審決が認定した本件発明と引用発明(国際公開第2010/084823号)に記載された発明(甲1発明A又はB)は、いずれも多数の選択肢からなる化合物に係る発明であるところ、本件審決は、両発明の間に一応の相違点を認めながら、いずれの相違点も実質的な相違点ではないとして、本件発明と甲1発明が実質的に同一であると認定判断し、その結果、本件発明には新規性が認められないとの結論を採用した。
 その理由とするところは、本件発明1に関していえば、相違点に係る構成はいずれも単なる選択を行ったにすぎず、相違点に係る化合物の選択使用に格別の技術的意義が存するものとはいえない(相違点1ないし3)、あるいは、引用発明(甲1発明A)が相違点に係る構成態様を包含していることは明らかであり、かつ、その構成態様を選択した点に格別な技術的意義が存するものとは認められない(相違点4)というものである。
 要するに、本件審決は、引用発明である甲1発明と本件発明との間に包含関係(甲1発明を本件発明の上位概念として位置付けるもの)を認めた上、甲1発明において相違点に係る構成を選択したことに格別の技術的意義が存するかどうかを問題にしており、その結果、本件発明が甲1発明と実質的に同一であるとして新規性を認めなかったのであるから、本件審決がいわゆる選択発明の判断枠組みに従って本件発明の特許性(新規性)の判断を行っていることは明らかである。
 これに対し、原告は、取消事由として、引用発明認定の誤り(取消事由A)や一致点認定の誤り(取消事由1)を主張するものの、本件審決が認定した各相違点(相違点1ないし4)それ自体は争わずに、本件審決には、「特許発明と刊行物に記載された発明との相違点に選択による格別な技術的意義がなければ、当該相違点は実質的な相違点ではない」との前提自体に誤りがあり(取消事由2)、また、仮にその前提に従ったとしても、相違点1ないし4には格別な技術的意義が認められるから、特許性の有無に関する相違点の評価を誤った違法があると主張している(取消事由3)。

特許性の有無について

 特許に係る発明が、先行の公知文献に記載された発明にその下位概念として包含されるときは、当該発明は、先行の公知となった文献に具体的に開示されておらず、かつ、先行の公知文献に記載された発明と比較して顕著な特有の効果、すなわち先行の公知文献に記載された発明によって奏される効果とは異質の効果、又は同質の効果であるが際立って優れた効果を奏する場合を除き、特許性を有しないものと解するのが相当である 。
 ここで、本件発明1が甲1発明Aの下位概念として包含される関係にあることは前記のとおりであるから、本件発明1は、甲1に具体的に開示されておらず、かつ、甲1に記載された発明すなわち甲1発明Aと比較して顕著な特有の効果を奏する場合を除き、特許性を有しないというべきである。
 そして、甲1に本件発明1に該当する態様が具体的に開示されているとまでは認められない(被告もこの点は特に争うものではない。)から、本件発明1に特許性が認められるのは、甲1発明Aと比較して顕著な特有の効果を奏する場合(本件審決がいう「格別な技術的意義」が存するものと認められる場合)に限られるというべきである。

 本件審決は、
(1) 甲1発明Aの「第三成分」として、甲1の「式(3−3−1)」及び「式(3−4−1)」で表される重合性化合物を選択すること、
(2) 甲1発明Aの「第一成分」として、甲1の「式(1−3−1)」及び「式(1−6−1)」で表される化合物を選択すること、
(3) 甲1発明Aの「第二成分」として、甲1の「式(2−1−1)」で表される化合物を選択すること、
(4) 甲1発明Aにおいて、「塩素原子で置換された液晶化合物を含有しない」態様を選択すること、
 の各技術的意義について、上記(1)の選択と、同(2)及び(3)の選択と、同(4)の選択とをそれぞれ別個に検討した上、それぞれについて、格別な技術的意義が存するものとは認められないとして、相違点1ないし4を実質的な相違点であるとはいえないと判断し、本件発明1の特許性(新規性)を否定したものといえる。

 本件発明1は、甲1発明Aにおいて、3種類の化合物に係る前記(1)ないし(3)の選択及び「塩素原子で置換された液晶化合物」の有無に係る前記(4)の選択がなされたものというべきであるところ、証拠(甲42)及び弁論の全趣旨によれば、液晶組成物について、いくつかの分子を混ぜ合わせること(ブレンド技術)により、1種類の分子では出せないような特性を生み出すことができることは、本件優先日の時点で当業者の技術常識であったと認められるから、前記(1)ないし(4)の選択についても、選択された化合物を混合することが予定されている以上、本件発明の目的との関係において、相互に関連するものと認めるのが相当である。
 そして、本件発明1は、これらの選択を併せて行うこと、すなわち、これらの選択を組み合わせることによって、広い温度範囲において析出することなく、高速応答に対応した低い粘度であり、焼き付き等の表示不良を生じない重合性化合物含有液晶組成物を提供するという本件発明の課題を解決するものであり、正にこの点において技術的意義があるとするものであるから、本件発明1の特許性を判断するに当たっても、本件発明1の技術的意義、すなわち、甲1発明Aにおいて、前記(1)ないし(4)の選択を併せて行った際に奏される効果等から認定される技術的意義を具体的に検討する必要があるというべきである。
 ところが、本件審決は、前記のとおり、前記(1)の選択と、同(2)及び(3)の選択と、同(4)の選択とをそれぞれ別個に検討しているのみであり、これらの選択を併せて行った際に奏される効果等について何ら検討していない。このような個別的な検討を行うのみでは、本件発明1の技術的意義を正しく検討したとはいえず、かかる検討結果に基づいて本件発明1の特許性を判断することはできないというべきである。
 以上のとおり、本件審決は、必要な検討を欠いたまま本件発明1の特許性を否定しているものであるから、上記の個別的検討の当否について判断するまでもなく、審理不尽の誹りを免れないのであって、本件発明1の特許性の判断において結論に影響を及ぼすおそれのある重大な誤りを含むものというべきである。したがって、本件発明1の特許性に関する本件審決の判断は妥当でない。
 以上の次第であるから、取消事由3は理由があるというべきであり、その余の取消事由について判断するまでもなく、本件審決(ただし、本件訂正を認めた部分を除く。)は全部取り消すのが相当である。


第4 考察
 本件発明と引用発明はいずれも多数の選択肢からなる化合物に係る発明である。本件判決ではこのような場合における新規性判断が行われている。
 実務の参考になる部分があると思われるので紹介した。
以上


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '18/02/15