審決取消請求事件(容器詰飲料)

解説 審決取消請求事件において、明細書中に記載されている実施例、比較例が特許請求している発明を十分にサポートしてない(サポート要件)と判断された事例
(知的財産高等裁判所 平成27年(行ケ)第10201号 平成29年1月31日 判決言渡)
 
第1 事案の概要
 被告は、名称を「容器詰飲料」とする特許第5256370号の特許権者である。原告が、特許無効審判請求(無効2013−800159号)したところ、特許庁が審決の予告をしたので、被告は特許請求の範囲の訂正を求めて訂正請求をした。特許庁は、「請求のとおり訂正を認める。特許第5256370号の請求項1、3、4に係る発明についての特許を無効とする。請求項2、5ないし16に係る発明についての審判請求は、成り立たない。」との審決をした。
 原告は、審決中、請求項9〜16について「請求のとおり訂正を認める。」との部分及び「特許第5256370号の請求項2、5ないし16に係る発明についての審判請求は成り立たない。」との部分を取り消すことを求めて本件審決取消訴訟に臨んだ。
 争点は多岐にわたっているが、判決は、請求項9〜16に係る発明についてのサポート要件の判断、請求項6、8に係る発明についての進歩性の判断に誤りがあるとして審決の一部を取り消した。
 ここでは、請求項9に係る発明についてのサポート要件の判断に関する部分のみを紹介する。

第2 判決
 特許庁が無効2013−800159号事件について平成27年8月21日にした審決のうち、請求項6及び8ないし16に係る部分を取り消す。
 原告のその余の請求を棄却する。
 訴訟費用はこれを10分し、その3を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

第3 理由
(1)本件訂正発明9の解決課題は、容器詰飲料に含まれるイソクエルシトリン及びその糖付加物の色調変化を抑制することにより、当該飲料の色調変化を抑制する方法を提供することであると認められる。
(2)本件明細書には、・・、実施例・比較例の全てにおいてイソクエルシトリン及びその糖付加物に加えて、L−アスコルビン酸も含まれている。
(3)審決は、本件訂正発明9は、イソクエルシトリン等以外の物質を含有することを妨げるものではなく、本件明細書では、実施例と同様に比較例においても、イソクエルシトリン等及びL−アスコルビン酸を含む容器詰飲料を作製し、イソクエルシトリン等と共に飲用可能な脂肪族アルコールをそれぞれ特定量含有せしめ、更にpHを特定範囲内に調整することで、長時間にわたって保存しても色調が変化し難く、外観が保持されることを確認しているから、L−アスコルビン酸を含まないイソクエルシトリン等を含有する容器詰飲料であっても、色調変化を抑制することが理解できるとして、サポート要件を満たすと判断した。
(4)本件出願日当時、アスコルビン酸の褐変により飲料が色調変化するという技術常識があったものの、イソクエルシトリン及びその糖付加物の色調変化に起因して、飲料の色調が変化することは技術常識とはなっていなかったと認められる。
(5)このような技術常識を有する当業者が、・・・、実施例において、アルコール類を特定量添加しpHを調整することにより、比較例に比べて飲料の色調変化が抑制されていることに接しても、当業者は、比較例の飲料の色調変化がL−アスコルビン酸の褐変に起因する色調変化を含む可能性がある以上、イソクエルシトリン及びその糖付加物の色調変化が抑制されていることを直ちには認識することはできないというべきである。
(6)審決は、アルコールを添加した実施例と、アルコールを添加しない比較例の双方に、L−アスコルビン酸が含まれているとしても、このような実施例と比較例の色調変化によって、L−アスコルビン酸の非存在下におけるイソクエルシトリン及びその糖付加物の色調変化に対するアルコール添加の影響を理解することができると判断するところ、L−アスコルビン酸が褐変し、容器詰飲料の色調変化に影響を与え得るという本件出願日当時の技術常識を踏まえると、このように判断するためには、少なくともL−アスコルビン酸の褐変(色調変化)はアルコール添加の影響を受けないという前提が成り立つ場合に限られることは明らかであるが、そのような前提が本件出願日当時の当業者の技術常識となっていたことを示す証拠はない。
(7)したがって、本件明細書の実施例と比較例の実験結果をまとめた【表1】により、イソクエルシトリン及びその糖付加物に起因する色調変化の抑制という本件訂正発明9の効果を確認することはできない。
(8)なお、念のため付言すれば、以上の検討は、特許権者である被告が、本件明細書において、イソクエルシトリン及びその糖付加物の色調変化がアルコールにより抑制されることを示す実験結果を開示するに当たり、同様に経時的な色調変化を示すことが知られていたL−アスコルビン酸という不純物が含まれる実験系による実験結果のみを開示したことに起因するものであり、そのような不十分な実験結果の開示により、本件明細書にイソクエルシトリン及びその糖付加物の色調変化がアルコールにより抑制されることが開示されているというためには、容器詰飲料の色調変化に影響を与える可能性があるL−アスコルビン酸の褐変(色調変化)はアルコール添加の影響を受けないということが、本件明細書において別途開示されているか、その記載や示唆がなくても本件出願日当時の当業者が前提とすることができる技術常識になっている必要がある。
(9)したがって、特許権者である被告において、本件明細書にこれらの開示をしておらず、また、当該技術常識の存在が立証できない以上、本件明細書にL−アスコルビン酸という不純物を含む実験系による実験結果のみを開示したことによる不利益を負うことは、やむを得ないものというべきである。
(10)以上によれば、取消事由のうち、サポート要件の判断の誤りをいう点は、理由がある。

第4 考察
 特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明(=明細書)に記載したものであることが特許請求の範囲の記載に関して要求されている。一般にサポート要件と呼ばれ、この要件に違反している場合には、拒絶理由、無効理由となり、たとえ、特許請求している発明が新規性、進歩性を有しているものであっても、特許は認められない。
 本件では明細書中に記載されている実施例、比較例が特許請求している発明を十分にサポートしてないと判断された。特許請求する発明との関係で、明細書に記載する実施例、比較例にどのような内容のものが必要であるか考えさせられる事案である。
 実務の参考になる部分があると思われるので紹介した。
以上


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '17/07/14