侵害行為差止請求事件(マキサカルシトールを含む化合物の製造方法)

解説 特許権侵害行為差止請求事件おいて、本件特許の特許出願時に、客観的、外形的にみて、上告人らの製造方法に係る構成が特許請求の範囲に記載された構成を代替すると認識しながらあえて特許請求の範囲に記載しなかった旨を表示していたという事情があるとはうかがわれない(均等論の第5要件:特段の事情)として上告を棄却した事例
(最高裁判所 平成28年(受)第1242号特許権侵害行為差止請求事件
 判決言渡 平成29年3月24日)
 
第1 事案の概要
 被上告人は、角化症治療薬の有効成分であるマキサカルシトールを含む化合物の製造方法の特許権(特許第3310301号)(本件特許)の共有者である。
 上告人らは、マキサカルシトール原薬の輸入販売及び、前記原薬を含有するマキサカルシトール製剤の販売を行っていた(前記原薬に係る製造方法を「上告人らの製造方法」という)。
 被上告人が、上告人らの製造方法は、本件特許に係る特許請求の範囲に記載された構成と均等(最高裁 平成6年(オ)第1083号「ボールスプライン軸受」事件 平成10年2月24日判決(以下「平成10年判決」))なもので、その特許発明の技術的範囲に属すると主張し、上告人らに対して、当該医薬品の輸入販売等の差止め及びその廃棄を求めた。
 上告人らは、本件では、平成10年判決にいう、特許権侵害訴訟における相手方が製造等をする製品又は用いる方法(対象製品等)が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情が存する(均等の第5要件)から、上告人らの製造方法は、特許請求の範囲に記載された構成と均等なものであるとはいえないと主張した。
 上告人らの製造方法を特許請求の範囲に記載された構成と比べると、目的化合物を製造するための出発物質等が、特許請求の範囲に記載された構成ではシス体のビタミンD構造のものであるのに対し、上告人らの製造方法ではトランス体のビタミンD構造のものである点において相違するが、その余の点については、上告人らの製造方法は、特許請求の範囲に記載された構成の各要件を充足する。
 被上告人は、特許出願時に、特許請求の範囲において、目的化合物を製造するための出発物質等としてシス体のビタミンD構造のものを記載していたが、その幾何異性体であるトランス体のビタミンD構造のものは記載していなかった。
 特許出願の願書に添付した明細書には、トランス体をシス体に転換する工程の記載など、出発物質等をトランス体のビタミンD構造のものとする発明が開示されているとみることができる記載はなく、明細書中に、前記発明の開示はされていなかった。

第2 判決
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人らの負担とする。

第3 理由
 特許法70条1項は、特許発明の技術的範囲は、願書に添付した特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならないと規定する。しかるところ、特許権侵害訴訟における相手方において特許請求の範囲に記載された構成の一部をこれと実質的に同一なものとして容易に想到することができる他の技術等に置き換えることによって、特許権者による差止め等の権利行使を容易に免れることができるとすれば、特許法の目的(発明の奨励、産業の発達(特許法1条))に反し、衡平の理念にもとる結果となることなどに照らすと、特許請求の範囲に記載された構成中に対象製品等と異なる部分が存する場合であっても、所定の要件(平成10年判決にいう均等の第1〜第5要件)を満たすときには、対象製品等は、特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして、特許発明の技術的範囲に属するというべきである。
 そして、対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情が存するとき(均等の第5要件)は、上記のような均等の主張は許されないものと解されるが、その理由は、特許権者の側においていったん特許発明の技術的範囲に属しないことを承認するか、又は外形的にそのように解されるような行動をとったものについて、特許権者が後にこれと反する主張をすることは、禁反言の法理に照らし許されないというところにある(平成10年判決参照)。
 しかるに、出願人が、特許出願時に、特許請求の範囲に記載された構成中の対象製品等と異なる部分につき、対象製品等に係る構成を容易に想到することができたにもかかわらず、これを特許請求の範囲に記載しなかったというだけでは、特許出願に係る明細書の開示を受ける第三者に対し、対象製品等が特許請求の範囲から除外されたものであることの信頼を生じさせるものとはいえず、出願人において、対象製品等が特許発明の技術的範囲に属しないことを承認したと解されるような行動をとったものとはいい難い。
 また、上記のように容易に想到することができた構成を特許請求の範囲に記載しなかったというだけで、特許権侵害訴訟において、対象製品等と特許請求の範囲に記載された構成との均等を理由に対象製品等が特許発明の技術的範囲に属する旨の主張をすることが一律に許されなくなるとすると、先願主義の下で早期の特許出願を迫られる出願人において、将来予想されるあらゆる侵害態様を包含するような特許請求の範囲の記載を特許出願時に強いられることと等しくなる一方、明細書の開示を受ける第三者においては、特許請求の範囲に記載された構成と均等なものを上記のような時間的制約を受けずに検討することができるため、特許権者による差止め等の権利行使を容易に免れることができることとなり、相当とはいえない。
 そうすると、出願人が、特許出願時に、特許請求の範囲に記載された構成中の対象製品等と異なる部分につき、対象製品等に係る構成を容易に想到することができたにもかかわらず、これを特許請求の範囲に記載しなかった場合であっても、それだけでは、対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情が存するとはいえないというべきである。
 もっとも、前記の場合であっても、出願人が、特許出願時に、その特許に係る特許発明について、特許請求の範囲に記載された構成中の対象製品等と異なる部分につき、特許請求の範囲に記載された構成を対象製品等に係る構成と置き換えることができるものであることを明細書等に記載するなど、客観的、外形的にみて、対象製品等に係る構成が特許請求の範囲に記載された構成を代替すると認識しながらあえて特許請求の範囲に記載しなかった旨を表示していたといえるときには、明細書の開示を受ける第三者も、その表示に基づき、対象製品等が特許請求の範囲から除外されたものとして理解するといえるから、出願人において、対象製品等が特許発明の技術的範囲に属しないことを承認したと解されるような行動をとったものということができる。
 また、以上のようなときに上記特段の事情(均等の第5要件)が存するものとすることは、発明の保護及び利用を図ることにより、発明を奨励し、もって産業の発達に寄与するという特許法の目的にかない、出願人と第三者の利害を適切に調整するものであって、相当なものというべきである。
 したがって、出願人が、特許出願時に、特許請求の範囲に記載された構成中の対象製品等と異なる部分につき、対象製品等に係る構成を容易に想到することができたにもかかわらず、これを特許請求の範囲に記載しなかった場合において、客観的、外形的にみて、対象製品等に係る構成が特許請求の範囲に記載された構成を代替すると認識しながらあえて特許請求の範囲に記載しなかった旨を表示していたといえるときには、対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情が存するというべきである。
 本件の事実関係等に照らすと、被上告人が、本件特許の特許出願時に、特許請求の範囲に記載された構成中の上告人らの製造方法と異なる部分につき、客観的、外形的にみて、上告人らの製造方法に係る構成が特許請求の範囲に記載された構成を代替すると認識しながらあえて特許請求の範囲に記載しなかった旨を表示していたという事情があるとはうかがわれない。

第4 考察
 均等論侵害を認めた平成10年判決は、特許請求の範囲に記載された構成中に対象製品等と異なる部分が存在する場合であっても、所定の5つの要件が満たされるときには、対象製品は、特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして、特許発明の技術的範囲に属するものとするのが相当であるとしている。今回の第二小法廷判決(裁判官全員一致)ではこの5つの要件の中の第5要件についての判示がされた。
 本件は「特許と商標」4月号の一面に速報で紹介したが事案の重要性に鑑みて詳細に解説した。
以上


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '17/07/31