審決取消請求事件(旨み成分と栄養成分を保持した精白米または無洗米の製造装置) |
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解説 |
審決取消請求事件において、特許請求の範囲の記載要件(明確性要件)について、本件明細書の記載や技術常識を考慮しても、当該物を特定することができないから、特許を受けようとする発明が明確であるということはできないとされた事例
(知的財産高等裁判所 平成28年(行ケ)第10236号 平成29年9月21日判決言渡)
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第1 事案の概要 |
被告は、発明の名称を「旨み成分と栄養成分を保持した精白米または無洗米の製造装置」とする発明につき平成25年7月5日付で設定登録(特許第5306571号)を受けた。原告が、請求項1及び2に係る発明について特許無効審判請求(無効2015−800174号)をしたところ、特許庁は、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、原告が本訴におよんだ。
原告主張の審決取消事由は、本件特許の特許請求の範囲の請求項1、2には、無洗米の製造装置の構成が全く記載されていない。記載されているのは、「玄米粒の構造」、「精米方法」、「精米装置の使用方法」又は「精米装置の製造方法」のみであるから、特許法36条6項2号(明確性要件)に違反する、というものである。 判決では請求項2についても同様の判断が行われているが、ここでは、請求項1についての判断のみ紹介する。 |
第2 判決 |
1 特許庁が無効2015−800174号事件について平成28年10月3日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。 |
第3 本件発明の要旨 |
本件特許の請求項1の記載は次のとおり。
記載事項A:外から順に、表皮、果皮、種皮、糊粉細胞層と、澱粉を含まず食味上もよくない黄茶色の物質の層により表層部が構成され、該表層部の内側は、前記糊粉細胞層に接して、一段深層に位置する薄黄色の一層の亜糊粉細胞層と、該亜糊粉細胞層の更に深層の、純白色の澱粉細胞層により構成された玄米粒において、
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第4 裁判所の判断 |
本件発明1の無洗米の製造装置は、少なくとも、摩擦式精米機(記載事項F)と無洗米機(記載事項C)をその構成の一部とするものであり、その摩擦式精米機は、全精白構成の終末寄りから少なくとも3分の2以上の工程に用いられているものである(記載事項E)上、精白除糠網筒(記載事項F)と精白ロール(記載事項G)をその構成の一部とするものであり、その精白除糠網筒の内面は、ほぼ滑面状であって(記載事項F)、精白ロールの回転数は毎分900回以上の高速回転とするものである(記載事項G)と認められる。
したがって、上記の無洗米の製造装置の構造又は特性は、記載事項A〜Iから理解することができる。 しかしながら、請求項1の無洗米の製造装置の特定は、上記の装置の構造又は特性にとどまるものではなく、精米機により、亜糊粉細胞層を米粒表面に露出させ、米粒の50%以上について胚盤又は表面部を削り取られた胚芽を残し、白度37前後に仕上がるように搗精し(記載事項B)、白米の表面に付着する肌ヌカを無洗米機により分離除去する無洗米処理を行う(記載事項C)ものであり、旨味成分と栄養成分を保持した無洗米を製造するもの(記載事項D、I)である。 このうち、記載事項Bについては、本件明細書には、本件発明1の無洗米の製造装置につき、その特定の構造又は特性のみによって、玄米を前記のような精白米に精米することができることは記載されておらず、その運転条件を調整することにより、そのような精米ができるものとされている。そして、その運転条件は、本件明細書において、毎分900回以上の高速回転で精白ロールを回転させること以外の特定はなく、実際に上記のような精米ができる精白ロールの回転数や、精米機に供給される玄米の供給速度、精米機の運転時間などの運転条件の特定はなく、本件出願時の技術常識からして、これが明らかであると認めることもできない。 本件明細書の発明の詳細な説明には、米粒に亜糊粉細胞層と胚芽及び胚盤を残し、それより外側の部分を除去することをもって、米粒に「旨み成分と栄養成分を保持」させることができる旨が記載されており、玄米をこのような精白米に精米する方法については、「従来から、飯米用の精米手段は摩擦式精米機にて行うことが常識とされている」が、その搗精方法では、必然的に、米粒から亜糊粉細胞層や胚芽及び胚盤も除去されてしまうことが記載されている。また、本件明細書の発明の詳細な説明には、「摩擦式精米機では米粒に高圧がかかり、胚芽は根こそぎ脱落する」から、胚芽を残存させるには、研削式精米機による精米が不可欠とされていたところ、研削式精米機により精米すると、むらが生じ、高白度になると、亜糊粉細胞層の内側の澱粉細胞層も削ぎ落とされている個所もあれば、糊粉細胞層だけでなく、それより表層の糠層が残ったままの部分もあるという状態になることが記載されている。 そうすると、精米機により、亜糊粉細胞層を米粒表面に露出させ、米粒の50%以上において胚盤又は表面を削り取られた胚芽を残し、白度37前後に仕上がるように搗精することは、従来の技術では容易ではなかったことがうかがわれ、上記のとおり、本件明細書に具体的な記載がない場合に、これを実現することが当業者にとって明らかであると認めることはできない。 本件発明1は、無洗米の製造装置の発明であるが、このような物の発明にあっては、特許請求の範囲において、当該物の構造又は特性を明記して、直接物を特定することが原則であるところ(最高裁判所平成27年6月5日第二小法廷判決・民集69巻4号904頁参照)、上記のとおり、本件発明1は、物の構造又は特性から当該物を特定することができず、本件明細書の記載や技術常識を考慮しても、当該物を特定することができないから、特許を受けようとする発明が明確であるということはできない。 |
第5 考察 |
特許法36条6項2号は、特許請求の範囲の記載に関し、特許を受けようとする発明が明確でなければならない旨を規定している。特許請求の範囲の記載がこの要件を満たしていない場合には拒絶理由、特許無効の理由となる。
本判決では特許法36条6項2号の規定の趣旨を「特許請求の範囲に記載された発明が明確でない場合には、特許の付与された発明の技術的範囲が不明確となり、第三者に不測の不利益を及ぼすことがあり得るため、そのような不都合な結果を防止することにある」と判示し、「特許を受けようとする発明が明確であるか否かは、特許請求の範囲の記載のみならず、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し、また、当業者の出願時における技術常識を基礎として、特許請求の範囲の記載が、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべきである。」とした上で、特許法36条6項2号違反に該当しないとした特許庁の審決が取り消された。 実務の参考になる部分があると思われるので紹介した。 以上
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