審決取消請求事件(鋼管ポールおよびその設置方法)

解説  無効審決取消請求事件において、本件審決は、審査を受けている請求項に係る発明と引用発明との一致点の認定を誤り、相違点を看過した、と認定され、原告主張の取消事由は理由があるから、原告の請求を認容するとされた事例
(知的財産高等裁判所 平成29年(行ケ)第10001号 平成29年9月19日判決言渡)
 
第1 事案の概要
 原告は、発明の名称を「鋼管ポールおよびその設置方法」とする特許出願(特願2014−116674号)(本願)をし、平成27年7月16日、その特許請求の範囲等を補正した(本件補正)。原告は、平成27年8月20日、本件補正を却下され、本願について拒絶査定を受けた。原告は、これらに対する不服の審判を請求し、特許庁は、これを不服2015−20893号事件として審理し「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決(本件審決)をした。原告は、本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起した。

第2 判決

1 特許庁が不服2015−20893号事件について平成28年11月18日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。


第3 理由

(1)本件審決の理由の要旨

 本件補正は特許請求の範囲の減縮を目的とするものであるところ、本件補正発明は、実願昭61−155521号(実開昭63−59973号)のマイクロフィルム(引用例)に記載された発明(引用発明)並びに特開2003−328354号公報(周知例1)及び登録実用新案第3114768号公報(周知例2)に記載された周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法29条2項の規定により特許を受けることができるものではないから、本件補正は、同法17条の2第6項において準用する同法126条7項に違反し、却下すべきものである。本願発明は、引用発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、同法29条2項の規定により特許を受けることができない。

(2)本件審決が認定した本件補正発明と引用発明との一致点及び相違点

一致点
 支柱と、前記支柱の下端部を固定する鋼製基礎とを有する鋼管ポールであって、前記鋼製基礎は上下に貫通した筒状の基礎体から構成され、前記基礎体は地中に埋設され、前記支柱は前記基礎体を貫通して先端部分が地中に突出している鋼管ポール

相違点1
 「支柱」に関して、本件補正発明は、「灯具、信号機、標識、アンテナなどの装柱物を支持する支柱」であるのに対し、引用発明は、「安全柵、ポール、案内用のロープ張り、その他簡易車庫等構造物」の「支柱(柱状物)」である点。

相違点2
 「支柱」及び「基礎体」に関して、本件補正発明は、「基礎体」と「支柱」とは「締付部材により締め付け固定され」るのに対し、引用発明には、その特定がない点。

(3)裁判所の判断

 特許請求の範囲の記載に加え、本願明細書の記載も併せて考慮すれば、「基礎体」とは、「地中に埋設」され、別の部材である「締付部材」により「支柱」を固定し、支柱の荷重を地盤に伝え、地盤から抵抗を受けることにより、「支柱の下端部を固定する」、「上下に貫通した筒状」の部材という意義を有するものと解される。
 引用発明の「支持基礎」は、「土中に埋込んで柱状物を支持する」ものであって、「ベースの中央部にパイプを溶接で強固に突設し、平板状の羽根をベースのパイプ取付面の四隅に配設し、羽根の一辺をパイプ側面と固着させ」たものであるから、「ベース」、「パイプ」及び「平板状の羽根」から構成される。
 引用発明の「ベース」及び「平板状の羽根」は、少なくとも、支柱の荷重を地盤に伝え、地盤から抵抗を受ける部材である。
 引用発明の「パイプ」は、支柱の荷重を地盤に伝え、地盤から抵抗を受ける部材に相当するということはできない。
 引用発明の「ベース」及び「平板状の羽根」は、本件補正発明の「基礎体」に相当する。一方、「パイプ」が、本件補正発明の「基礎体」に相当するということはできない。
 したがって、本件補正発明と引用発明とは、「支柱と、前記支柱の下端部を固定する鋼製基礎とを有する鋼管ポールであって、前記鋼製基礎は基礎体から構成され、前記基礎体は地中に埋設され、前記支柱は前記基礎体を貫通して先端部分が地中に突出している鋼管ポール」である点で一致し、相違点1及び2(審決が認定した相違点1、2)のほか、以下の点で相違する(原告主張に係る相違点3に同じ)。
 「基礎体」に関して、本件補正発明は「上下に貫通した筒状」であるのに対し、引用発明は「中央部にパイプを溶接で強固に突設し」た「ベース」と当該「ベースのパイプ取付面の四隅に配設し」た「平板状の羽根」とからなる点。
 相違点3に係る本件補正発明の構成は、引用例、周知例1及び周知例2のいずれにも記載されていないし、示唆もされていないから、これらに基づいて、当業者が容易に想到することができたということはできない。
 よって、本件審決は、本件補正発明と引用発明との一致点の認定を誤り、相違点3を看過したものである。また、相違点3に係る本件補正発明の構成は、引用例1、周知例1及び周知例2に基づいて当業者が容易に想到することができたということはできないから、本件審決による相違点3の看過が、その結論に影響を及ぼすことは明らかである。
 よって、原告主張の取消事由は理由があるから、原告の請求を認容することとし、主文のとおり判決する。


第4 考察
 特許審査基準によれば進歩性の判断は、先行技術の中から論理付けに最も適した一の引用発明を選んで主引用発明とし、主引用発明から出発して、当業者が請求項に係る発明に容易に到達する論理付けができるか否か判断することで行われる。この際、請求項に係る発明と主引用発明との間の相違点に関し、進歩性が否定される方向に働く要素(主引用発明に副引用発明を適用する動機付け(技術分野の関連性、課題の共通性、作用・機能の共通性、引用発明の内容中の示唆、主引用発明からの設計変更等、先行技術の単なる寄せ集め))に係る諸事情に基づき、他の引用発明(副引用発明)を適用したり、技術常識を考慮したりして、論理付けができるか否かを判断することになっている。
 このため、主引用発明と審査を受けている請求項に係る発明との間の一致点、相違点の認定が最初に行われる。
 本判決では、本件審決は、審査を受けている請求項に係る発明と引用発明との一致点の認定を誤り、相違点を看過した、と認定された。
 一致点の認定を間違えれば、当然、相違点の認定も間違えることになり、その結果の論理づけにも齟齬が生じる可能性がある。
 実務の参考になる部分があると思われるので紹介した。
以上


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '18/06/18