特許権侵害差止請求控訴事件(治療用マーカー)

解説  特許権侵害差止請求控訴事件において、特許権侵害差止請求訴訟の一審(東京地裁)で無効の抗弁(特許法104条の3)を行っていながら敗訴した被告が、控訴審において新たな先行技術文献を提出して進歩性欠如を理由とする無効の抗弁を行い、これが認められて原判決が取り消された事例
(知的財産高等裁判所 平成28年(ネ)第10083号 平成29年5月18日判決言渡)
 
第1 事案の概要
 本件は、発明の名称を「治療用マーカー」とする第3609289号特許権(本件特許)を有する被控訴人(原審原告・特許権者)が、控訴人(原審被告)の製造・販売等する製品(被告製品)が、本件特許の請求項1に係る発明(本件発明)の技術的範囲に属するとして、控訴人に対し、特許法100条1項及び2項に基づき、被告製品の製造、譲渡等の差止め及び廃棄を求める事案である。
 控訴人は、原審において、本件発明は、特開平8−207499号(乙1)、実開平2−10096号(乙2)、特許第2891256号(乙3)に記載されている発明から容易に想到することができたものであるから本件特許は特許無効審判により無効にされるべきもので特許権者はその権利を行使することができないとの無効の抗弁(特許法第104条の3)を行った。
 原審(東京地裁 平成26年(ワ)第21436号)は、被告製品は本件発明の技術的範囲に属し、本件特許は特許無効審判により無効にされるべきものではないとして、被控訴人の請求を全部認容した。
 控訴審において、控訴人は、新たに、米国特許第5743899号(乙9)を提出して無効の抗弁を行った。
 知財高裁は、事案に鑑み、乙1発明及び乙9発明に基づく進歩性欠如の無効理由から判断するとし、乙1発明に乙9発明及び周知技術を適用して、本件発明とすることは、容易想到であり、本件特許は、特許無効審判により無効にされるべきものと認められるとした。
 争点は多岐にわたっているが、ここでは、控訴審における進歩性の判断のみを紹介する。

第2 判決
 原判決を取り消す。
 被控訴人らの請求をいずれも棄却する。
 訴訟費用は第1、2審とも被控訴人らの負担とする。

第3 理由

(1)本件発明と乙1発明との一致点及び相違点は、以下のとおりに認定される。(認定内容は原審と実質的に同一)

(一致点)
 基台紙と、
 該基台紙の裏面に剥離可能に積層されている透明な保護シート層と、
 該保護シート層の裏面に積層されたインク層と、
 該インク層の裏面に積層されている接着層と、
 該接着層の裏面に剥離可能に積層されている保護紙とによって構成され、
 前記保護紙を剥がして、前記接着層を皮膚に押し当てることにより、前記接着層、インク層及び保護シート層を皮膚側に転写して、前記保護シート層、インク層及び接着層が皮膚に対して柔軟性に富み、かつ摩擦に強いものである転写シール。

(相違点1)
 本件発明では、基台紙の表面に治療用の目印となるマークが印刷されているのに対し、乙1発明にはそのような開示はない

(相違点2)
 本件発明では、インク層のマークが基台紙のマークと同一であるのに対し、乙1発明にはそのような開示はない

(相違点3)
 本件発明では、転写する際に基台紙に水分を含ませているのに対し、乙1発明では、水分を含ませるかどうか必ずしも明らかではない

(相違点4)
 本件発明が、治療用マーカーであるのに対し、乙1発明では皮膚用の入れ墨転写シールを含めた各種用途の転写シールである

(2)相違点についての判断

(2)−A 相違点1、2及び4について
 乙1発明は、皮膚用の入れ墨転写シールを含む各種転写シールであり、乙9発明は、皮膚表面に放射線治療用のマーキングを施すシールであって、皮膚に線などの図柄を描く技術であるという点で共通する。
 乙2には、基台紙、インク層、接着層、保護紙からなる転写シールについて、インク層に形成されたマークの貼り付け位置を正確にするために、基台紙を透明又は半透明とした上で、位置決め用のラインを印刷しておくことが記載されている。
 乙9発明は、支持ライナーを剥離して台紙の第2面(皮膚に対向する面)に配置された接着層と第1インク層を皮膚に接着する際に、台紙の第1面(外側から見える面)に配置された第2インク層によって放射線治療導入域が画定されるように、位置決めをするものであり、台紙が皮膚に接着された状態では、第2インク層によって放射線治療導入域が画定される一方、台紙が皮膚から剥がれた場合でも、第1インク層を皮膚表面上に転写可能とし、第1インク層のパターンを第2インク層と同一とすることにより、同一形状の放射線治療導入域を皮膚表面上に転写した第1インク層によって画定できるようにしたものであるから、第2インク層が、台紙が皮膚に接着された状態では、それ自体で放射線治療導入領域を画定することに加え、台紙が皮膚から剥がれた場合には、第1インク層の位置決めを正確にするための指標としても機能することが予定されていたと認められる。
 これらのことからすると、本件特許の出願当時、転写シールをマーキングに用いることは知られており、さらに、そもそも転写シールにおいてマークをする際にその位置決めをしなければならないことは、マーキングという事柄の性質上、自明のことであるということができる。
 そうすると、乙1発明に接した当業者が、これに乙9発明を組み合わせて、治療用マーカーとして用い、位置決めのための着色印刷インキ層に形成されるマークと同一のマークを表面に印刷すること、すなわち、@乙9発明では、台紙の第1面に第1インク層の位置決めを正確にするための指標としての第2インク層が配置されているから、乙1発明の剥離性シートの表面に治療用の目印となるマークの位置決めのためのマークを印刷する構成を採用し(相違点1)、A乙9発明では、第2インク層のパターンは第1インク層と同一であるから、乙1発明の剥離性シートの表面に印刷するマークを着色印刷インキ層に形成されるマークと同一にする構成を採用し(相違点2)、B乙9発明は、皮膚表面に放射線治療用のマーキングを付ける装置であるから、乙1発明の転写シールを治療用マーカーとして用いること(相違点4)を容易に想到することができたというべきである。

(2)−B 相違点3について
 入れ墨転写シールを含む各種の転写シールには、従来から、水転写タイプ、有機溶剤転写タイプ、粘着転写タイプ等のものが知られているから(乙1、乙3)、皮膚用の転写シールを水転写タイプとすることは、周知技術であると認められる。また、乙1発明の転写シールには、透明弾性層、着色印刷インキ層、粘着剤層に、1以上の空気孔を設けてもよいのであるから(乙1)、粘着剤層の粘着剤を溶解して基台紙を剥離するために水転写の方法を採用することも技術的に可能であり、これを妨げる特段の事情も認められない。
 したがって、乙1発明に相違点3に係る構成を採用することは容易想到であると認められる。

(3)以上より、乙1発明に乙9発明及び周知技術を適用して、本件発明とすることは、容易想到である。したがって、本件特許は、特許無効審判により無効にされるべきものと認められる。

第4 考察
 特許権侵害差止請求訴訟の一審(東京地裁)で無効の抗弁(特許法104条の3)を行っていながら敗訴した被告が、控訴審において新たな先行技術文献を提出して進歩性欠如を理由とする無効の抗弁を行い、これが認められて原判決が取り消された。
 実務の参考になる部分があると思われるので紹介した。
以上


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '18/06/18