審決取消請求事件(ソルダペースト組成物及びリフローはんだ付方法)

解説  無効審決取消請求事件において、本件発明1は、当業者が予測することのできない格別の効果を奏するとして、本件発明1の進歩性を認めていた審決を、本判決では、甲1発明及び技術常識から当業者が予測し得ないほどの格別顕著なものということはできないとの進歩性の判断(格別な効果)がされ、審決が取り消された事例
(知的財産高等裁判所 平成29年(行ケ)第10063号 審決取消請求事件 判決言渡 平成30年2月20日)
 
第1 事案の概要

 被告は、発明の名称を「ソルダペースト組成物及びリフローはんだ付方法」とする特許第4447798号(本件特許)の特許権者である。原告は、本件特許を無効とすることを求めて審判請求した。特許庁は、無効2015−800058号事件として審理し、被告の訂正請求を認めた上、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をした(本件審決)。原告が本件審決の取消を求めて訴えを提起した。知財高裁は、進歩性の判断に誤りがあるとして審決を取消した。
 ここでは、請求項1に係る発明(本件発明1)についての判断部分を紹介する。本件発明1及び、当事者間に争いがない甲1文献(特開平5−185283号公報)記載の発明(甲1発明)と本件発明1との間の相違点1は次の通り。

【請求項1】
 無鉛系はんだ粉末、ロジン系樹脂、活性剤及び溶剤を含有するソルダペースト組成物において、分子量が少なくとも500であるヒンダードフェノール系化合物からなる酸化防止剤を含有するソルダペースト組成物。
【相違点1】
 「はんだ粉末」が、本件発明1では「無鉛系」であるのに対し、甲1発明でははんだ粉末の金属組成が特定されておらず、「無鉛系」であるか不明である点。


第2 判決

1 特許庁が無効2015−800058号事件について平成29年1月30日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。


第3 理由

 甲1文献を主引例とする進歩性の判断につき、本件審決は、甲1発明において、本件発明1と甲1発明との相違点1に係る本件発明1の特定事項とすることは当業者が容易に想到し得ることであるが、本件発明1は当業者が予測し得ない格別の効果を奏するものであることから、本件発明1は甲1発明に基づき当業者が容易に発明することができたものではない旨判断する。そこで、この点について検討する。
 甲1文献には分子内に第3ブチル基のついたフェノール骨格を含む酸化防止剤がはんだ粉末の再酸化を防止することが記載されているところ、本件発明1におけるヒンダードフェノール系化合物からなる酸化防止剤は、分子内に第3ブチル基のついたフェノール骨格を含む酸化防止剤に該当するものである。このため、分子内に第3ブチル基のついたフェノール骨格を含む酸化防止剤を含みさえすれば、はんだ粉末の再酸化が防止され、はんだ付け性が向上することは、甲1文献及び技術常識から、当業者が予測し得たことといってよい。
 また、本件発明1においては、酸化防止剤の分子量が少なくとも500であるとの限定を有するが、以下のとおり、このような限定を付すことによって格別の効果が得られたことを裏付けるに足りる証拠はないから、本件発明1の効果は、甲1文献及び本件特許出願当時の技術常識から当業者にとって予測し得ない格別顕著なものであるとは認められない。
 すなわち、本件明細書には、ヒンダードフェノール系酸化防止剤として、・・を含む実施例1及び・・・を含む実施例2と、酸化防止剤を含まない比較例についてのリフロー試験を行い、実施例1及び2は、プリヒート温度が150℃の場合にもはんだ付け性は良好であるが、同温度が200℃の場合には特に優れ、その他の性能も劣るものはないと記載されている。
 この結果から、ヒンダードフェノール系酸化防止剤として、・・・を含む本件発明1のソルダペーストは、酸化防止剤を含まないソルダペーストとの比較においては、はんだ付け性に優れるということはできる。
 しかし、本件明細書には、ヒンダードフェノール系化合物からなる酸化防止剤として、分子量が500未満であるものを含むソルダペーストと本件発明1のソルダペーストを比較した試験は記載されていない。そうである以上、本件明細書の記載から、本件発明1は、分子量が少なくとも500であるヒンダードフェノール系化合物からなる酸化防止剤を含むことにより、甲1発明に対して顕著な効果を奏するということはできない。
 加えて、本件明細書には、本件発明1でヒンダードフェノール系化合物の分子量を少なくとも500とすることについて、「ヒンダードフェノール系化合物としては、特に限定されないが、…分子量500以上のものが、熱安定性が優れるという理由で、特に好ましい。」(本件明細書【0010】)というように、熱安定性に優れるとの記載はあるものの、ヒンダードフェノール系化合物の分子量が500未満である場合と比較して、リフロー特性に優れるソルダペースト組成物が得られることについては何ら記載されていない。
 そうである以上、本件発明1における酸化防止剤の分子量に臨界的意義があるということはできない。
 被告は、被告実験において、それぞれ分子量500未満の酸化防止剤である・・・を含むフラックスB、Cと、それぞれ500より大きい分子量の酸化防止剤である・・・を含むフラックスD、Eを用いてソルダペーストを作製し、リフロー試験によって、はんだの溶融状態を評価した結果により、500より大きい分子量の酸化防止剤を含むフラックスD及びEの方が、分子量500未満の酸化防止剤を含むフラックスB及びCよりも未溶融率の低いソルダペーストを与えることが証明されている旨主張する。
 しかし、以下のとおり、被告実験からは、500より大きい分子量の酸化防止剤を含むフラックスの方が、分子量500未満の酸化防止剤を含むフラックスよりも、未溶融率の低いソルダペーストを与えるということはできない。
 ・・・・・こうした点を考慮すると、被告実験により示された結果は、恣意的な評価を排除するために必要な明確な判定基準に基づくものであるとはいい難い。
 そうである以上、被告実験の結果は、フラックスD及びEを用いて作製されたソルダペーストは、フラックスB及びCを用いて作製されたソルダペーストと比較して、リフロー特性に優れるものであることを客観的に示すものということはできない。
 以上より、本件発明1において分子量が少なくとも500であるヒンダードフェノール系化合物からなる酸化防止剤を用いたことによる効果は、甲1発明及び技術常識から当業者が予測し得ないほどの格別顕著なものということはできない。
 にもかかわらず、本件審決は、本件発明1につき、甲1発明からは当業者が予測し得ない効果を奏するものであり、本件発明1は、甲1発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものでないとした点で、その判断に誤りがある。


第4 考察
 審決は、甲1発明において、相違点1に係る本件発明1の特定事項とすることは、当業者が容易に想到し得ると認定しながら、本件発明1は、当業者が予測することのできない格別の効果を奏するとして、本件発明1の進歩性を認めていた。本判決ではこれが取り消された。
 実務の参考になる部分があると思われるので紹介した。
以上


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '18/11/19