審決取消請求事件(抗ErbB2抗体を用いた治療のためのドーセージ)

解説  無効審決取消請求事件の進歩性の判断(顕著な効果)において、審査を受けている発明と引用文献記載の発明との間における相違点についての容易想到性について、審査を受けている発明が予測できない顕著な効果を有するか否かについても併せて検討された結果、引用発明及び技術常識に基づいて容易に発明することができたものであるとされた事例
(知的財産高等裁判所 平成29年(行ケ)第10165号 審決取消請求事件(甲事件)、平成29年(行ケ)第10192号 審決取消請求事件(乙事件)、平成30年10月11日判決言渡)
 
第1 事案の概要
 甲事件・乙事件被告は、特許第5818545号(発明の名称:抗ErbB2抗体を用いた治療のためのドーセージ)(本件特許)の特許権者である。乙事件原告が本件特許について特許無効審判を請求し(無効2016−800071号事件)、その後、甲事件原告が審判に参加した。特許庁は、本件特許は実施可能要件及び進歩性要件に適合するとして「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決(本件審決)をした。甲事件原告は、平成29年8月10日、乙事件原告は、同年10月30日、それぞれ、本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起した。
 本件判決は、本件特許の請求項6記載の発明(本件発明6)は、引用発明及び技術常識に基づいて容易に発明することができたものであるとして審決を取り消した。

第2 判決

1 特許庁が無効2016−800071号事件について平成29年7月5日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は甲事件・乙事件被告の負担とする。
3 甲事件・乙事件被告につき、この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。


第3 理由

 引用例2は米国で承認された医薬品ハーセプチン(トラスツズマブ)の添付文書であるところ、引用例2に、引用発明2−1「HER2過剰発現転移性乳癌を治療するための、ハーセプチン(登録商標)を含有する組成物であって、ハーセプチン4mg/kgのローディング投与量とその後の週毎の2mg/kgの維持投与量を静注投与する、組成物」が記載されていることは当事者間に争いがない。
 当業者が、相違点2に係る本件発明6の構成、すなわち、引用発明2−1に係る4/2/1投与計画による本件抗体の投与を、本件発明6に係る8/6/3投与計画による本件抗体の投与とすることを、容易に想到することができたか否かについて検討する。
 相違点2:「抗ErbB2抗体huMab4D5−8」(本件抗体)の「静脈投与」を、本件発明6では、「8mg/kgの初期投与量と6mg/kg量の複数回のその後の投与量で前記抗体を各投与を互いに3週間の間隔をおいて」行うのに対し、引用発明2−1では、4mg/kgの初期投与量と2mg/kg量の複数回のその後の投与量で前記抗体を各投与を互いに1週間の間隔をおいて、行うという点。
 当業者は、本件優先日当時、乳がんの治療薬を含む一般的な医薬品において、投与量を多くすれば、投与間隔を長くできる可能性があり、医薬品の開発の際には、投与量と投与間隔を調整して、効能と副作用を観察すること、抗がん剤治療において、投与間隔を長くすることは、患者にとって通院の負担や投薬時の苦痛が減ることになり、費用効率、利便性の観点から望ましいということを技術常識として有していたものである。
 引用例2には、本件抗体の薬物動態を観察するに当たり、本件抗体が週1回10〜500mgの短持続期間の静脈注入が行われた旨記載されている。ここで、週1回10〜500mgの投与は、患者の体重が60kgの場合は0.167〜8.33mg/kg、70kgの場合は0.143〜7.14mg/kgに相当する。そうすると、引用例2には、本件抗体を週1回8mg/kg程度までの投与量で投与できることは、示唆されているといえる。
 引用例2には、本件抗体の臨床試験において、本件抗体の毎週の投与と化学療法剤の3週間ごとの投与を組み合わせるという治療方法が記載されている。
 引用例2には、本件抗体の薬物動態として、本件抗体は投与量依存的な薬物動態を示し、投与量レベルを上昇させれば、半減期が長期化する旨記載されている。
 そうすると、上記のとおりの技術常識を有する当業者は、引用発明2−1のとおり本件抗体を4/2/1投与計画によって投与するだけではなく、本件抗体の投与量と投与間隔を、その効能と副作用を観察しながら調整しつつ、本件抗体の投与期間について、費用効率、利便性の観点から、併用される化学療法剤の投与期間に併せて3週間とすることや、本件抗体の投与量について、8mg/kg程度までの範囲内で適宜増大させることは容易に試みるというべきである。そして、当業者が、このように通常の創作能力を発揮すれば、本件抗体を8/6/3投与計画によって投与するに至るのは容易である。
 被告は、本件抗体を8/6/3投与計画で投与する本件発明6は、4/2/1投与計画で投与する引用発明2−1と同等の治療効果を有し、投与間隔が3倍となったから、顕著な効果を有すると主張する。
 本件抗体を8/6/3投与計画で投与する本件発明6は、本件抗体を4/2/1投与計画で投与する引用発明2−1と比較すれば、投与間隔が3倍になっているから、患者にとって通院の負担や投薬時の苦痛が減ることになり、費用効率、利便性の観点からは、優れたものということはできる。
 しかし、前記のとおり、本件優先日当時、抗がん剤治療において、投与間隔を長くすることが、費用効率、利便性の観点から望ましいということは、当業者にとって技術常識であったものである。そうすると、引用発明2−1と同等の治療効果を有することが認められない限り、単に投与間隔が3倍になったことをもって、本件発明6の効果が引用発明2−1と比較して予測できない顕著なものということはできない。
 本件明細書には、本件抗体を8/6/3投与計画で投与した場合における、病勢進行の期間の長期化や生存率に関する具体的な記載はないから、本件発明6の治療効果は不明であって、引用発明2−1と同等の治療効果を有するとは直ちにはいえない。
 また、一般にトラフ血清濃度は、一連の薬剤投与における最少の持続した有効薬剤濃度であるから(本件明細書【0044】)、一連の薬剤投与において維持されるトラフ血清濃度が高い場合には、それだけ有効薬剤濃度が高く、治療効果も高いと評価することは可能である。しかし、引用発明2−1と本件発明6のトラフ血清濃度を比較するに、引用発明2−1において維持されるトラフ血清濃度は約79μg/mlであるのに対し、本件発明6において維持されるトラフ血清濃度はせいぜい17μg/mlにとどまる。そうすると、トラフ血清濃度において比較した場合においても、本件発明6の治療効果は引用発明2−1と同等の治療効果を有するとはいえない。
 なお、本件明細書には、本件抗体を8/6/3投与計画で投与した場合における副作用の抑制効果に関する記載もないから、副作用の抑制という観点からも、本件発明6は、引用発明2−1と同等の治療効果を有するとはいえない。
 よって、本件発明6が引用発明2−1と同等の治療効果を有すると認めることはできない。
 よって、当業者は、引用例2の記載及び技術常識に基づき、相違点2に係る本件発明6の構成を容易に想到することができたというべきであり、本件発明6が予測できない顕著な効果を有するということもできない。本件発明6は、引用発明2−1及び技術常識に基づき、容易に発明をすることができたものということができる。


第4 考察
 発明の進歩性の判断にあたっては、審査を受けている発明が、予測できない顕著な効果を有するか否かについての検討も行われる。
 本判決は、審査を受けている発明と引用文献記載の発明との間における相違点についての容易想到性について、審査を受けている発明が予測できない顕著な効果を有するか否かについても併せて検討している。
 実務の参考になる部分があると思われるので紹介した。
以上


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '18/12/31