審決取消請求事件(ランフラットタイヤ)

解説  無効審決取消請求事件において、引用発明に甲2技術を適用することにより、当業者が容易に発明をすることができたものであるから進歩性を欠くと数値限定の技術的意義について判断された事例
(知的財産高等裁判所 平成29年(行ケ)第10058号 判決言渡 平成29年12月21日)
 
第1 事案の概要
 被告は、発明の名称を「ランフラットタイヤ」とする特許第4818272号(本件特許)を所有している。原告は、本件特許に無効審判を請求した(無効2015−800144号)。特許庁は、請求項1、5ないし10に係る発明についての審判請求は成り立たない、等の審決(本件審決)を行い、原告が、本件審決中、本件特許の請求項1、5ないし10に係る部分の取消しを求める本件訴訟を提起した。
 本件審決は、「請求項1に係る発明(本件発明)は、引用例1(国際公開第2004/013222号)に記載された発明(引用発明)に、引用例2(特開平4−238703号公報)に記載された技術事項(甲2技術)を適用することで、当業者が容易に発明をすることができたものではない」とした。
 審決が認定した本件発明と引用発明との間の一致点、相違点1、2については当事者間に争いが無い。
 本判決は、「本件発明は、引用発明に甲2技術を適用することにより、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、進歩性を欠く」とした。
 ここでは、相違点2に関しての容易想到性判断の部分のみを紹介する。

第2 判決

1 特許庁が無効2015−800144号事件について平成29年1月24日にした審決中、特許第4818272号の請求項1、5ないし10に係る部分を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。


第3 理由

本判決における相違点2に関する容易想到性判断

(ア)引用発明における凹凸のパターン12の具体的な構造として、甲2技術を適用した場合、その凹凸部の構造は、「5≦p/h≦20、かつ、1≦(p−w)/w≦99の関係を満足する」ことになり、これは、相違点2に係る本件発明の構成、すなわち「10.0≦p/h≦20.0、かつ、4.0≦(p−w)/w≦39.0の関係を満足する」という構成を包含する。

(イ)本件明細書(【0078】【0079】)には、「乱流発生用凹凸部では、1.0≦p/h≦50.0の範囲が良く、好ましくは2.0≦p/h≦24.0の範囲、更に好ましくは10.0≦p/h≦20.0の範囲がよい」「1.0≦(p−w)/w≦100.0、好ましくは4.0≦(p−w)/w≦39.0の関係を満足することが熱伝達率を高めている」との記載があり、「1.0≦p/h≦50.0」「1.0≦(p−w)/w≦100.0」というパラメータを満たす場合においても放熱効果が高まる旨説明されている。「10.0≦p/h≦20.0」「4.0≦(p−w)/w≦39.0」という数値範囲に特定する根拠は、「好ましくは」と、単に好適化である旨説明するにとどまる

(ウ)本件明細書の【表1】【表2】には、p/h及び(p−w)/wと耐久性の関係についての実験結果が記載されているところ、本件発明の数値範囲のうちp/hのみを満たさない実施例3(p/h=8)の耐久性は、本件発明の数値範囲を全て満たす実施例8、11、12、18、19の耐久性よりも高く、本件発明の数値範囲のうち(p−w)/wのみを満たさない実施例13、15、16((p−w)/w=44、99、59)の耐久性は、本件発明の数値範囲を全て満たす実施例8、11、12、18、19の耐久性よりも高いという結果が出ている

(エ)本件明細書の【図29】には、p/hと熱伝達率の関係についてのグラフが記載され、【図30】には、(p−w)/wと熱伝達率の関係についてのグラフが記載されているところ、これらのグラフは、p/h又は(p−w)/wの各パラメータと熱伝達率の関係を示すにとどまり、両パラメータの充足と熱伝達率の関係を示すものではない

(オ)タイヤ表面の凹凸部によって発生する乱流により、流体の再付着点部分の放熱効果の向上に至るという機序によれば、凹凸部のピッチ(p)、高さ(h)及び幅(w)の3者の相関関係によって放熱効果が左右されるというべきであって、本件発明において特定されたピッチと高さ、ピッチと幅という2つの相関関係のみを充足する凹凸部の放熱効果が、これらを充足しない凹凸部の放熱効果と比較して、向上するといえるものではない。

(カ)そうすると、p/h又は(p−w)/wの各パラメータと熱伝達率の相関関係を示すグラフ(【図29】【図30】)から、「10.0≦p/h≦20.0、かつ、4.0≦(p−w)/w≦39.0の関係を満足する」凹凸部の構造が、これを満足しない凹凸部の構造に比して、熱伝達率を向上させるということはできない。

(キ)そうすると、本件発明は、凹凸部の構造を、「10.0≦p/h≦20.0、かつ、4.0≦(p−w)/w≦39.0」の数値範囲に限定するものの、当該数値範囲に限定する技術的意義は認められないといわざるを得ない

(ク)よって、引用発明に甲2技術を適用した構成における凹凸部の構造について、パラメータp/hを、「10.0≦p/h≦20.0」の数値範囲に特定し、かつ、パラメータ(p−w)/wを、「4.0≦(p−w)/w≦39.0」の数値範囲に特定することは、数値を好適化したものにすぎず、当業者が適宜調整する設計事項というべきである。


第4 考察
 発明特定事項における数値範囲を限定することで特有の効果が発揮されるとして進歩性の根拠にすることはよく行われるところである。本判決は、本件明細書の記載内容を詳細に分析した上で、本件発明の特定事項である「10.0≦p/h≦20.0、且つ、4.0≦(p−w)/w≦39.0の関係を満足する」における数値限定に技術的意義は認められないと判断している。発明は自然法則を利用した技術的思想の創作である。本判決は、進歩性の判断に関してだけでなく、明細書に記載されている具体的な技術事項から上位概念として抽象化される発明がどのように抽出されるのか、明細書における実験データ等の記載、その取扱いにどのような配慮が必要であるのかを考える上でも参考になるものと思われる。
以上


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '18/08/03