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第1 事案の概要 |
原告は、発明の名称を「旨み成分と栄養成分を保持した無洗米」とする特許第4708059号(本件特許)の特許権者である。被告が本件特許の請求項1〜3に係る発明について特許無効審判を請求した(無効2015−800173号)。原告は特許請求の範囲及び明細書を訂正する旨の訂正請求をし(本件訂正)、特許庁は、本件訂正を認めるとともに、本件特許の請求項1に係る発明(本件発明)についての特許を無効とする、請求項2及び3に係る発明についての審判請求は成り立たない旨の審決(本件審決)をした。本件審決の理由の要旨は、本件発明は、明確ではなく、その特許請求の範囲の記載は、特許法36条6項2号に規定する要件(明確性要件)を満たさないから、本件発明に係る特許は無効にすべきである、というものである。
原告は、本件審決中、請求項1に係る部分の取消しを求め、明確性要件に係る判断の誤りを取消事由として本件訴訟を提起した。
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第2 判決 |
1 特許庁が無効2015−800173号事件について平成29年3月24日にした審決のうち、特許第4708059号の請求項1に係る部分を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
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第3 理由 |
特許請求の範囲の記載及び本件明細書の記載によれば、請求項1は全体として、物の発明である「無洗米」を特定する事項の一部に製造方法が記載されているということができる。
物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合(いわゆるプロダクト・バイ・プロセス・クレームの場合)において、当該特許請求の範囲の記載が特許法36条6項2号にいう「発明が明確であること」という要件に適合するといえるのは、出願時において当該物をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか、又はおよそ実際的でないという事情が存在するときに限られる(最高裁平成24年(受)第1204号同27年6月5日第二小法廷判決・民集69巻4号700頁参照)。しかるに、原告は、本件特許の出願時において上記「無洗米」をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか、又はおよそ実際的でないという事情が存在することについて、主張立証しない。
他方、最高裁判決が・・・前記のように判示した趣旨は、特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合の技術的範囲は、当該製造方法により製造された物と構造、特性等が同一である物として確定されるが、そのような特許請求の範囲の記載は、一般的には、当該製造方法が当該物のどのような構造又は特性を表しているのかが不明であり、権利範囲についての予測可能性を奪う結果となることから、これを無制約に許すのではなく、前記事情が存するときに限って認めるとした点にある。
そうすると、特許請求の範囲に物の製造方法が記載されている場合であっても、上記一般的な場合と異なり、当該製造方法が当該物のどのような構造又は特性を表しているのかが、特許請求の範囲、明細書、図面の記載や技術常識から一義的に明らかな場合には、第三者の利益が不当に害されることはないから、明確性要件違反には当たらない。
そこで検討するに、本件訂正後の特許請求の範囲請求項1の記載は、前記のとおりであり、本件発明は、玄米粒において、(a)表層部から糊粉細胞層までが除去され亜糊粉細胞層が米粒の表面に露出しており、(b)米粒の50%以上に「胚芽の表面部を削りとられた胚芽」又は「胚盤」が残っており、(c)糊粉細胞層の中の糊粉顆粒が米肌に粘り付けられた状態で米粒の表面に付着している「肌ヌカ」のみが分離除去されてなることを特徴とする、旨み成分と栄養成分を保持した無洗米の発明であることが記載されている。
また、本件明細書には、運転条件(搗精の条件)が調整された摩擦式精米装置を適用することによって、本件発明に係る無洗米の前段階である、(a)(b)の米を製造することが可能であること、また、型式(無洗米とする方式)が特定され運転条件が調整された無洗米機を適用することにより、上記無洗米の前段階である米から、前記(c)の本件発明に係る無洗米を製造することが可能であること、本件発明の無洗米は、その表面が亜糊粉細胞層に覆われ、全米粒のうち、胚盤又は表面を除去された胚芽が残った米粒の合計数が50%以上を占めているため、従来のご飯とは異なったおいしさがあることが記載されている。
他方、本件明細書には、本件発明に係る無洗米の前段階である前記(a)(b)の米を製造するために摩擦式精米機により搗精し、かかる米から前記(c)の本件発明に係る無洗米を製造するために無洗米機を用いるということのほかに、摩擦式精米機により搗精される米が前記(a)(b)以外の構造又は特性を有することや、かかる米を無洗米機により無洗米としたものが、前記(c)以外の構造又は特性を有することをうかがわせる記載は存在しない。
以上のような特許請求の範囲及び本件明細書の記載によれば、本件訂正後の特許請求の範囲請求項1の「摩擦式精米機により搗精され」という記載は、本件発明に係る無洗米の前段階である前記(a)(b)の構造又は特性を有する精白米を製造する際に摩擦式精米機を用いることを意味するものであり、「無洗米機(21)にて」という記載は、上記精白米から前記(c)の構造又は特性を有する無洗米を製造する際に無洗米機を用いることを意味するものであって、前記(a)ないし(c)のほかに本件発明に係る無洗米の構造又は特性を表すものではないと解するのが相当である。
そして、本件発明に係る無洗米とは、玄米粒の表層部から糊粉細胞層までが除去され、亜糊粉細胞層が米粒の表面に露出し、米粒の50%以上に「胚芽の表面部を削りとられた胚芽」又は「胚盤」が残っており、糊粉細胞層の中の糊粉顆粒が米肌に粘り付けられた状態で米粒の表面に付着している「肌ヌカ」が分離除去された米であるといえる。
そうすると、請求項1に「摩擦式精米機により搗精され」及び「無洗米機(21)にて」という製造方法が記載されているとしても、本件発明に係る無洗米のどのような構造又は特性を表しているのかは、特許請求の範囲及び本件明細書の記載から一義的に明らかである。よって、請求項1の上記記載が明確性要件に違反するということはできない。
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第4 考察 |
本件は、いわゆるプロダクト・バイ・プロセス・クレームについての判決である。発明の構成要件の一部に製造方法が記載されていても、本件発明に係る無洗米のどのような構造又は特性を表しているのかは、特許請求の範囲及び本件明細書の記載から一義的に明らかであるから、明確性要件に違反するということはできないと判断された。昨年末に上告、上告受理申し立てが行われ本件判決は確定していないが、実務の参考になる部分があると思われるので紹介した。
なお、本件審決取消訴訟の当事者は別の特許権(特許第5306571号「旨み成分と栄養成分を保持した精白米または無洗米の製造装置」)の審決取消訴訟(知財高裁:平成28年(行ケ)第10236号、特許庁:無効2015−800174)でも明確性要件を争点として特許の有効性を争っている(「特許と商標」平成29年11月号の解説で紹介)。
以上
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