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第1 事案の概要 |
本件における原告は特許第5435175号(発明の名称:空気入りタイヤ)(本件特許)の特許権者である。本件における被告が本件特許に対して無効審判請求したところ(無効2015−800139号)、本件原告は請求項2の削除を含む訂正請求をした(本件訂正)。特許庁は、本件訂正を認めるとともに、請求項1及び3に係る発明についての特許を無効とする、請求項4ないし7に係る発明についての審判請求は成り立たない旨の審決(本件審決)をした。
本件原告が、本件審決中、本件特許の請求項1及び3に係る部分の取消しを求める本件訴訟(乙事件)を提起した。また、同日付で、本件被告は、本件審決中、本件特許の請求項4ないし7に係る部分の取消しを求める訴訟(平成29年(行ケ)第10120号 審決取消請求事件(甲事件))を提起した。
甲乙両事件についての本件判決では、本件審決のうち、請求項1及び3に係る部分が取り消され、請求項4ないし7に係る発明についての特許無効審判請求を不成立とした部分は維持された。
ここでは、乙事件(平成29年(行ケ)第10119号)で、本件審決のうち、請求項1及び3に係る審決が取り消された部分、特に、訂正後の請求項1に係る発明(本件発明1)の進歩性判断の部分についてのみ紹介する。
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第2 判決 |
特許庁が無効2015−800139号事件について平成29年4月18日にした審決のうち、特許第5435175号の請求項1及び3に係る部分を取り消す。
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第3 理由 |
本件審決の理由は、本件訂正を認めた上、@本件発明1及び3は、引用例(特開2011−207283号公報)に記載された発明(引用発明)及び甲4(特開昭62−152906号公報)に記載された技術的事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである、などというものである。
引用例に、審決認定の引用発明が記載されていることは、当事者間に争いがない。本件発明1と引用発明との相違点が審決認定のとおりであることは、当事者間に争いがない。
甲4には、おおむね、以下の事項が記載されている。また、甲4には、別紙引用例等図表目録の甲4第1図のとおり、図が記載されている。・・・・。
したがって、甲4には、「センター領域を含めた全ての領域が溝により複数のブロックに区画されたブロックパターンについて、[1] 全溝面積比率を25%とし、かつ、前記領域(タイヤ踏面の幅方向(タイヤ径方向)FF’のセンター部におけるトレッド踏面幅Tの50%以内の領域)の全溝面積比率を残りの領域の全溝面積比率の3倍となし、[2] 前記ストレート溝と前記副溝とにより区画されたブロックに独立カーフをタイヤ幅方向に形成し、[3] 前記ブロックの各辺と前記カーフの各辺のタイヤ幅方向全投影長さLGとタイヤ周方向の全投影長さCGとの比LG/CG=2.5とする。」との技術的事項、すなわち、甲4技術Aが記載されていると認められる。
本件審決は、甲4に甲4技術※が記載されていると認定した。
※タイヤ踏面の幅方向(タイヤ径方向)FF’のセンター部に(おける)トレッド踏面幅Tの50%以内の領域Wの全溝面積比率を「センター部の溝面積比率」、残りの領域の全溝面積比率を「残りの領域の溝面積比率」とすると、0.25≦(残りの領域の溝面積比率)/(センター部の溝面積比率)≦0.50
しかし、甲4には、特許請求の範囲にも、発明の詳細な説明にも、一貫して、ブロックパターンであることを前提とした課題や解決手段が記載されている。また、甲4には、前記[1]ないし[3]の技術的事項、すなわち、溝面積比率、独立カーフ、タイヤ幅方向全投影長さとタイヤ周方向全投影長さの比に関する甲4技術Aが記載されている。
そこで、これらの記載に鑑みると、上記[1]ないし[3]の技術的事項は、甲4に記載された課題を解決するための構成として不可分のものであり、これらの構成全てを備えることにより、耐摩耗性能を向上せしめるとともに、乾燥路走行性能、湿潤路走行性能及び乗心地性能をも向上せしめた乗用車用空気入りラジアルタイヤを提供するという、甲4記載の発明の課題を解決したものと理解することが自然である。
したがって、甲4技術Aから、ブロックパターンを前提とした技術であることを捨象し、さらに、溝面積比率に係る技術的事項のみを抜き出して、甲4に甲4技術が開示されていると認めることはできない。よって、本件審決における甲4記載の技術的事項の認定には、上記の点において問題がある。
引用例には、引用発明について、・・・、すなわち、リブパターンとすることにより、トレッドへの前後入力に対する剛性が高められ、駆動力及び制動力を向上させることができること(【0047】)が記載されている。
一方、引用例には、タイヤの接地領域について、タイヤ赤道面を中心として接地幅の50%の幅を有する領域をセンター領域として、同領域よりもタイヤ幅方向外側の接地領域と区別することや、センター領域とその他の領域における各溝面積の比率、センター領域の溝面積比率をその他の領域の溝面積比率より高めることにより、タイヤ全体の溝面積比率が比較的低いことによる排水性の低下を抑制し、操縦安定性を向上させることを示す記載はなく、これらのことを示唆する記載もない。
また、甲4には、タイヤのセンター領域の溝面積比率を残りの領域の溝面積比率の3倍とすることなどを含む甲4技術Aが記載されているが、同技術は、乗用車用空気入りラジアルタイヤがブロックパターンを有することを前提とするものであって、ストレート溝と副溝とにより区画されたブロックに独立カーフをタイヤ幅方向に形成し、ブロックの各辺とカーフの各辺のタイヤ幅方向全投影長さLGとタイヤ周方向の全投影長さCGとの比を「LG/CG=2.5」とするという構成を併せ備えるものである。
そうすると、当業者において、タイヤ周方向に連なる陸部を備えること、すなわちリブパターンであることに技術的意義を有するタイヤである引用発明において、必然的に周方向に連なる陸部を備えないブロックパターンであることを前提とする甲4技術Aを適用する動機付けがあるとはいえず、むしろ、阻害要因があるというべきである。
以上のとおり、本件発明1は、引用発明に基づき、当業者が容易に発明をすることができたものということはできない。
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第4 考察 |
主引用文献、第二引用文献の記載内容を詳細に検討することで、主引用文献記載の発明に第二引用文献の記載の発明を適用する動機付けがあるとはいえず、むしろ、主引用文献記載の発明に第二引用文献の記載の発明を適用することについては阻害要因があるとしている。
発明の進歩性判断における論理づけの参考になると思われるので紹介した。
以上
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