審決取消請求事件(染毛剤、その使用方法及び染毛剤用品)

解説  審決取消請求事件において、特定事項aは新たな技術的事項を導入するものではなく、特定事項aを本願の請求項1に追加することは願書に添付した明細書、特許請求の範囲及び図面に記載した事項の範囲内においてするものとして、新規事項追加の補正にあたらないと判断された事例
(知的財産高等裁判所 平成29年(行ケ)第10216号 審決取消請求事件 平成30年8月22日判決言渡)
 
第1 事案の概要
 原告は、特願2011−42737号(発明の名称:染毛剤、その使用方法及び染毛剤用品)(本願)の出願人で、本願に拒絶査定を受けて拒絶査定不服審判(不服2016−7849号)を請求し、審理の過程で、請求項1に係る発明の構成の一つである「撹拌羽」について「撹拌羽の左右方向の幅は、全幅58mm、支軸直径6mm、支軸と羽との間隔(隙間)16mm、羽の幅10mmである。」と特定すること(特定事項a)を含む補正(本件補正)を行った。
 原告は審判請求書において「当該追加事項は、当初明細書の段落[0012]に記載された『日光ケミカルズ(株)製の市販乳化試験器ET−3A型の回転軸に取り付けた撹拌羽』について実寸法を特定したにすぎず、新たな技術的事項を導入するものではない。なお、参考資料として、日光ケミカルズ(株)の『NIKKOL ET−3A 3連式乳化試験機』のパンフレットを添付する。」と補正の根拠を説明、主張した。
 特許庁は「『撹拌羽』の形状、寸法について、当初明細書等に記載されていない特定事項aを本願の請求項1に追加することは、当初明細書等の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において新たな技術的事項を導入するものである。」として、本件補正を却下した上、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をした。
 原告はこれに対して本件訴訟を提起した。争点は、[1] 補正における新規事項の追加の有無、[2] 明確性要件違反の有無、[3] 実施可能要件違反の有無である。

第2 判決

1 特許庁が不服2016−7849号事件について平成29年10月11日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。


第3 理由

 特許請求の範囲等の補正は、願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてしなければならないところ(特許法17条の2第3項)、上記の「最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項」とは、当業者によって、明細書、特許請求の範囲又は図面の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項を意味し、当該補正が、このようにして導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものであるときは、当該補正は「明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内において」するものということができる(知財高裁平成18年(行ケ)第10563号同20年5月30日特別部判決・判例タイムズ1290号224頁参照)。
 これを本件についてみるに、前記で認定したような本願発明において、撹拌羽根の形状、寸法等の撹拌条件は発明特定事項として重要な要素といえるところ、当初明細書等に本件撹拌羽根を用いることは明示されていない。
 しかし、当初明細書の【0012】には、[1] 撹拌にET−3Aを用いること、[2] 「撹拌羽」は、回転中心となる支軸の下端から漢字の「山」の字を構成する形態で対の羽部を延設した「撹拌羽」であること、[3] 「撹拌羽」の回転半径は、内容量が200mlで内径約6cmのビーカー等の円筒形容器の半径(約3cm)より僅かに小さいことが記載されている。
 前記(1)イの事実によると、当初明細書に記載されている上記「撹拌羽」の形状、寸法は、ET−3Aの付属品である200mlビーカー用の本件撹拌羽根のそれと一致するものである。
 また、前記(1)イの事実によると、ET−3Aは、昭和60年頃から長年にわたって販売されており、多数の当業者によって使用されてきたと推認される実験用の機械であるところ、販売開始以来、付属品である本件撹拌羽根の形状、寸法に変更が加えられたことは一度もなく、しかも、遅くとも平成17年7月頃には、本件撹拌羽根は、ET−3Aとともに日光ケミカルズのカタログに掲載されていた。
 さらに、当初明細書の記載に適合するような形状、寸法のET−3A用の撹拌羽根が、ET−3A本体とは別に市販されていたことは証拠上認められない。
 以上の事実を考え併せると、当業者が、当初明細書等に接した場合、そこに記載されている撹拌羽が、ET−3Aに付属品として添付されている200mlビーカー用の本件撹拌羽根を指していると理解することができるものと認められる。
 そして、特定事項aは、200mlビーカー用の本件撹拌羽根の実寸法を追加するものであるから、特定事項aを本願の請求項1に記載することが、明細書又は図面の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係で新たな技術的事項を導入するものとはいえず、新規事項追加の判断の誤りをいう原告の主張は理由がある。
 被告は、ET−3Aのような乳化試験機において、付属品以外の撹拌羽根を任意に選択して用いることができるのは明らかであるところ、ET−3Aに取付け可能な撹拌羽根が単体で市販されていたり、ET−3Aが付属品なしで取引されていたりすることからすると、当業者が、当初明細書等の記載から、そこでいう撹拌羽根が、200mlビーカー用の本件撹拌羽根を指していると理解することはないなどと主張する。
 しかし、前記(1)イのとおり、ET−3Aに取付け可能な撹拌羽根として市販されていることが証拠上確認できるものは、そのいずれもが当初明細書に記載されているような回転中心となる支軸の下端から漢字の「山」の字を構成する形態で対の羽部を延設したものではないから、それらの撹拌羽根が市販されているという事実をもって、上記の認定は左右されない。
 また、証拠(乙6の1・2)によると、いわゆるインターネットオークションにおいて、本件撹拌羽根が付属品として添付されていない中古品のET−3Aが取引されている事実は認められるものの、このような取引の事実があったからといって上記の認定が左右されることはないというべきである。
 よって、被告の上記主張はいずれも採用できない。
 以上のとおり、特定事項aは新たな技術的事項を導入するものではなく、特定事項aを本願の請求項1に追加することは願書に添付した明細書、特許請求の範囲及び図面に記載した事項の範囲内においてするものというべきである。


第4 考察
 いわゆる新規事項追加の補正は拒絶理由、無効理由になる。そこで、特許出願の準備段階では、将来、明細書、特許請求の範囲の記載内容を出願時の明細書、図面の記載事項に基づいて補充、訂正する補正を行う際に「新規事項追加にあたる」と認定されるおそれが生じることのないよう、慎重に明細書、図面、等を作成し、また、拒絶理由通知を受けて補正を行う際も慎重に行っている。
 本件は、市販の乳化試験器ET−3Aを使用していることが特許出願時の明細書に記載されていたが、当該乳化試験器ET−3Aの撹拌羽の寸法は記載されていなかった場合であって、ET−3Aのパンフレットに記載されている寸法を特許請求の範囲に追加する補正が新規事項追加に当たらないと認定されたものである。
 実務の参考になるところがあると思われるので紹介した。
以上


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '18/12/20