特許取消決定取消請求事件(積層フィルム)

解説  特許取消決定取消請求事件において、特許法第29条の2(拡大先願)における同一発明の判断において、実質的に同一であるとして原告の請求が棄却された事例
(知的財産高等裁判所 平成29年(行ケ)第10167号 特許取消決定取消請求事件 平成30年5月30日判決言渡)
 
第1 事案の概要

 原告は、名称を「積層フィルム」とする発明を平成23年(2011年)2月16日付で特許出願し特許取得した(特許第5771021号(本件特許))。本件特許に特許異議申立がされ、特許庁は、異議2016−700150号事件として審理し、原告は、訂正請求を行った(訂正後の請求項の数7)。特許庁は、訂正を認め、本件特許の請求項1〜6に係る特許を維持し、同請求項7に係る特許を取り消す旨の決定(本件決定)をした。
 原告が「特許庁が異議2016−700150号事件について平成29年7月12日にした決定のうち『特許第5771021号の請求項7に係る特許を取り消す。』との部分を取り消す」ことを求めて出訴した。
 本件決定は、本件特許の出願日前に特許出願が行われていて、本件特許の出願日後に出願公開された特願2010−46630号=特開2011−201304号公報(特願2010−46630号を優先主張の基礎とする特願2011−45898号の公開公報)に記載されている発明(甲1発明)と、本件発明7との間の一致点、相違点(相違点1〜3)を認定した上で、「相違点1〜3に係る本件発明7の構成は、いずれも、それらを備えることにより新たな効果を奏するものでなく、多層フィルムとして、求められる成形性や機械強度を得るための具体化手段における微差にすぎないものであるから、本件発明7は、甲1発明と実質的に同一である」、「本件発明7は、甲1発明と同一であるから、本件発明7に係る特許は、特許法29条の2の規定に違反してされたものである」としていた。
 原告は、特許法29条の2における同一発明に関する解釈の誤り、相違点1〜3についての判断の誤りを決定取消理由として主張した。
 本判決では、本件発明7と甲1発明とが本件決定認定の「一致点」の点で一致し、判示した相違点1〜3の点で相違する点において当事者間に争いがないことを認めた上で、「本件発明7と甲1発明との相違点1〜3は、いずれも、求められる成形性や機械強度を満たす積層フィルムを得るための具体化手段における微差にすぎないものであり、他の新たな効果を奏するとは認められないから、本件発明7と甲1発明は、実質的に同一である」として原告の請求を棄却した。
 ここでは、争点となった「特許法29条の2違反の有無」に関する部分についての裁判所の判断を紹介する。


第2 判決

 1 原告の請求を棄却する。
 2 訴訟費用は原告の負担とする。


第3 理由

(1)特許法29条の2における同一発明の判断方法について

ア 特許法29条の2が設けられた趣旨については、次のとおりであると認められる。
(ア)先願の明細書、特許請求の範囲又は図面に記載された発明は、出願公開等により一般にその内容が公表されるところ、先願が出願公開等をされる前に出願された後願につき、更に出願公開等をしても、先願と同一の発明であれば、新しい技術を公開することにはならない。
(イ)特許制度は、新しい技術の公表の代償として当該技術を発明として保護しようとするものであるから、先願と同一の発明を後願として出願しても、新しい技術を公表することにならないことから、特許を得ることができないとしたものである。

イ そうすると、特許法29条の2における「発明」と「同一であるとき」の判断に当たっては、後願に係る発明が、先願の願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載された発明とは異なる新しい技術に係るものであるかという見地から判断されるべきである。
 そして、明細書は、当該発明に関する全ての技術を網羅してこれを説明しているものではなく、出願当時の当業者の技術常識を前提とした上で作成されるのが通常であるから、上記の「同一であるとき」の判断に当たって、当業者の有する技術常識を証拠により認定し、これを参酌することができるというべきである。

ウ 原告は、特許法29条の2は、後願の審査の便宜のために設けられた旨主張するとともに、ソルダーレジスト大合議判決(知財高判 平成20年5月30日(平成18年(行ケ)第10563号)を挙げて、同判決における「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」の文言解釈は、特許法17条の2第3項における当該文言の一般的な解釈を判断したものであって、特許法29条の2の「明細書、特許請求の範囲」「又は図面」「と同一であるとき」の解釈において、後願発明の発明特定事項が先願の願書に最初に添付された明細書又は図面の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項の範囲内といえるのは、当該発明特定事項が先願の願書に最初に添付された明細書等の記載から自明な事項である場合と解すべきである旨主張する。
 確かに、特許法29条の2が設けられたことについては、原告が主張するような後願の審査の便宜も、その趣旨の一つであるということができるが、同条が設けられた趣旨はそれに限らないものであって、前記アで判示したような趣旨があり、そのことから同条を解釈すると、同条が規定する「同一であるとき」は、前記イのとおり解釈することができる。そして、その結果、同条が規定する「同一であるとき」の範囲と特許法17条の2第3項が規定する補正が許される範囲とが異なることとなったとしても、それぞれの規定の趣旨に従って解釈した結果であって、それにより不都合な点が生ずるとも認められない。
 そうすると、特許法29条の2が規定する先願による後願排除の要件を判断するに当たって、特許法17条の2第3項が規定する補正が許される要件と同じ解釈をとるべき理由は乏しい。

(2)本件決定における特許法29条の2の同一発明に関する判断方法について

 原告は、特許法29条の2における発明の同一性につき、先願の願書に最初に添付された明細書等に記載されていないものが新たな効果を奏するかによって判断するべきではないと主張する。
 しかし、先願発明と後願発明の間に形式的な差異があっても、その差が単なる表現上のものであったり、設計上の微差であるなど、後願の発明が先願の発明とは異なる新しい技術に係るものということができない場合には、特許法29条の2の「同一であるとき」の要件を充足すると認められるのであって、その判断に当たっては、発明の効果も考慮することができるものと考えられる。
 そして、特許法29条の2についてこのように判断するからといって、その判断は、特許法29条の2の「同一であるとき」の要件について判断しているものであって、実質的に進歩性(特許法29条2項)の判断をしているとは評価できない。


第4 考察
 特許法第29条の2は、いわゆる「拡大先願」と呼ばれる規定である。実務において「拡大先願」の規定によって特許出願が拒絶されることは多くはない。しかし、技術開発競争がし烈で、一日でも先を争って特許出願が行われていることから同一の発明が明細書・図面の中に記載されている複数の特許出願が同時期に行われることがある。そこで、「拡大先願」の規定を利用した特許異議申立や、特許無効審判請求が行われることがある。このような特許異議申立、特許無効審判請求を準備する先行技術調査では、対象特許の出願が行われた日の後に出願公開された先願特許出願の明細書、等の記載の中に対象特許と実質的に同一な発明が記載されていることがないかどうかまで調査することがある。
 実務の参考になるところがあると思われるので紹介した。
以上


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '18/12/17