審決取消請求事件(パチンコ機)

解説  審決取消請求事件における進歩性の判断において、主引用文献記載の発明に副引用文献記載の発明を組み合わせる動機付けの有無の検討が行われ、引用文献に記載された事項に基づいて本件発明を容易に発明することができたものと認めることはできないと判断された事例。
(審決取消請求事件 知的財産高等裁判所 平成30年(行ケ)第10146号 令和元年6月27日判決言渡)
 
第1 事案の概要

 原告は、特願2016−33001号(本願)の特許出願人である。本願は、平成23年12月27日付の特許出願(特願2011−285629号)の一部を平成28年2月24日に分割した特許出願(発明の名称:パチンコ機)である。
 本願は、平成29年4月20日付けで拒絶査定となり、原告が拒絶査定不服審判請求したところ(不服2017−10969号)、平成30年9月3日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決(本件審決)を受け、原告が本件審決の取消を求める本件訴訟を提起した。
 本件審決の理由の要旨は、本願発明は、特開2008−29392号公報(引用例1)に記載された発明(引用発明)及び特開2011−167452号公報(引用例2)に記載された事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないというものである。
 本件審決が認定した引用発明と本願発明と相違点における相違点2、3は次のとおりである。

[相違点2]
 本願発明は、「前記一方のルートを流下する遊技球を検知する第1遊技球検知センサと、前記他方のルートを流下する遊技球を検知する第2遊技球検知センサと、」「前記2つのルートのうち推奨するルートを遊技者に報知する推奨ルート報知手段と、をさらに備え」ているのに対して、引用発明は、そのような構成であるか不明である点。

 [相違点3]
 本願発明は、「前記推奨ルート報知手段は、遊技球が前記他方のルートを流下している状態で、前記第2遊技球検知センサが所定個数の遊技球を検知した後に、前記一方のルートを推奨するルートとして遊技者に報知するようにした」のに対して、引用発明は、そのような構成であるか不明である点。
 本判決では、当業者が、引用発明及び引用例2に記載された事項に基づいて、相違点2及び3に係る本願発明の構成を容易に想到することができたとする審決の認定に誤りがあるとされた。本判決における相違点2及び3の容易想到性の判断に関する部分を紹介する。


第2 判決

 特許庁が不服2017−10969号事件について平成30年9月3日にした審決を取り消す。
 訴訟費用は被告の負担とする。


第3 理由

 被告は、引用発明と引用例2に記載された事項は、共に遊技球を流下させるルートが複数あり、そのうち片方のルートに遊技球を発射させた方が有利となる状態がある遊技機に関する発明又は技術であり、技術分野が共通しているといえるから、引用発明に引用例2に記載された事項を適用する手がかりがあり、引用発明に引用例2に記載された事項を適用することができることからすると、当業者は、引用発明のパチンコ遊技機に、引用例2に記載された事項を適用して、相違点2及び3に係る本願発明の構成とすることを容易に想到することができたものであるから、これと同旨の本件審決の判断に誤りはない旨主張する。
 そこで検討するに、引用例1には、引用発明において、「一方のルート」に相当する「遊技球滞留部32」を流下する遊技球を検知する遊技球検知センサ及び「他方のルート」に相当する「遊技球流下部31」を流下する遊技球を検知する遊技球検知センサを設けることについての記載や示唆はない。
 また、引用例1には、遊技球が「遊技球流下部31」を流下している状態で、当該遊技球を検知する遊技球検知センサが所定個数の遊技球を検知した後に、「遊技球滞留部32」を推奨するルートとして遊技者に報知する手段を設けることについての記載や示唆はない。
 引用発明は、大入賞口が開放されるまでの時間を報知用ランプ17a又は17bの点灯により報知することにより、時間の経過に応じて遊技球を打ち分けることを可能とした発明であるといえる。
 引用例2記載の遊技機は、第1の方向側の遊技領域(左側の遊技領域)を流下する遊技球を検出する検出手段、第2の方向側の遊技領域(右側の遊技領域)を流下する遊技球を検出する検知手段及び第1の方向側又は第2の方向側の遊技領域に遊技球を発射することを促す発射操作情報の報知手段を備え、報知手段による報知を現在の遊技状態と各遊技領域に設けられた検出手段によって検出された遊技球が進入した回数(検出回数)を参照して行うことにより、遊技者が正しい方向側の遊技領域に遊技球を発射させる発射操作を行っているにもかかわらず、たまたま少量の遊技球が誤った方向側の遊技領域を流下したとしても誤差として判定し、正しい方向側の遊技領域に遊技球を発射することを促す発射操作情報の報知を行わないようにして、遊技者に煩わしさや不快感を与えることのないようにしたものといえる。
 そうすると、引用発明と引用例2記載の遊技機は、共に遊技球を流下させるルートが複数あり、そのうち片方のルートに遊技球を発射させた方が有利となる状態がある遊技機において、上記有利となる状態となった場合にその有利な方向の遊技領域に遊技球を発射することを促す報知を行うことに関する発明又は技術である点において、技術分野が共通しているといえる。
 他方で、引用発明では、遊技者が可変入賞装置の入賞口(大入賞口)の開放前に、大入賞口が開放されるまでの特定の時間を報知装置により予告(報知)することにより、有利な方向の遊技領域に遊技球を発射することを促すものであるのに対し、引用例2記載の遊技機は、遊技者が有利な方向(正しい方向側)の遊技領域に遊技球を発射させる発射操作を行っているにもかかわらず、たまたま少量の遊技球が誤った方向側の遊技領域を流下したとしても誤差として判定し、正しい方向側の遊技領域に遊技球を発射することを促す発射操作情報の報知を行わないようにしたものであり、報知の目的及びタイミングが異なるものと認められる。
 また、引用発明において引用例2記載の遊技機の構成(本件審決認定の引用例2に記載された事項)を適用することを検討したとしても、具体的にどのように適用すべきかを容易に想い至ることはできないというべきである。
 そうすると、引用例1及び引用例2に接した当業者は、大入賞口が開放されるまでの特定の時間を報知装置により予告(報知)する引用発明において、報知の目的及びタイミングが異なる引用例2記載の遊技機の構成(本件審決認定の引用例2に記載された事項)を適用する動機付けがあるものと認めることはできない。
 したがって、当業者は、引用発明及び引用例2に記載された事項に基づいて、相違点2及び3に係る本願発明の構成を容易に想到することができたものと認めることはできないから、被告の上記主張は理由がない。
 以上のとおり、本件審決における相違点2及び3の容易想到性の判断に誤りがあるから、本願発明は、当業者が引用発明及び引用例2に記載された事項に基づいて本件発明を容易に発明することができたものと認めることはできない。


第4 考察

 進歩性の判断において、主引用文献記載の発明に副引用文献記載の発明を組み合わせる動機付けの有無は論点となるところである。本判決では動機付けの有無の検討が行われている。
 実務の参考になるところがあると思われるので紹介した。

以上


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '20/05/10