審決取消請求事件(ガスセンサ)

解説  審決取消請求事件における進歩性の判断において、動機付けの有無に関する検討が行われ、本件発明が、引用発明から容易に想到できたものとはいえないと判断された事例。
(知的財産高等裁判所 平成30年(行ケ)第10092号 審決取消請求事件 令和元年10月30日判決言渡)
 
第1 事案の概要

 被告は、特許第5765394号(発明の名称:ガスセンサ)(本件特許)の特許権者である。原告がこれに対して特許無効審判を請求した(無効2017−800037号)。被告は、本件特許の請求項1乃至請求項5からなる一群の請求項に係る訂正請求をした(請求項5の削除を含む)。
 特許庁は、訂正請求を認め、「審判請求は、成り立たない」等とする審決(本件審決)をし、原告が本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起した。
 原告が主張した取消事由は、訂正要件の判断の誤り(取消事由1)から本件発明2ないし4についての進歩性判断の誤り(取消事由7)まで多岐にわたっているが、ここでは、取消事由4「引用発明1A(引用例1(特開2007−316051号公報)の実施例2に記載された発明)を主引用例とする進歩性判断の誤り」についての知財高裁の判断で、本件発明1(審決が認めた訂正後の特許請求の範囲の請求項1に係る発明)と引用発明1Aとの間の相違点13についての容易想到性の判断に関する部分のみ紹介する。
 なお、本件発明1と引用発明1Aとの間の一致点、相違点が本件審決認定の通りである点に関しては当事者間に争いがなく、相違点13は、
 センサ素子(2)のガス導入部(271)と、インナカバー(4)のインナ導入開口部(42)との軸方向位置関係について、
 本件発明1では、「上記センサ素子(2)の上記ガス導入部(271)の軸方向中間位置(C1)は、上記インナカバー(4)の上記インナ導入開口部(42)の軸方向基端位置(D1)よりも軸方向基端側(X2)にあ」る(本件発明1の構成H)のに対し、
 引用発明1Aでは、この位置関係についての特定がない点
 である。


第2 判決

 1 原告の請求を棄却する。
 2 訴訟費用は、原告の負担とする。


第3 理由

引用発明1Aに基づく相違点13の容易想到性
 引用例1には、内側開口部411は、外側開口部421よりも先端側となる位置に形成されていると共に、インナーカバー41の外部から内部へ向かう開口方向Aがガスセンサ1の軸方向基端方向の成分Azを有する状態に形成されている。
 それ故、アウターカバー42の外側開口部421から導入された被測定ガスGの流れのうち、排出用開口部42へ向かう流れ(G1)は比較的直線的な流れとなるが、内側開口部411からインナーカバー41の内部へ向かう流れ(G2)は曲線的な流れとなること(【0041】)、
 これにより、アウターカバー42とインナーカバー41との間に導入された被測定ガスと共に流れる水滴は、その慣性力によって、排出用開口部422へ向かって流れ、該排出用開口部422から外部へ排出される一方、比重の小さい被測定ガス自体は、直線的な流れ(G1)以外にも、曲線的な流れであるインナーカバー41の内部へ向かう流れ(G2)をも形成することとなること(【0042】)、
 これにより、被測定ガスGに含まれる水滴がインナーカバーの内部に浸入することを防ぎ、ガスセンサ素子2の被水を防ぐことができ、そして、この被水に起因するガスセンサ素子2の被水割れを防ぐことができること(【0043】)の記載がある。
 これらの記載によれば、引用発明1Aは、アウターカバー42とインナーカバー41との間に導入された被測定ガスと共に流れる水滴を含む被測定ガスについて、水滴は、排出用開口部422から排出させ、水滴を含まない被測定ガスを、曲線的な流れであるインナーカバー41の内部へ向かう流れを形成させるものである。
 そして、引用例1には、インナーカバー41の内側に導入された被測定ガスの流れ方や、ガス導入部の配置位置により、被測定ガスの混合を防いで応答性を向上させることについて、記載も示唆もない。
 かえって、引用例1の実施例9(図15、16)では、「内側開口部411は、ガスセンサ素子2に設けた被測定ガス側電極22の基端部221から該被測定ガス側電極22の軸方向長さLの半分の位置までの間の位置に形成され」た(【0067】)ものであることが開示されており、
 内側開口部(インナ導入開口部)との関係において、本件発明1の構成Hとは反対側となる位置に被測定ガス側電極(ガス導入部)の軸方向中間位置が位置するものとなる。
 そして、このような位置関係とすることによって、「応答性に優れたガスセンサとすることができる」(【0075】)旨の記載もあることも併せるなら、引用例1においては、本件発明1の構成Hに係る位置関係とすることについては想定されておらず、相違点13に係る構成を採用する動機付けはない。
 よって、本件発明1は、引用発明1Aから容易に想到できたものとはいえない。


第4 考察

 特許審査基準では進歩性の検討・判断は次のように行うとされている。
(1) 審査官は、請求項に係る発明と主引用発明との間の相違点に関し、進歩性が否定される方向に働く要素(・主引用発明に副引用発明を適用する動機付け(@技術分野の関連性、A課題の共通性、B作用、機能の共通性、C引用発明の内容中の示唆)、・主引用発明からの設計変更等、・先行技術の単なる寄せ集め)に係る諸事情に基づき、他の引用発明(副引用発明)を適用したり、技術常識を考慮したりして、論理付けができるか否かを判断する。
(2) 上記(1)に基づき、論理付けができないと判断した場合は、審査官は、請求項に係る発明が進歩性を有していると判断する。
(3) 上記(1)に基づき、論理付けができると判断した場合は、審査官は、進歩性が肯定される方向に働く要素(・有利な効果、・阻害要因(例:副引用発明が主引用発明に適用されると、主引用発明がその目的に反するものとなるような場合等))に係る諸事情も含めて総合的に評価した上で論理付けができるか否かを判断する。
(4) 上記(3)に基づき、論理付けができないと判断した場合は、審査官は、請求項に係る発明が進歩性を有していると判断する。
 上記(3)に基づき、論理付けができたと判断した場合は、審査官は、請求項に係る発明が進歩性を有していないと判断する。
 今回の判決では動機付けの有無に関する検討が行われている。
 実務の参考になるところがあると思われるので紹介した。

以上


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '20/05/17