審決取消請求事件(位置検出装置)

解説  審決取消請求事件の進歩性の判断(主引用発明への副引用発明の組み合わせ)において、進歩性が否定される方向に働く要素に係る諸事情を考慮した検討で論理付けができないと判断できるところ、更に、進歩性が肯定される方向に働く要素に係る諸事情も含めて総合的に評価している事例
(知的財産高等裁判所 平成30年(行ケ)第10087号 審決取消請求事件 平成30年12月26日判決言渡)
 
第1 事案の概要
 被告は、特願2011−222846号(原出願)の一部である、発明の名称を「位置検出装置」とする発明について、分割出願し(特願2013−141658号)、特許権の設定登録(特許第5337323号)を受けた(本件特許)。
 原告は本件特許に対して二度の特許無効審判請求を行ったがいずれも請求は成り立たず、平成29年9月13日、三度目の特許無効審判を請求した(無効2017−800126号)。
 特許庁は、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決(本件審決)をし、原告は、本件審決の取消しを求めて本件訴えを提起した。争点は、進歩性の有無である。
 ここでは、主引用発明(甲3発明)と副引用発明(甲4発明)との組み合わせによる、本件特許の請求項1記載の発明(本件訂正発明1)の進歩性有無についての容易想到性の論理付けに関する部分を紹介する。
 本件訂正発明1と、甲3発明との間の相違点として認定されている相違点2は次の通りである。
<相違点2>
 弁体を出力部材側に進出させた状態に保持する手段について、本件訂正発明1では、「前記油室の油圧によって前記弁体を前記出力部材側に進出させた状態に保持する油圧導入室と、前記油室と前記油圧導入室とを連通させる油圧導入路」であるのに対し、甲3発明では、「押圧することで前記検出ロッドを前記ピストン側に進出させた状態に保持するバネ」である点。
 なお、甲3発明は、本件特許の原出願日より前に製作販売され、公然実施されていたことが認められる株式会社コスメック製「LL−RM/RN リニアシリンダ」(本件特許の優先日前の公然実施発明)である。

第2 判決

1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。


第3 理由

 甲3発明において、空気の圧力変化をエアキャッチセンサにより検知することによりピストンの動作確認を行うとともに、検出ロッドを、バネによる押圧力に代えて、油圧により、ピストン側に進出させた状態に保持するためには、油圧流体の経路及びエア圧の経路の配置構成について、複雑な変更を加える必要があり、それに伴い、検出ロッド、キャップ、マニホールドの構造等についても、変更を加える必要があると解されるから、当業者が、甲4(英国特許出願公開第1140216明細書)に記載された事項を甲3発明と組み合わせて前記相違点2に係る本件訂正発明1の構成にすることを動機付けられるとは認められない。
 甲4の図10及び11においては、いずれも、流体の流入口は一箇所のみであり、流出口は、図10では一箇所、図11では二箇所であるが、一つの回路に集約されることが記載されている。甲3発明において、検出ロッドにつき、バネによる押圧に代えて、油圧による押圧を可能とするためには、空気圧の変化をエアキャッチセンサにより検知するためのエア通路とは別に、エア通路とは連通しない検出ロッドの押圧のための油通路を設けなければならないことになるが、甲4には、このように2種類の流体の通路を設置することについての記載はない。
 むしろ、甲4では、四方弁36又は三方弁37、38とピストン21に作用する駆動流体について、圧力配管39から流入する加圧油を共通して用いることによって、双方に同じ圧力を作用させるというものであるから、加圧油を共通のものとすることは、甲4に記載された目的を達成するために必須の構成である。
 そうすると、甲4に記載された事項を甲3発明と組み合わせて前記相違点2に係る本件訂正発明1の構成にすることの動機付けはない。
 したがって、当業者が甲3発明及び甲4に記載された事項に基づいて本件訂正発明1を容易に想到することができたとは認められない。
 原告は、甲4には、甲4技術事項が記載されており、甲3発明及び甲4技術事項は、いずれも弁機構によって開閉される流路の圧力変化により、シリンダ以外の機器を作動させる油圧装置に関する分野の発明であり、甲3発明の「検出ロッド」と甲4の「二方パイロット弁」はピストンの位置を検知する機能で共通するから、甲3発明に甲4技術事項を適用する動機付けがある旨主張する。
 しかし、甲3発明と甲4に記載された事項を組み合わせて本件訂正発明1に至る動機付けがあるかを判断するに当たっては、それぞれの発明、技術的事項の具体的な構成に照らしてそれらを組み合わせる動機付けがあるかどうかを判断すべきであり、原告が主張する甲4技術事項というような抽象的なレベルにおける技術分野や機能の同一性のみに基づいて動機付けがあると判断することはできない。
 原告は、装置の作動流体と制御用流体が異なる流体であっても、「検出ロッド」や「二方パイロット弁」を出力部材側に進出させた状態に保持することには影響はなく、使用流体が同一でなければならない理由はない旨主張する。
 しかし、甲4において作動流体と制御流体が同一であることは、必須の構成であって、当業者が、甲3発明に甲4に記載された技術的事項を組み合わせて本件訂正発明1を想到するということはできない。


第4 考察
 進歩性の判断について特許審査基準では次のように説明されている。
 審査官は、請求項に係る発明と主引用発明との間の相違点に関し、進歩性が否定される方向に働く要素(技術分野の関連性、課題の共通性、作用・機能の共通性、引用発明の内容中の示唆といった主引用発明に副引用発明を適用する動機付け、主引用発明からの設計変更等や、先行技術の単なる寄せ集め)に係る諸事情に基づき、副引用発明を適用したり、技術常識を考慮したりして、論理付けができるか否かを判断する。これに基づき、論理付けができると判断した場合は、審査官は、進歩性が肯定される方向に働く要素(有利な効果、阻害要因(例えば、副引用発明が主引用発明に適用されると、主引用発明がその目的に反するものとなるような場合、等))に係る諸事情も含めて総合的に評価した上で論理付けができるか否かを判断する。これに基づき、論理付けができないと判断した場合は、審査官は、請求項に係る発明が進歩性を有していると判断する。
 本判決では、進歩性が否定される方向に働く要素に係る諸事情を考慮した検討で論理付けができないと判断できるところ、更に、進歩性が肯定される方向に働く要素に係る諸事情も含めて総合的に評価している。
 実務の参考になる部分があると思われるので紹介した。
以上


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '20/01/05