損害賠償請求控訴事件(美肌ローラ)

解説  損害賠償請求控訴事件において、侵害訴訟の被告が特許庁で無効審判請求を行い、審決取消訴訟を提起せずに無効不成立の審決を確定させた場合には、同一当事者間の侵害訴訟において同一の事実及び同一の証拠に基づく無効理由を特許法104条の3による特許無効の抗弁として主張することは許されないとされた事例
(知的財産高等裁判所 平成29年(ネ)第10086号 損害賠償請求控訴事件 平成30年12月18日判決言渡)
 
第1 事案の概要
 本件は、名称を「美肌ローラ」とする発明に係る特許権(特許第5230864号(本件特許))を有する控訴人が、被控訴人が業として販売するなどする製品(被控訴人製品)が本件特許に係る発明の技術的範囲に属するとして、被控訴人に対して損害賠償請求したものである。
 原判決(大阪地方裁判所平成28年(ワ)第4167号・平成29年8月31日判決)は、本件特許が特許無効審判により無効にされるべきものであるとして無効の抗弁(特許法第104条の3)を認め、被控訴人製品が本件特許の技術的範囲に属するか否かの判断を行うことなしに、控訴人の請求を棄却した。これを不服とする控訴人が控訴した。
 一方、被控訴人は、上述した無効の抗弁と同一の理由(無効理由1)で、特許庁において特許無効審判を請求(無効2016−800085号(本件無効審判請求))し、特許庁において、平成29年4月18日付で「本件審判の請求は成り立たない」旨の審決(本件審決)がされた。本件審決は、被控訴人が審決取消訴訟を提起しなかったことにより平成29年年5月29日に確定した。
 本判決は、被控訴人製品が本件特許の技術的範囲に属するとした上で、被控訴人は本件訴訟において無効の抗弁を主張することはできないと判断し、被控訴人の損害賠償責任を認めた。
 この解説では、無効の抗弁が原判決において認められた被控訴人が、控訴審(知的財産高等裁判所)において、無効の抗弁を主張することはできないと判断された点についてのみ紹介する。

第2 判決

 1 原判決を取り消す。
 2 被控訴人は、控訴人に対し、2278万3473円及びこれに対する平成30年8月31日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 3 控訴人のその余の請求を棄却する。
 4 訴訟費用は、第1、2審を通じ、補助参加によって生じた費用を除いてこれを2分し、その1を控訴人の、その余は被控訴人の各負担とし、補助参加によって生じた費用は、これを2分し、その1を控訴人の、その余は補助参加人の各負担とする。


第3 理由

 被控訴人が主張する無効理由1は、本件無効審判請求と同じく、乙24公報(特開2005−66304号公報)に記載の主引例と、乙25〜31の1公報(特開2002−65867号公報、特開昭60−2207号公報、特開昭61−73649号公報、特開平4−231957号公報、特開2004−321814号公報、大韓民国登録意匠30−0399693号公報、中華民国実用新案公報M258730号公報)に記載の副引例ないし周知技術に基づいて進歩性欠如の主張をしたものであるから、無効理由1は本件無効審判請求と「同一の事実及び同一の証拠」に基づくものといえる。そして、本件審決は確定したから、被控訴人は無効理由1に基づいて本件特許の特許無効審判を請求することができない(特許法167条)。
 特許法167条が同一当事者間における同一の事実及び同一の証拠に基づく再度の無効審判請求を許さないものとした趣旨は、同一の当事者間では紛争の一回的解決を実現させる点にあるものと解されるところ、その趣旨は、無効審判請求手続の内部においてのみ適用されるものではない。
 そうすると、侵害訴訟の被告が無効審判請求を行い、審決取消訴訟を提起せずに無効不成立の審決を確定させた場合には、同一当事者間の侵害訴訟において同一の事実及び同一の証拠に基づく無効理由を同法104条の3第1項による特許無効の抗弁として主張することは、特段の事情がない限り、訴訟上の信義則に反するものであり、民事訴訟法2条の趣旨に照らし許されないものと解すべきである。
 そして、本件において上記特段の事情があることはうかがわれないから、被控訴人が本件訴訟において特許無効の抗弁として無効理由1を主張することは許されない。


第4 考察
 特許無効の抗弁を規定している特許法第104条の3は「特許を無効にすべき旨の審決が確定するまでは、特許権は有効に存続することを前提(特許法第125条)としつつも、特許無効審判が請求されたならば、当該特許はその特許無効審判では無効にされることになる旨の抗弁等が侵害訴訟において提出され、その抗弁等の理由があると認められた場合には、そのような特許権に基づく差止請求権等の行使は認めないこととしたものである。」(特許法逐条解説 特許庁)
 ところで、特許法第167条には「特許無効審判の審決が確定したときは、当事者は、同一の事実及び同一の証拠に基づいてその審判を請求することができない」と規定されている。特許無効審判請求人による無効の請求を容認しない審決が確定したとき、その審判請求人は、同じ理由で再び特許無効審判を請求することができないというものである(一事不再理効)。無効審判請求人は審判において主張立証を尽くすことができたものであるから、無効不成立の審決が確定した後に同一の事実及び同一の証拠に基づいて紛争の蒸し返しができるとすることは不合理であると考えられるためである(特許法逐条解説 特許庁)。
 特許権者から特許権侵害訴訟の提起を受けた被告が、その侵害訴訟における対抗策の一つとして裁判所において「無効の抗弁」(特許は特許無効審判により無効にされるべきものと認められるから、原告である特許権者は、被告に対して権利行使することができない。特許法第104条の3)を行い、その一方で、裁判所で主張、立証を行っているのと同一の無効理由を用いて特許庁において特許無効審判請求することがよく行われる。
 本件は、被告(被控訴人)が主張している無効の抗弁の内容についての判断が行われたものではない。侵害訴訟の被告が特許庁で無効審判請求を行い、審決取消訴訟を提起せずに無効不成立の審決を確定させた場合には、同一当事者間の侵害訴訟において同一の事実及び同一の証拠に基づく無効理由を特許法104条の3による特許無効の抗弁として主張することは許されないとしたものである。
 実務の参考になる部分があると思われるので紹介した。
以上


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '20/01/05