審決取消請求事件(施療機)

解説  審決取消請求事件において、進歩性の判断に関し、主引用文献記載の発明に副引用文献記載の発明を組み合わせることで、当業者が本願発明に容易に想到することができたかどうかの論理付けを、主引用文献記載の発明と、副引用文献記載の発明との間の技術分野、課題、作用機能の共通性、そして、示唆、動機付けの観点から検討し、進歩性があると判断された事例
(知的財産高等裁判所 平成30年(行ケ)第10118号 審決取消請求事件 平成31年3月25日判決言渡)
 
第1 事案の概要

 被告は、発明の名称を「施療機」とする特許第5200131号(本件特許)の特許権者である。 原告が本件特許について特許無効審判請求をし(無効2017−800159号)、特許庁は、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決(本件審決)をした。 原告が、本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起した。
 本件審決の理由は、本件発明1は、引用例1(特開2005−192603号公報)に記載された発明(引用発明1)及び引用例2(特開2005−13559号公報)、引用例3(特開2003−290305号公報)又は引用例4(特開2005−224598号公報)に記載された発明(引用発明2、3、4)に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではない、等というものである。
 ここでは、原告が主張した取消事由1(本件発明1の進歩性判断の誤り)の中の「引用発明1及び引用発明2に基づく進歩性判断の誤り」の部分についての裁判所の判断のみを紹介する。


第2 判決

 原告の請求を棄却する。
 訴訟費用は原告の負担とする。


第3 理由

(1)本件発明1と引用発明1との対比
 本件発明1と引用発明1との一致点及び相違点が本件審決で認定されているように、以下のとおりであることは、当事者間に争いがない。

(ア) 一致点
 施療者の臀部または大腿部が当接する座部と、人体背部が当接する背当て部と、該背当て部の中央部に左右一対の施療子を備えた施療子施療機構とを有し、前記背当て部の左右両側に前方に向かって突出した側壁部を夫々備えると共に各側壁部に膨縮袋を設け、空気の給排気により各膨縮袋を膨縮または膨張保持させて施療者の身体の左右両側を施療または保持する事ができるようにした施療機において、/前記各側壁部の内側面に設けた膨縮袋による上腕及び肩部の側面への施療または保持と前記施療子による背部からの肩部周辺施療とを行う施療機。

(イ)相違点
 本件発明1では、「各側壁部の基部には、前記各側壁部を幅方向において回動するように夫々側壁可動部を設けて、各側壁部が前記背当て部の幅方向において回動」するのに対し、引用発明1では、各側壁部が回動しない点。

(2)引用発明1及び引用発明2に基づく進歩性判断の誤り
 引用発明1に引用発明2を適用する動機付け

(ア) 技術分野
 引用発明1は、身体の背肩近辺に対しマッサージを行う構成について特徴を有する椅子型マッサージ機に関するものである。
 これに対し、引用発明2は、身体の下腿に対しマッサージを行う構成について特徴を有する椅子型マッサージ機に関するものである。
 したがって、引用発明1と引用発明2の技術分野は、椅子型マッサージ機という限度で共通するが、特徴を有する構成が、背肩近辺に対してマッサージを行うものか、下腿に対してマッサージを行うものかという点で相違する。

(イ) 課題
a 引用発明1の課題は、@背肩近辺の側面側、特に肩ぐうと呼ばれるつぼをマッサージすること、A背面側にマッサージを行う場合に、身体が施療手段により押されて前方に動くのを防ぐこと、である。
 これに対し、引用発明2の課題は、@下腿の臑の前外側、特に三里、豊隆と呼ばれるつぼをマッサージすること、A下腿にマッサージを行う場合に、被施療者の下腿を拘束しないこと、である。

b まず、引用発明1と引用発明2の課題は、@身体の側面ないし前面に位置するつぼのマッサージを行うという限度で共通するが、その対象部位及び対象部位に位置するつぼの種類が異なる。
 そして、引用発明1と引用発明2におけるマッサージの対象部位及び対象部位に位置するつぼの種類を比較するに、背肩と下腿においては、その形状、重量や椅子型マッサージ機にかかる荷重、可動範囲などが大きく異なるから、それに応じて椅子型マッサージ機の構成は異なるものとならざるを得ない。また、定型的な動きしかできない椅子型マッサージ機においては、背肩近辺の側面側と下腿の臑の前外側に位置するつぼをどのような強度、角度及び範囲で押圧するかによって、その施療子部分の構成も異なるものとならざるを得ない。
 そうすると、椅子型マッサージ機である引用発明1と引用発明2において、マッサージの対象部位及び対象部位に位置するつぼの種類が異なることは、両発明の課題が有する意義に差異をもたらすものというべきである。

c 加えて、引用発明1と引用発明2の課題は、A身体の動作を防止してその自由度を下げようとするか、身体を拘束しないようにしてその動作の自由度を上げようとするかという点では正反対のものということができる。

d よって、引用発明1と引用発明2との課題は、マッサージを行おうとする対象部位及び対象部位に位置するつぼの種類が異なること、身体の動作の自由度を下げようとするか上げようとするかで異なることから、相違するものというべきである。

(ウ)作用機能
 引用発明1は、背もたれ部の左右両側に前方に向かって突出した側壁部の内側面に配設されたエアバッグが膨出し、身体を左右両側から挟圧するという作用機能を有する。
 これに対し、引用発明2は、後側空気袋の膨張によって、支持部に枢着されている左右の受板が前方へ回動し、受板の前側に配された前側空気袋が膨張することによって、臑の外側部分を押圧するという作用機能を有する。
 したがって、引用発明1と引用発明2の作用機能は、膨出(膨張)するエアバッグ(前側空気袋)によって身体を押圧するという点で共通するものの、当該エアバッグ(前側空気袋)を配設する部材が、側壁部か、支持部に枢着された回動可能な受板かという点で相違する。

(エ)示唆
 引用例1又は引用例2の内容中に、引用発明1に引用発明2を適用することについての示唆は見当たらない。

(オ)動機付け
 以上のとおり、引用発明1と引用発明2とは、椅子型マッサージ機という限度で技術分野が共通するものの、マッサージを行おうとする対象部位及び対象部位に位置するつぼの種類が異なることなどから課題が相違し、身体を押圧するエアバッグを配設する部材のそもそもの可動性が異なることから作用機能も相違するほか、引用発明1に引用発明2を適用することについて示唆も見当たらない。
 したがって、引用発明1に引用発明2を適用する動機付けがあるということはできない。

 以上によれば、引用発明1に引用発明2を適用することにより本件発明1を容易に発明をすることができたということはできない。


第4 考察

 進歩性の判断に関し、主引用文献記載の発明に副引用文献記載の発明を組み合わせることで、当業者が、本願発明に容易に想到することができたかどうかの論理付けを主引用文献記載の発明と、副引用文献記載の発明との間の技術分野、課題、作用機能の共通性、そして、示唆、動機付けの観点から検討している。審査基準に従った進歩性判断の教科書的な事例になると思われる。
 実務の参考になるところがあると思われるので紹介した。

以上


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '20/05/02