審決取消請求事件(回転ドラム型磁気分離装置)

解説  審決取消請求事件において、一致点、相違点を認定した上で、特許庁審決では認定されていなかった相違点について、容易に想到し得たとすることはできないとして審決が取り消された事例。
(知的財産高等裁判所 令和元年(行ケ)第10116号 審決取消請求事件 
判決言渡 令和2年5月20日)
 
第1 事案の概要

 原告は、発明の名称を「回転ドラム型磁気分離装置」とする発明について特許出願(特願2014−202824号)を行ったところ拒絶査定を受け、拒絶査定不服審判を請求すると同時に特許請求の範囲を補正した(本件補正)。特許庁は、不服2018−12494号として審理し、本件補正を却下し、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決(本件審決)をした。原告が本件審決の取り消しを求めて出訴した。
 本件審決の概要は、本件補正後の請求項1に係る発明(本件補正発明)も、本件補正前の請求項1に係る発明も、実願昭50−104558号(実開昭52−19080号)のマイクロフィルム)(引用文献1)に記載されている発明(引用発明)であるから新規性欠如である。新規性が認められるとしても、引用発明及び引用文献1に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから進歩性欠如というものである。
 知財高裁は、「本件補正発明が新規性又は進歩性を欠如するということはできない」として本件審決を取り消した。


第2 判決

1 特許庁が不服2018−12494号事件について令和元年7月22日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。


第3 理由

本件補正発明と引用発明との一致点
 本件補正発明と引用発明との一致点及び、相違点は以下のとおり。

一致点
 「複数の磁石を配置した第1の回転ドラムを備え、使用済みクーラント液中の磁性体を分離する回転ドラム型磁気分離装置において、複数の磁石を配置した第2の回転ドラムを備え、前記第2の回転ドラムに付着した磁性体を掻き取るスクレパーと、前記第1の回転ドラム下部に底部材とを備え、前記スクレパーにより掻き取られた磁性体が前記第1の回転ドラムへ誘導される回転ドラム型磁気分離装置。」である点

相違点

相違点1(争いがない)  本件補正発明は「第2の回転ドラムが使用済みクーラント液中の磁性体を磁化することで、該磁性体を互いに吸着させて大きく」なるものであるが、引用発明は磁性体が互いに吸着して大きくなっているか否かが不明な点

相違点2(争いがない)
 本件補正発明は、「複数の磁石を配置した第2の回転ドラムを、前記第1の回転ドラムよりも使用済みクーラント液が流入してくる手前側に備え、使用済みクーラント液は、第2の回転ドラムから第1の回転ドラムに向かって流れ」ることにより、スクレパーにより掻き取られた磁性体が大きくなった状態のまま「使用済みクーラント液の流れに沿って前記第1の回転ドラムへ誘導される」ものであるが、
 引用発明は、マグネットドラム25からマグネットドラム27に向かって混濁液が流れているか否かが明らかでなく、また、カキ取り板39によって掻き取られた鉄粉が大きくなった状態のまま、混濁液の流れに沿ってマグネットドラム25からマグネットドラム27へ誘導されるものであるかが不明である点

相違点3’
 本件補正発明では、第1の回転ドラムと底部材との間にクーラント液の流路を形成するのに対し、引用発明は、上記のような流路を形成しているか否かが不明な点
 これに対し、被告は、引用文献1においては、タンク17の底部が底部材に相当し、マグネットドラム27とタンク17の底部との間に混濁液の流路が形成されるとして、相違点3は存在しないと主張する。
 しかし、本件補正発明に係る特許請求の範囲の記載は、「・・前記使用済みクーラント液は、第2の回転ドラムから第1の回転ドラムに向かって流れ、・・前記第2の回転ドラムに付着した磁性体を掻き取るスクレパーと、前記第1の回転ドラム下部の流路を形成する底部材とを備え、前記スクレパーにより掻き取られた磁性体が大きくなった状態のまま、前記使用済みクーラント液の流れに沿って前記第1の回転ドラムへ誘導されることを特徴とする回転ドラム型磁気分離装置。」というものであり、同記載からすると、第2の回転ドラムから第1の回転ドラムに向かうクーラント液は、第1の回転ドラム下部に第1の回転ドラムと底部材との間に形成された流路を流れるものであって、スクレパーによって掻き取られた磁性体を第1の回転ドラムに誘導するものであると解される。そして、このことは、本件明細書に、・・・と記載されていることからも、裏付けられているということができる。
 したがって、本件補正発明の特許請求の範囲の「流路を形成する」とは、第2の回転ドラムから第1の回転ドラムに向かうクーラント液の流路を形成するものと解すべきである。
 引用文献1には、マグネットドラム27(第1の回転ドラムに相当)とタンク17の底部との間にマグネットドラム25(第2の回転ドラムに相当)からマグネットドラム27に向かう混濁液の流れが生じていることは記載されていないから、相違点3’は存在し、被告の上記主張は理由がない。

相違点2、3’の判断について

本件補正発明におけるクーラント液の流れ
 第2の回転ドラムから第1の回転ドラムに向かうクーラント液は、第1の回転ドラムの下部に第1の回転ドラムと底部材によって形成された流路を流れるものであり、スクレパーによって掻き取られた磁性体を第1の回転ドラムに誘導するものであると解される。

引用文献1におけるタンク17内の混濁液の流れ
 引用文献1の記載からすると、・・・、排出口15からタンク17内に投入された混濁液の流れがマグネットドラム27とカキ取り板39の間隙にまで流れ込み、カキ取り板39に沿って不純物をマグネットドラム27に誘導するかどうかは明らかではないというべきである。
 引用文献1の記載からすると、・・・、(排出口15からタンク17内に投入された混濁液に含まれる鉄粉等の)不純物がマグネットドラム25からマグネットドラム27に移動するのは、カキ取り板39の表面に沿って送り出されることによるものであり、混濁液の流れに誘導されるものとは必ずしも認められない。
 引用文献1の第3図によると、・・・マグネットドラム25とマグネットドラム27の間にあるカキ取り板39の右側(上側)の部分においては、マグネットドラム27の回転方向である下から上に向かった混濁液の流れが生じる可能性が高く、したがって、カキ取り板39に沿ってマグネットドラム27に不純物を誘導する混濁液の流れが生じているとは必ずしも認められない。
 その他、引用文献1には、マグネットドラム27とタンク17の底部の間に、マグネットドラム25からマグネットドラム27に向かう、スクレパーによって掻き取られた磁性体を誘導する混濁液の流れが生じていることを読み取ることができる記載があるとは認められないから、当業者が、引用文献1の記載から、引用発明について、上記の流れが生じていることを読み取ることはできず、また、上記の流れが生じる構成とすることを容易に想到するということもできないというべきである。
 したがって、相違点2、3’は、いずれも実質的な相違点であり、かつ、当業者は、これらを容易に想到することができたとは認められない。
 以上のとおり、本件補正発明が新規性又は進歩性を欠如するということはできない。したがって、原告の主張する取消事由は理由がある。


第4 考察

 特許請求している発明(本願発明)の進歩性判断は、本願発明と引用文献記載の発明とを対比し、両者の間の一致点、相違点を認定した上で、引用文献や、その他の副引用文献の記載に基づいて、相違点についての容易想到の論理付けができるかどうか、として進められる。
 今回の判決では、本件特許出願の明細書の記載と、引用文献の明細書の記載とを詳細に対比、検討した上で、特許庁審決では認定されていなかった相違点が両者の間に存在していることを指摘し、この相違点について、容易に想到し得たとすることはできないとして特許庁審決が取り消された。
 進歩性の有無を検討・判断する際の参考になると思われるので紹介した。

以上


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '20/12/27