審決取消請求事件(弾塑性履歴型ダンパ)

解説  審決取消請求事件の進歩性の判断(相違点の認定)において、審決では認定されていなかった相違点を認定した上で、引用文献記載の発明に基づく進歩性を検討している事例。
(知的財産高等裁判所 令和元年(行ケ)第10161号 審決取消請求事件
令和2年10月21日判決言渡)
 
第1 事案の概要

 原告は発明の名称を「弾塑性履歴型ダンパ」とする特許出願(特願2017-157285号)について拒絶査定を受け、拒絶査定不服審判請求(不服2019-5669号)し、特許請求の範囲を補正(本件補正)したが、特許庁は、本件補正を却下した上、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決(本件審決)を下した。原告が本件審決の取り消しを求めたものである。
 争点は、本件補正後の発明(本件補正発明)の独立特許要件違反(進歩性欠如)の有無である。
 本件審決は「本件補正発明は、引用発明1及び引用発明2に基づいて、又は引用発明1及び引用文献3、4に示される周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により、特許出願の際に独立して特許を受けることができたものではない」と本件補正発明の進歩性を否定した。
 本判決は、本件審決を取り消した。ここでは、原告が主張した取消理由1(引用文献1(特開2000-73603号公報)の中に記載されていると審決で認定された引用発明1−2に基づく本件補正発明についての進歩性の有無の判断の誤り)に関する判断部分を紹介する。


第2 判決

1 特許庁が不服2019‐5669号事件について令和元年10月8日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。


第3 理由

 相違点4’
 本件補正発明では、「想定される入力方向に対して機能する向きに設置される」弾塑性履歴型ダンパにおいて、「二つの剪断部が、当該ダンパの端部を成す連結部」で連結され、「ダンパを囲繞する空間が、二つの該剪断部の間の空間に一連」であり、剪断部が、「想定される入力方向に対し、二つの上記剪断部の面内方向が傾斜するように上記剪断部が設置され」るのに対し、
 引用発明1−2では、上下のエンドプレート32間に設けられた4枚の極低降伏点鋼製パネル54からなる極低降伏点鋼製パネル部52が、平面視した場合の断面が中空の矩形となる四角柱状に形成され、四角柱の隣接する二つの側面を構成する2枚の極低降伏点鋼製パネル54の間の空間は、四角柱の残る2側面を構成する他の2枚の極低降伏点鋼製パネル54によって閉鎖されており、「ダンパを囲繞する空間」と「一連」ではなく、上記極低降伏点鋼製パネル54が、それら震動をX成分とY成分とに分担して塑性変形し、これにより水平面における全方向についての震動エネルギを吸収する点。

 相違点4’の容易想到性について
 引用文献1の記載からすると、引用発明1は、水平方向の全方向からの震動エネルギを、]成分とY成分に分担して極低降伏点鋼製パネルが塑性変形して吸収する制震パネルダンパであること、従来は、水平方向の全方向からの震動エネルギを吸収するために、極低降伏点鋼製パネルの向きが直角となるように二つのダンパをL字状やT字状に並べて配置していたところ、そのようなダンパの配置方法では、それぞれのパネル毎に一対のエンドプレートを設置するため、取り付けのためのスペースが大きくなり、また、取り付けのための手間がかかるという課題があり、同課題を解決するために、引用発明1−2は、ダンパの形状を、平面視した場合に断面が中空の矩形になる四角柱状とし、これを一対のエンドプレートの間に設置する構成にしたもの、引用発明1−1は、ダンパの形状を、平面視した場合に断面が互いに直交する十字状としたものであり、それぞれこれを一対のエンドプレートの間に設置する構成にしたものであることが認められる。
 一方、本件補正発明の特許請求の範囲の「想定される入力方向に対して機能する向きに設置される弾塑性履歴型ダンパであって」、「上記想定される入力方向に対し、二つの上記剪断部の面内方向が傾斜するように上記剪断部が設置され」との記載及び本件明細書の記載によると、本件補正発明は、振動エネルギーの入力方向を想定し、特定の入力方向からの振動に対応するダンパであること、本件補正発明の従来技術であるダンパは、剪断部を一つしか有していないために、地震の際にいずれの方向から水平力の入力があるかは予測困難であるのに、一方向からの水平力に対してしか機能せず、また、想定される入力方向に対して高精度にダンパの剪断変形方向を合わせる設置角度設定が必要であるという課題があったこと、本件補正発明は、剪断部を二つ設け、これらを端部で連結させたことにより大きな振動エネルギーを吸収できるようにし、また、向きの異なる二つの剪断部を想定される入力方向に対し面内方向に傾斜するように設置できる形状とすることにより、入力の許容範囲及び許容角度が広くなり、据付誤差を吸収することができるようにしたことが認められる。
 このように、引用発明1は、水平方向の全方向からの震動エネルギーを吸収するためのダンパであるのに対し、本件補正発明は、振動エネルギーの入力方向を想定し、その想定される方向及びその方向に近い一定の範囲の方向からの振動エネルギーを吸収するためのダンパであり、両発明の技術的思想は大きく異なる。これに反する被告の主張は理由がない。
 そして、相違点4’に係る本件補正発明の構成は、上記のような技術的思想に基づくものであるから、引用発明1−2との実質的な相違点であり、それが設計事項にすぎないということはできない。
 引用文献2(特開2011‐64028号公報)の記載からすると、引用文献2には、本件審決が認定した引用発明2が記載されているが、引用発明2の略L字状に配置された二つの剪断パネル型ダンパー90の各パネル部は、端部で連結されていないことが認められる。
 引用発明1−2においては、各側面のパネルはすべて端部で隣接するパネルと連結されているが、引用発明1−2のこの構成に代えて、引用発明1−2に、二つの剪断パネル型ダンパー90のパネル部を、端部を連結することなく、略L字状に配置するという引用発明2の上記構成を適用して、ダンパの断面形状をL字状とするなど2枚のパネルを端部で連結する構成とすることの動機付けは認められない。
 引用文献3(特開平10‐30293号公報)、引用文献4(特開2011‐58258号公報)の記載によると、塑性変形する部材を用いて震動を吸収するダンパー部材において、塑性変形する部材の降伏強度を調整するなどの目的で、穴又はスリットを設けることは、周知技術であることが認められるが、引用発明1−2にこの周知技術を適用したとしても、ダンパを囲繞する空間と一連とはなるが、ダンパの断面形状をL字状とするなど2枚のパネルを端部で連結する構成となるものではない。
 その他、相違点4’に係る本件補正発明の構成を引用発明1−2に基づいて容易に想到することができたというべき事情は認められない。

 以上からすると、その余の点について判断するまでもなく、引用発明1−2に基づいて本件補正発明を容易に発明することができたとは認められない。
 したがって、取消事由1は理由がある。


第4 考察

 本判決では特許庁の審決では認定されていなかった相違点4’を認定した上で、引用文献記載の発明に基づく進歩性を検討している。
 実務の参考になるところがあると思われるので紹介した。

以上


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '21/11/10