審決取消請求事件(実時間対話型コンテンツを無線交信ネットワーク及びインターネット上に形成及び分配する方法及び装置)

解説  特許無効審決取消請求事件において、特許請求されている発明(本件発明)と引用発明との間の相違点に係るそれぞれの構成の意味内容をそれぞれの明細書の記載内容に基づいて解釈し、相違点の容易想到性の判断に誤りがあるとして取消された事例。
(知的財産高等裁判所 平成31年(行ケ)第10049号 審決取消請求事件 
令和元年12月11日判決言渡)
 
第1 事案の概要

 原告は発明の名称を「実時間対話型コンテンツを無線交信ネットワーク及びインターネット上に形成及び分配する方法及び装置」とする特許第5033756号(本件特許)の特許権者である。被告が本件特許について特許無効審判を請求し(無効2017−800069号事件)、特許庁は、「特許第5033756号の請求項1−7に係る発明についての特許を無効とする。」との審決(本件審決)をした。原告が本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起した。
 本件審決の理由は、本件発明は、国際公開第00/72303号公報)(甲1)に記載された発明(引用発明1)及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないというものである。
 ここでは、本件審決が認定している本件特許の特許請求の範囲の請求項1記載の発明(本件発明1)と引用発明1との間の「相違点1−3」についての判断部分のみを紹介する。
 本件審決が認定した相違点1−3は次の通りである。

(相違点1−3)
 一致点の「前記トランスミッタを通じて、前記ハンドヘルド装置から空間的に離間した遠隔サーバーに対して第2のコンテンツの表現を送る」に関し、
 本件発明1は、「第2のコンテンツの表現」に加えて「少なくとも単独の受信者の識別子」とを送るのに対し、
 引用発明1は、そのような特定がない点。
 これに伴い、一致点の「操作者により決定された関係に従って第1のコンテンツの提示に時間的に重なる第2のコンテンツを前記入力デバイスを通じて操作者から受け取らせ」に関し、
 本件発明1は、「第2のコンテンツ」に加えて「少なくとも単独の受信者の識別子を入力デバイスを通じて操作者から受け取らせ」るのに対し、
 引用発明1は、「少なくとも単独の受信者の識別子を前記入力デバイスを通じて操作者から受け取らせ」ることについて、記載されていない点。


第2 判決

1 特許庁が無効2017−800069号事件について平成31年1月17日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。


第3 理由

 本件発明1の特許請求の範囲(請求項1)の記載及び本件明細書の記載に鑑みると、本件発明1の「少なくとも単独の受信者の識別子」とは、「遠隔サーバー」が送信する「操作者により決定された…更なる表現」を受信する者を識別するための情報であり、ハンドヘルド装置の操作者が、同装置に前記識別子を入力することで、当該識別子により識別される特定の者を、前記更なる表現を受信する者として指定できる機能を有するものであり、これにより、受信者は、特段の操作を要することなく、上記表現を受信することができるものと解される。
 また、本件明細書の「本発明の実施形態」には、操作者が少なくとも1つの受信者を識別する方法として、「1つの電話番号を特定する」方法、「遠隔サーバーに記憶された電話番号又はeメール・アドレスのリストから1つの受信者を選択する」方法があり、当該遠隔サーバーにおいて、上記方法によって指定された受信先に対し、適宜な送達方法により上記更なる表現を送信することが記載されており(【0043】、【0044】)、このことも、上記解釈を裏付けるものといえる。
 甲1には、「このサービス(ウェブ/チャット型サービスによるグループ対話式音楽演奏)を使用するために、人は、HumJam.com ウェブ・サイトに、名前とパスワードを用いてログインした後、オンライン・グループのメンバになる。」と記載されていることから、引用発明1のHumBandTM 楽器において、「パフォーマンス」の「聴衆」となるには、HumJam.com ウェブ・サイトに、名前とパスワードを用いてログインし、所定のランクのオンライン・グループのメンバになる必要があることを理解できる。一方、甲1には、かかる方法のほかに、HumBandTM 楽器において、「パフォーマンス」の「聴衆」となる方法は記載されておらず、その示唆もない。
 そうすると、仮に、被告の主張するとおり、甲1において、「演奏者」が「演奏グループ」(オンライン・グループ)の「ランク」を「HumBandTM楽器」に入力して、自己の参加する「ランク」を選択できることが開示されているとしても、甲1の記載からは、かかる選択によって、当該「ランク」に格付けされた者が当然に「パフォーマンス」の「聴衆」と指定されるものではなく、「聴衆」となるには、上記のような方法で所定のランクのオンライン・グループのメンバになる必要があることを理解できる。
 甲1に記載された「ランク」は、本件発明1の「少なくとも単独の受信者の識別子」により実現している機能を果たすものではないから、これに相当するものとはいえない。
 そうすると、本件審決が、「ランク」を「少なくとも単独の受信者の識別子」と呼ぶことは任意であるとして、両者が実質的に同一であることを前提に、当業者が相違点1−3に係る本件発明1の構成を容易に想到し得ると判断したことは、その前提を誤るものといえる。
 そして、演奏者から受け取った信号と伴奏とを組み合わせたパフォーマンスを、サーバにアクセスしている聴衆に同報通信する構成により、「ウェブ/チャット型サービスによるグループ対話式音楽演奏」を実現した引用発明1において、「少なくとも単独の受信者の識別子」を、演奏者に入力させる構成を採用する動機付けとなる記載は、甲1には見当たらず、また、かかる構成を採用することが、「ウェブ/チャット型サービスによるグループ対話式音楽演奏」における周知技術であるとも認められない。
 したがって、相違点1−3に係る本件発明1の構成は、当業者が容易に想到できたものであるとは認められない。
 以上によれば、相違点1−1及び1−2の容易想到性について検討するまでもなく、本件発明1は、引用発明1及び周知技術1に基づき容易に発明をすることができたものであるとはいえず、これに反する本件審決の判断は誤りである。


第4 考察

 特許庁が行った特許無効の審決について、特許請求されている発明(本件発明)と引用発明との間の相違点についての容易想到性の判断に誤りがあるとして知財高裁が取り消し判決を行ったものである。本件発明と引用発明との間の相違点に係るそれぞれの構成の意味内容をそれぞれの明細書の記載内容に基づいて解釈し、相違点の容易想到性を判断している。
 実務の参考になるところがあると思われるので紹介した。

以上


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '20/06/30