審決取消請求事件(ホストクラブ来店勧誘方法
及びホストクラブ来店勧誘装置)

解説  審決取消請求事件において、ビジネス関連発明の特許性検討に特有な視点でビジネスモデル特許の進歩性があると判断された事例。
(知的財産高等裁判所 令和元年(行ケ)第10072号 審決取消請求事件 
判決言渡 令和2年3月17日)
 
第1 事案の概要

 原告は、発明の名称を「ホストクラブ来店勧誘方法及びホストクラブ来店勧誘装置」とする発明について特許出願(特願2017−79818)を行ったところ拒絶査定を受け、不服審判請求するとともに(不服2018−3578号)、特許請求の範囲を補正(本件補正)した。これに対して、特許庁は、本件補正を却下し、「本件審判の請求は、成り立たない」との審決(本件審決)をし、原告が本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起した。
 本件審決の理由の概要は、本件補正後の請求項1に係る発明(本件補正発明)も、本件補正前の請求項1に係る発明も、「『月刊e・コロンブス』第41巻50頁(平成27年1月29日発行)に掲載された平成26年12月19日付け日本経済新聞記事」(引用例1)に記載された発明(引用発明)に基づいて容易に発明することができたもので、特許法第29条2項の規定により、特許を受けることができない、というものである。
 原告は、取消事由として、進歩性判断の誤りを主張し、知財高裁は、引用発明から容易に想到できたものではないと判断して本件審決を取り消した。
 ここでは、本件補正発明と、引用発明との相違点1’、2’に関する知財高裁の判断部分についてのみ紹介する。


第2 判決

1 特許庁が不服2018−3578号事件について平成31年4月8日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は、被告の負担とする。


第3 理由

(一致点)
 本件審決が認定した本件補正発明と引用発明との一致点は次のとおり。
 所定の場所に出向かなければ体験できないサービスを顧客となり得る者である潜在顧客がその場所に出向くことなく仮想体験できるようにする販売促進活動の方法であって、
 顧客となり得る者である潜在顧客に販売促進のための配布物を提供するステップを含んでおり、
 当該配布物は、スマートフォンを装着することにより仮想体験サービス提供サーバーに記憶された仮想現実動画ファイルを当該仮想体験サービス提供サーバーが再生することによって仮想現実動画を視聴し得るようにする、紙製の仮想現実ゴーグルを備えており、
 当該仮想体験サービス提供サーバーにはスマートフォンからの操作により実行可能とされて仮想現実動画ファイルをスマートフォンに送って視聴させるプログラムである仮想体験サービス提供プログラムが実装されており、当該サーバーの記憶部には仮想現実動画ファイルが記憶されている、
 方法。

相違点
 本件訴訟において、本件補正発明と引用発明との間に以下の相違点1’、2’が存在することについては当事者間に争いがない。

(相違点1’)
 本件補正発明は、所定の場所に出向かなければ体験できないサービスが「ホストクラブ」で、また、事前体験が「来店」の「勧誘」のためであるのに対し、引用発明は、所定の場所に出向かなければ体験できないサービスが「ホストクラブ」ではなく、また、事前体験が「来店」の「勧誘」のためであることが明示されていない点。

(相違点2’)
 本件補正発明は、仮想現実動画ファイルが、「潜在顧客の心理状態に応じて選択され潜在顧客の心理状態に応じて異なるメンタルケアを行う複数の異なるホストクラブ仮想現実動画ファイル」であるのに対し、引用発明は、かかる構成を備えていない点。

相違点1’について
 引用発明は、「広告代理店による販促支援に係る、テーマパークの事前体験などが想定された、サービスなどの疑似体験による販促の方法」であるところ、引用例1には、「実際に出向かないと分からない感覚を時や場所を選ばず疑似体験できる」との記載があり、具体例として、「自動車の新商品体験、マンションの内覧、テーマパークの事前体験など」、「その場に居るかのような体験ができる(水族館の映像)」、「三菱自動車は…多目的スポーツ車(SUV)の運転席で「星空を見ながらのドライブ」を疑似体験するデモを実施。」、「明治もカップアイスのキャンペーンに活用した。」等の記載がある。
 したがって、引用発明は、VR映像によるサービスの疑似体験により、実際に当該体験をしてみたいと思わせて、来園、来場につなげるものを広く含むものであると解され、「来店」の「勧誘」も含まれることは自明である。
 また、引用例1には、サービスの内容として、自動車の新商品体験、マンションの内覧、テーマパークの事前体験、水族館、星空を見ながらのドライブ、カップアイスなどが挙げられていることに照らすなら、引用発明の販売促進の対象には限定はなく、VR映像による疑似体験をできるものであれば、何でもよいと解され、特定の業種を除外する旨の記載や示唆はないから、「ホストクラブ」も含まれる。よって、引用発明における販売促進の対象を「ホストクラブ」のサービスとし、「来店」の「勧誘」に用いることは、当業者が容易に想到し得た事項である。

相違点2’について
 本件補正発明の「潜在顧客の心理状態に応じて選択され潜在顧客の心理状態に応じて異なるメンタルケアを行う複数の異なるホストクラブ仮想現実動画ファイル」の意義は、請求項の記載自体から一義的に明らかとはいえないので、本件明細書の記載を参酌する必要がある。
 本件明細書の記載によれば、本件補正発明の「潜在顧客の心理状態に応じて選択され潜在顧客の心理状態に応じて異なるメンタルケアを行う複数の異なるホストクラブ仮想現実動画ファイル」との記載は、「潜在顧客」がホストクラブに行く動機付けとなる「心理状態」にそれぞれ対応した「ホストとの会話により顧客をリラックスさせたり」、「ストレスを解消させたり」、「癒したりする」などの異なる「メンタルケア」を行うべく、「ホストクラブに入店してホストから接客のサービスを受け、店を出るまでの状況」をそれぞれ撮影した「複数の異なる仮想現実動画」のファイルであることを意味するものと理解される。

相違点2’の容易想到性について
 引用発明の販売促進の対象を「ホストクラブ」のサービスとし、ホストクラブへの「来店」の「勧誘」の目的で使用した場合、「仮想現実動画」は、潜在顧客を対象とした、ホストクラブで提供するサービスを疑似体験する動画となり得ると解される。
 しかしながら、引用例1には、「仮想現実動画」について、「メンタルケア」を行うものとすることや、「潜在顧客の心理状態に応じて選択され潜在顧客の心理状態に応じて異なるメンタルケアを行う複数の異なる」仮想現実動画ファイルとすることについて、記載も示唆もない。
 また、かかる事項が周知であったと認めるに足りる証拠もない。
 そうすると、引用発明に基づき、相違点2’に係る「潜在顧客の心理状態に応じて選択され潜在顧客の心理状態に応じて異なるメンタルケアを行う複数の異なるホストクラブ仮想現実動画ファイル」の構成を当業者が容易に想到し得たとはいえない。
 よって、相違点2’に係る本件補正発明の構成は、当業者が容易に想到し得たものではない。  よって、本件補正発明は、引用発明及び周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではないから、本件補正を却下した本件審決の判断には誤りがあり、原告主張の取消事由は理由がある。


第4 考察

 本願発明は国際特許分類(IPC)でG06Qが付与される、いわゆる、ビジネス関連発明(ビジネス方法がICT(Information and Communication Technology:情報通信技術)を利用して実現された発明)である。
 相違点1’のように、取り扱う情報やサービスの内容・種類を、従来公知のものから変更するだけなら簡単・容易で進歩性欠如とされるが、相違点2’のように、従来公知の事項から簡単・容易に発想できる程度に変更したに過ぎない情報・サービスを提供するものであっても、提供形式・形態などに従来の手法・やり方と異なっている点があれば、新規性が認められるだけでなく、進歩性が認められて特許成立することもある。ビジネス関連発明の特許性検討に特有な視点であると思われる。
 実務の参考になると思われるので紹介した。

以上


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '20/12/25