審決取消請求事件(高コントラストタイヤパターン及びその製作方法)

解説  審決取消請求事件において、主引用文献記載の発明に副引用文献記載の事項を適用しても想到容易ではなく進歩性を有するとした特許庁の判断が取り消された事例。
(知的財産高等裁判所 平成31年(行ケ)第10043号 審決取消請求事件 
判決言渡 令和2年2月20日)
 
第1 事案の概要

 被告は、発明の名称を「高コントラストタイヤパターン及びその製作方法」とする特許第5642795号(本件特許)の特許権者である。
 原告が本件特許につき特許庁に無効審判を請求し(無効2016−800115号事件)、被告が特許請求の範囲の訂正を請求した。特許庁は、「特許第5642795号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり訂正することを認める。特許第5642795号の請求項1〜6に記載された発明についての特許に対する本件審判の請求は、成り立たない。」との審決(本件審決)を下し、原告が本件審決の取消しを求めて本件訴訟を提起した。
 原告が主張した取消事由は多岐にわたるが、ここでは、取消事由3(本件発明3(訂正後の請求項3記載の発明)の進歩性判断の誤り)に関する部分のみを紹介する。


第2 判決

1 特許庁が無効2016−800115号事件について平成31年2月26日にした審決のうち、特許第5642795号の請求項1ないし6に係る部分を取り消す。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。


第3 理由

(1)本件審決の理由の要旨
 原告主張の取消事由3と関連する部分の本件審決の理由は、本件発明3について、甲1文献(特許第3007825号公報)に記載された発明(甲1発明)及び甲2文献(特開2003−252012号公報)に記載された事項に基づいて容易に発明することができたとはいえず、進歩性を欠くとはいえない、というものである。

(2)一致点及び相違点
 甲1発明並びに甲1発明と本件発明3との一致点及び相違点についての審決の認定が妥当であることは、当事者間に争いはない。すなわち、 両発明は以下の[一致点]で一致し、[相違点2]について相違する。

[一致点]
 可視面を有するタイヤであって、前記可視面は、該可視面とコントラストをなすパターンを有し、前記パターンは、互いに実質的に平行であり且つ0.5mm未満のピッチ(p)で配置された複数個のブレードを有し、前記ブレードは、前記ブレードのベースから前記ブレードの端に向かって減少した断面を有し、前記ブレードは各ブレード間に空間が存在するように配置され、各ブレードは、0.1mm〜0.5mmの平均幅(d)を有する、タイヤ。

[相違点2]
 本件発明3は「ブレードの壁は、その面積の少なくとも1/4にわたり、5μm〜30μmの平均粗さRzを有し、この平均粗さを有するブレードの壁は、ブレードの高さの下四分の一に位置している」との事項を有しているのに対して、甲1発明は、多数の細溝4から形成される壁状の構造の平均粗さについて特定されていない点。  審決は、相違点2は容易想到ではないとした。

(3)甲2文献に記載された技術的事項
 甲2文献には、時間の経過によって、ゴムに添加されたワックス等の油分や老化防止剤などの添加剤がタイヤの外表面に移行して滲み出し、反射光等によっては外表面がぎらついて見えることがあり外観を損ねやすいという課題を解決することを目的として、タイヤの外表面の少なくとも一部に、十点平均粗さRzが5?100μmであり、かつ局部山頂の平均間隔Sが20?150μmの表面粗さを有する粗面部5を含むとの技術的事項が記載されていると認められる。

(4)相違点2の容易想到性
 甲1発明は、タイヤのサイドウォール面に設けた表示マークの識別性を向上させることを目的とするものであるから、当業者であれば、表示マークの識別性をさらに向上させることを検討すると考えられる。また、甲1の記載からすれば、表示マークの識別性向上は、タイヤの外観を優れたものとするための一手段であり、甲1発明のタイヤの外観をさらに向上させる手段があるのであれば、それが望ましいことといえる。
 甲2文献は、空気入りタイヤを技術分野としているから、本件発明と技術分野が共通しており、しかも甲2文献は外観を向上することを目的とするとされているから、甲1発明に接した当業者であれば、甲2文献に記載された内容を検討対象とすると考えられる。
 甲2文献の記載を具体的に見ると、時間の経過によって、タイヤのゴムに添加されたワックス等の油分や老化防止剤などの添加剤がタイヤの外表面に移行して滲み出し、外観を損ねるという現象を課題として認識し、これを解決するための技術的事項が記載されたものであることがわかる。
 このような現象は、甲1発明のタイヤ全体に生じうるものといえるが、そうなれば甲1発明のタイヤの外観を損なうことになる。また、このような現象は、甲1発明の表示マーク部分にも生じうるものであり、そうなれば表示マークの識別性の低下をもたらす。
 よって、甲2文献の記載事項は、表示マーク部分を含む、甲1発明のタイヤの外観をさらに向上させるのに適した内容と考えられるから、当業者であれば、甲1発明に甲2文献の記載事項を組み合わせることを試みる十分な動機付けがあるといえる。
 甲2文献には、コントラストを高めるという発想はないが、そうであっても、別の理由から、甲1発明との組み合わせが試みられることは、以上に述べたところから明らかである。
 甲1発明に甲2文献の記載事項を適用するにあたっては、甲2文献には、標章等の模様をも粗面部とすること、タイヤ1の外表面全体あるいはサイドウォール部を粗面部とすることが望ましいことが記載されているから、甲1発明のタイヤの細溝によって形成された表示マークを含めたサイドウォール面全体に、甲2文献所定の表面粗さを設ける構成とすることが考えられる。
 平均粗さで5μmから100μmとされているが、それに加え、下限を5μmとすべきであり、これより小さな表面粗さでは、タイヤが白っぽく見え、しかも油分などのぎらつきなどが目立ちやすくなること、特に好ましくは15〜35μmであることが記載され、さらに、それぞれ表面粗さを10μm、30μmとする実施例1、2が開示され、特に30μmの実施例2が、新品時外観及び暴露時外観の双方で最高得点と評価されていることからすれば、甲1発明に組み合わせるにあたって、表面粗さを5μm〜30μmとすることは、当業者が適宜設計する事項の範囲内であるといえる。
 以上のとおり、甲1発明と甲2文献の記載事項を組み合わせる動機づけがあり、当業者であれば、両者を組み合わせ、細溝を含むサイドウォール面全体に、5μm〜30μmの表面粗さを設ける構成に容易に想到すると認められる。
 そして、前記の構成は、相違点2に係る本件発明3の構成に含まれるといえる。
 本件発明3には、甲1発明に甲2文献の粗面部を適用した構成と同程度のコントラストしか生じないものが含まれているのであるから、甲1発明に甲2文献の粗面部を適用した構成が、本件発明の目的を達成できていないとはいえない。また、以上によれば、本件発明3に、顕著な作用効果があるとも認められない。
 以上のとおり、甲1発明に甲2文献に記載された事項を適用することにより相違点2に係る本件発明3の構成とすることは、当業者が容易に想到し得たものと認められるから、この容易想到性が認められないことを理由に、本件発明3について無効理由が成り立たないものとした本件審決の判断は誤りである。


第4 考察

 主引用文献記載の発明に副引用文献記載の事項を適用しても想到容易ではなく進歩性を有するとした特許庁の判断が取り消されたものである。
 実務の参考になるところがあると思われるので紹介した。

以上


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '20/12/01