審決取消請求事件(重合性化合物含有液晶組成物
及びそれを使用した液晶表示素子)

解説  特許無効審決取消請求事件において、特許請求して審査を受けている発明が、先行技術文献に記載されている発明にその下位概念として包含されるものときの進歩性判断として、顕著な特有の効果を奏するものではないとされて審決が取消された事例。
(知的財産高等裁判所 平成30年(行ケ)第10157号 審決取消請求事件 
令和2年1月30日判決言渡)
 
第1 事案の概要

 被告は、特許第5196073号(発明の名称:重合性化合物含有液晶組成物及びそれを使用した液晶表示素子)(本件特許)の特許権者である。
 原告は、本件特許について特許無効審判を請求(無効2014−800103号)(本件審判)したところ、特許庁は、「特許第5196073号の請求項1〜17に係る特許についての本件審判の請求は成り立たない。」との審決(本件審決)をし、原告が、本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起した。
 本件審決の理由の要旨は、請求人(原告)の主張する本件発明1ないし17に係る無効理由1(甲1(国際公開第2010/084823号)による新規性の欠如)、無効理由2(甲1に記載された発明(甲1発明A)を主引用例とする進歩性の欠如)等がいずれも理由がないというものである。
 原告が本件訴訟で主張した複数の取消理由の中の取消事由2は、甲1発明Aに基づく本件発明1(本件審決が訂正を認めた訂正後の特許請求の範囲の請求項1に係る発明)の新規性及び進歩性の判断の誤りである。
 本件訴訟では、取消理由2に「理由がある」として本件審決が取り消された。


第2 判決

 1 特許庁が無効2014−800103号事件について平成30年9月25日にした審決を取り消す。
 2 訴訟費用は被告の負担とする。


第3 理由

甲1発明Aと本件発明1との関係
 甲1発明Aと本件発明1とを対比すると、相違点1ないし4(本件審決が認定した本件発明1と甲1発明Aの相違点)が存在すると認められる。
 相違点1ないし3に関し、@甲1発明Aの第一成分として式(1)で表される化合物は、本件発明1の第二成分として一般式(II)で表される化合物に、A甲1発明Aの第二成分として式(2)で表される化合物は、本件発明1の一般式(IV−1)で表される化合物に、B甲1発明Aの第三成分として式(3)で表される化合物は、本件発明1の第一成分として一般式(T−1)から一般式(T−4)で表される重合性化合物にそれぞれ対応するものであり、かつ、甲1発明Aの化合物に本件発明1の化合物の全部又は一部が包含されている関係にあると認められる。
 さらに、相違点4に関し、甲1発明Aは、第一成分として式(1)で表される化合物、第二成分として式(2)で表される化合物、及び第三成分として式(3)で表される化合物を含有するものであるところ、甲1発明Aには、これらの化合物として、塩素原子を含むものは記載されていない。
 しかしながら、甲1発明Aは、第一成分ないし第三成分の化合物を「含有する」と特定するのみで、それ以外の化合物が含まれることを排除しておらず、また、甲1には、誘電率異方性の絶対値を上げるために、第四成分として、式(4−1)で表される、塩素原子で置換された液晶化合物を含むことができる旨が記載されているほか、甲1発明Aに対応する実施例として、「塩素原子で置換された液晶化合物」を含有しない液晶組成物(実施例21)と、これを含有する液晶組成物(実施例20)の両者が記載されているものと認められる。そうすると、かかる甲1の記載からみて、甲1発明Aには、本件発明1の構成である「塩素原子で置換された液晶化合物を含有しない」態様と、これを含有する態様という二つの態様が包含されているといえる。
 以上によれば、本件発明1は、甲1発明Aの下位概念として包含される関係にあると認められる。

本件発明1の特許性について
 特許に係る発明が、先行の公知文献に記載された発明にその下位概念として包含されるときは、当該発明は、先行の公知となった文献に具体的に開示されておらず、かつ、先行の公知文献に記載された発明と比較して顕著な特有の効果、すなわち先行の公知文献に記載された発明によって奏される効果とは異質の効果、又は同質の効果であるが際立って優れた効果を奏する場合を除き、特許性を有しないものと解するのが相当である。
 したがって、本件発明1は、甲1に具体的に開示されておらず、かつ、甲1に記載された発明すなわち甲1発明Aと比較して顕著な特有の効果を奏する場合を除き、特許性を有しないところ、甲1には、本件発明1に該当する態様が具体的に開示されていることは認められない。
 そこで、本件発明1が甲1発明Aと比較して顕著な特有の効果を奏するものであるかについて、以下検討する。

本件発明1の効果
 本件明細書の記載事項によれば、「本発明」は、第一成分として、一般式(I)で表される重合性化合物を1種又は2種以上含有し、第二成分として、一般式(II)で表される液晶化合物を1種又は2種以上含有することを特徴とするものであって、@低い温度で長時間放置した場合でも析出することなくネマチック状態を維持すること、A粘度が低いため、液晶表示素子とした場合の応答速度が速く、3D表示などへの適用も可能であること、B均一かつ安定な配向制御が得られ、焼き付きや表示ムラ等が少ないか全くないことという効果を奏するものであり、この点に本件発明1の技術的意義があることを理解できる。

効果の特別顕著性について
 甲1発明Aは、@広い温度範囲において析出することがない、A高速応答に対応した低い粘度である、B表示不良を生じない、という効果を同時に奏する液晶組成物であることから、本件発明1と甲1発明Aは、上記三つの特性を備えた液晶組成物であるという点において、共通するものである。
 そこで、本件発明1に特許性が認められるためには、上記三つの特性において、本件発明1が、甲1発明Aと比較して顕著な特有の効果を奏することを要する。
 本件発明1は、甲1の実施例で示された液晶組成物では到底得られないような効果(低温保存性の向上、低粘度及び焼き付きや表示ムラ等が少ないか全くないこと)を示すものとは認められないので、本件発明1が、甲1発明Aと比較して、格別顕著な効果を奏するものとは認められない。

 以上のとおり、本件発明1は、甲1発明Aと比較して顕著な特有の効果を奏するものではなく、特許性を有しないものと解するのが相当であるから、これに反する本件審決の判断には誤りがある。
 したがって、原告主張の取消事由2は理由がある。


第4 考察

 特許請求して審査を受けている発明が、先行技術文献に記載されている発明にその下位概念として包含されるものであるときの進歩性判断である。判決では、特許請求して審査を受けている発明が「先行の公知となった文献に具体的に開示されておらず、かつ、先行の公知文献に記載された発明と比較して顕著な特有の効果、すなわち先行の公知文献に記載された発明によって奏される効果とは異質の効果、又は同質の効果であるが際立って優れた効果を奏する場合を除き、特許性を有しないものと解するのが相当」としている。
 実務の参考になるところがあると思われるので紹介した。

以上


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '20/07/02