特許取消決定取消請求事件(ウエハ検査装置)

解説  特許取消決定取消請求事件の進歩性の判断(相違点の判断)において、特許取消決定で「周知技術」とした事項を、判決では「周知技術であったということはできない」とされて審決が取り消された事例。
(知的財産高等裁判所 令和元年(行ケ)第10124号 特許取消決定取消請求事件 
令和2年8月4日判決言渡)
 
第1 事案の概要

 原告は発明の名称を「ウエハ検査装置」とする特許第6283760号(本件特許)の特許権者である。本件特許に対して特許異議の申立て(異議2018−700690号)があり、原告が特許請求の範囲について訂正請求(本件訂正)を行ったところ、特許庁は、本件訂正を認めた上「特許第6283760号の請求項1、2に係る特許を取り消す」との決定(本件決定)を下した。原告が、本件決定の取消しを求めて本件訴訟を提起した。
 本件決定の理由は、本件発明は、再公表特許第2011/016096号(引用例)に記載された発明(引用発明)並びに特開平5−175290号公報(甲2文献)の文献等に記載された事項及び周知技術に基づいて容易に発明をすることができたものであって、特許法29条2項の規定により、特許を受けることができないものである、というものである。
 知財高裁は本件決定を取り消した。ここでは請求項1に係る発明(本件発明)に関し、引用発明との間の相違点1についての判断部分のみを紹介する。


第2 判決

1 特許庁が異議2018−700690号事件について令和元年8月20日にした決定を取り消す。
2 訴訟費用は、被告の負担とする。


第3 理由

本件決定が認定した本件発明と引用発明との一致点及び相違点
 一致点:ローダと整備空間との間に配置された複数の検査室であって、半導体デバイスが形成されたウエハの検査の際に用いられる被整備テストヘッドを備えた複数の検査室と、ウエハを搬送先の検査室内に搬送する前記ローダと、を備え、整備空間側と前記ウエハを搬送するローダ側とが前記複数の検査室の反対側であるウエハ検査装置。
 相違点1:本件発明は、「複数の検査室」が、「前記被整備テストヘッドを前記整備空間側に引き出すスライドレール」を備え、「被整備テストヘッド」を引き出すものであるのに対し、引用発明は、「複数の収容室のそれぞれには、」「メンテナンスカバーが設けられ、当該メンテナンスカバーの外側には、前記プローブカードを引き出した場合に当該プローブカードを支持するガイドレールが設けられ」、「プローブカード」を引き出しているものの、「テストヘッド」を引き出すものではなく、「テストヘッド」を「整備空間側に引き出すスライドレール」も備えていない点。

引用発明の認定
 引用例には、本件決定が認定したとおりの引用発明が記載されていることが認められ、この点については当事者間に争いがない。

本件発明と引用発明との対比
 本件発明と引用発明との相違点は、本件決定が認定した相違点1のとおりであると認められる。

相違点1について
 甲2文献には、プローブ装置において、@プローブ装置筺体内から外に向かってガイドレールを設け、プローブカードを交換する際に、プローブカードをガイドレールに沿って引き出すこと、Aプローブ装置本体の上面に被検査体に対向して載置されたテストヘッドのメンテナンスやパフォーマンスボードの交換については、テストヘッドをプローブ装置本体から分離して上昇させて別の場所に移動することが記載され、検査室の内部から整備空間側にテストヘッドを引き出すことの記載はない。

容易想到性
 甲2文献及び(本件原出願時の公知文献である)乙1(特開昭63−114229号公報)、乙2(特開平8−64645号公報)、乙3(特開平9−148388号公報)には、相違点1に係る構成(検査室が整備空間側にテストヘッドを引き出すスライドレールを備え、テストヘッドを引き出す構成)の記載はなく、本件証拠上、他に上記構成が記載された文献はない。そうすると、引用発明に甲2文献及び乙1〜3に記載された事項を組み合わせても、本件発明の構成には到らない。
 したがって、当業者において、引用発明に甲2文献及び乙1〜3に記載された事項を組み合わせて、相違点1に係る本件発明1の構成を容易に想到することができたということはできない。
 被告は、甲2文献や乙1〜3の記載によれば、メンテナンスの対象物を引き出してメンテナンスをすること、また、その際に、スライドレールにより引き出す構成とすることは周知技術であると主張する。
 引用例及び甲2文献には、プローブ装置において、メンテナンスの際に検査室からプローブカードを引き出すこと及びその際ガイドレールに沿って引き出す構成とすることの記載がある。
 しかし、本件原出願の当時、テストヘッドの重量は25kgから300kgを超えるものが知られ(本件明細書【0022】、・・・、乙3【0005】)、テストヘッドとプローブカードとは重量や大きさにおいて相違することは明らかである。したがって、プローブカードに関する上記記載から、テストヘッドを含むメンテナンスの対象物一般について、メンテナンスの対象物を引き出してメンテナンスをすること、また、その際に、スライドレールにより引き出す構成とすることが周知技術であったということはできない。
 また、乙1〜3には、検査室に収容されたテストヘッドの構成は開示されておらず、テストヘッドを引き出すものではないから、被告の主張する周知技術を裏付けるものではない。

 以上によれば、被告の主張する各文献の記載から、メンテナンスの対象物を引き出してメンテナンスをすること、また、その際に、スライドレールにより引き出す構成とすることが周知技術であったということはできず、ほかにこれを認めるに足りる証拠はない。
 被告は、乙3にも記載があるとおり、テストヘッドを引き出した方が作業性に優れることは自明であるから、メンテナンスの対象物をスライドレールにより引き出してメンテナンスを行う方が、作業が容易であることを動機付けとして、引用発明において、相違点1に係る構成を想到することは容易であると主張する。
 しかし、乙3はテストヘッドが検査室に収容されたプローブ装置を開示するものではなく、同段落の「超重量級のテストヘッドであってもテストヘッド4を安全且つ円滑に反転させ、前後、上下に移動させることができ、テストヘッド4をメンテナンス等の作業性に優れた位置へ移動させることができる。」との記載から、テストヘッドを引き出した方が作業性に優れていることを読み取ることはできない。
 また、引用例には、@試験対象の仕様及び試験内容に応じて行うピンエレクトロニクスの交換や、その他のテストヘッドのメンテナンスは収容室の背面扉を開けて行うこと、・・・、B背面扉はテストヘッドのメンテナンスが容易な位置に配置され、メンテナンスカバーはプローブカードのメンテナンスが容易な位置に配されていることが記載されている。

 このように、引用発明においては、テストヘッドのメンテナンスは背面扉を開けて行うものとされ、背面扉はメンテナンスを行うのに容易な位置に配置されているのであるから、検査室が整備空間側にテストヘッドを引き出すスライドレールを備え、テストヘッドを引き出す構成を採用することの動機付けは見いだせない。
 よって、その余の点を判断するまでもなく、本件発明は、引用発明及び甲2文献等に記載された事項に基づいて容易に発明をすることができたということはできない。したがって、本件決定の判断には誤りがあり、取消事由は理由がある。


第4 考察

 特許庁の取消決定でも、本判決でも、引用発明、本件発明と引用発明との間の相違点については同一の認定が行われている。しかし、特許庁の特許取消決定では「引用発明及び甲2文献等に記載された事項に基づいて容易に発明をすることができた」とされながら本判決では真逆の結論になった。甲2文献の記載から特許取消決定で「周知技術」とした事項を、本件判決では「周知技術であったということはできない」とされた。
 相違点について引用文献記載の発明からの容易想到の論理付け、判断を行う際の参考になると思われるので紹介した。

以上


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '21/7/15