審決取消請求事件(リチウムイオン二次電池用正極およびリチウムイオン二次電池)

解説  審決取消請求事件の相違点の判断において、主引用発明に副引用発明を適用して本願発明に想到することが容易であるとした審決の進歩性の判断には誤りがあるとして審決が取り消された事例。
(知的財産高等裁判所 平成31年(行ケ)第10040号 審決取消請求事件 
令和2年7月2日判決言渡)
 
第1 事案の概要

 原告は発明の名称を「リチウムイオン二次電池用正極およびリチウムイオン二次電池」とする特許出願(特願2013−81957号)を行ったところ拒絶査定を受け、拒絶査定不服審判請求した(不服2018−000798号)。審判段階で拒絶理由を受け、手続補正書を提出して特許請求の範囲を補正したが、請求不成立の審決(本件審決)を受け、その取り消しを求めて出訴した。
 本件審決の概要は、本願発明(拒絶審決を受けた手続補正後の請求項1記載の発明)は、特開2012−221672号公報(甲1)に記載された発明(引用発明)と、特許第4621896号公報(甲2)及び特開2013−8485号公報(甲3)に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない、というものである。
 知財高裁は、原告が主張した取消理由2「相違点1の構成の容易想到性についての判断の誤り」を認めて本件審決を取り消した。


第2 判決

1 特許庁が不服2018−000798号事件について平成31年2月12日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。


第3 理由

 審決は、

@ 甲2の実施例1に開示されたカーボンナノチューブ(甲2実施例1CNT)の製造方法と、本願明細書の実施例1のカーボンナノチューブ(SGCNT−1)の製造条件とは、記載されている限度において全く同じであるから、甲2実施例1CNTは、本願発明の「平均直径(Av)と直径分布(3σ)とが0.60>(3σ/Av)>0.50であり、比表面積が600m2/g以上であり、高純度であり、平均直径(Av)が3〜30nmであるカーボンナノチューブ」に相当するものであること、及び
A 引用発明において、導電助剤(甲1における記載は「導電剤」)のカーボンナノチューブとして甲2実施例1CNTを適用することは当業者が容易に想到し得たといえることから、引用発明において、甲2実施例1CNTを採用することにより、相違点1に係る事項を備えるようにすることは、当業者が容易になし得たものであると判断した。

 そこで、以下、@及びAについて順に検討する。

甲2実施例1CNTの物性についての検討
 甲2の記載によれば、甲2実施例1CNTは、比表面積、純度及び平均直径については、本願発明の規定を満たす。
 しかしながら、甲2のいずれの箇所にも、「3σ/Av」の値について記載も示唆もされておらず、ましてや「0.60>(3σ/Av)>0.50」であることについては何ら記載も示唆もされていない。むしろ、【図9】には、単層カーボンナノチューブのサイズ分布評価の一例が記載されているが、この例の「3σ/Av」は0.91であり、「0.60>(3σ/Av)>0.50」を満たさないのであって、これは、3σ/Av値の同一性を疑わせる方向に働く証拠である。
 よって、甲2実施例1CNTは、本願発明の「平均直径(Av)と直径分布(3σ)とが0.60>(3σ/Av)>0.50であり、比表面積が600u/g以上であり、高純度であり、平均直径(Av)が3〜30nmであるカーボンナノチューブ」に相当するものではない。
 したがって、審決の理由中、上記@の認定には誤りがある。

引用発明の導電助剤のカーボンナノチューブとして甲2実施例1CNTを適用することの容易想到性について
 主引用発明に副引用発明を適用することにより本願発明に想到することが容易といえるか否かの判断に当たっては、主引用発明又は副引用発明の内容中の示唆、技術分野の関連性、課題や作用・機能の共通性等を総合的に考慮して、主引用発明に副引用発明を適用して本願発明に至る動機付けがあるかどうかを判断するとともに、適用を阻害する要因の有無、予測できない顕著な効果の有無等を併せ考慮して判断するのが相当である。
 そこで、この判断手法に従って、引用発明の導電助剤のカーボンナノチューブとして甲2実施例1CNTを適用することの容易想到性について検討する。

甲1又は甲2の内容中の示唆について
 甲1及び甲2には、次の(a)及び(b)事項が開示されているので、以下、これらが、引用発明において、単層カーボンナノチューブとして甲2実施例1CNTを適用することの示唆となるか否かについて検討する。
(a) 引用発明における導電剤としての単層カーボンナノチューブは、「直径が0.5〜10nmであり、長さが10μm以上であり、炭素純度が重量基準で99.9%以上である」単層カーボンナノチューブである。一方、甲2実施例1CNTは引用発明の単層カーボンナノチューブの純度、直径、長さの規定を満たすものといえる。(以下「事項(a)」)
(b) 甲2には、単層カーボンナノチューブの用途として、導電体、電極材料が挙げられ、甲2の単層カーボンナノチューブが優れた電子・電気特性を有すること、単層カーボンナノチューブ・バルク構造体を導電体として使用することも記載されている。(以下「事項(b)」)

事項(a)について
 甲20、21、23の各記載によれば、本願特許出願当時、単層カーボンナノチューブの直径や長さは製品によって様々であり、その中で、0.5〜10nmの直径、10μm以上の長さは、単層カーボンナノチューブの直径や長さとしてごく一般的であったと認められる。そうすると、事項?のとおり、甲2実施例1CNTが引用発明の単層カーボンナノチューブの純度、直径、長さの規定を満たすことが開示されているからといって、そのことが、多数存在する単層カーボンナノチューブから甲2実施例1CNTを選択し、引用発明のカーボンナノチューブとして使用することを示唆するものとはいえない。

事項(b)について
 甲2は、甲2に記載された発明の単層カーボンナノチューブが種々の技術分野や用途へ応用できることを開示しているが、電池の電極材料への応用としては、負極の材料として用いることが挙げられているのみであり、正極の導電助剤として用いることの記載又は示唆はない。また、導電性を生かした応用としては、電子部品の銅配線に代えて用いることの記載はあるものの、これが電池の正極の導電助剤としての応用を示唆するものとはいえない。

 以上によれば、事項(a)又は事項(b)が、引用発明の導電助剤の単層カーボンナノチューブとして甲2実施例1CNTを適用することの示唆となるとはいえない。そして、他に、甲1又は甲2に、引用発明の導電助剤の単層カーボンナノチューブとして甲2実施例1CNTを使用することの示唆となる記載も見当たらない。
 以上によれば、甲1及び2のいずれにも、引用発明の導電助剤の単層カーボンナノチューブとして甲2実施例1CNTを使用することの示唆はない。


第4 考察

 本判決は、上述したように認定した上で、甲1発明と甲2発明との間の技術分野の関連性、課題の共通性、作用・機能の共通性について検討し、いずれも共通性がないことを指摘した上で「甲1及び甲2には、引用発明において、導電助剤として用いるカーボンナノチューブとして甲2実施例1CNTを適用することを動機付ける記載又は示唆を見出すことができない。」、「主引用発明に副引用発明を適用して本願発明に想到することを動機付ける記載又は示唆を見出せない以上、上記に説示したところに照らして、かかる想到を阻害する事由の有無や、本願発明の効果の顕著性・格別性について検討するまでもなく、その想到が容易であるとした審決の判断には誤りがある。」とした。
 実務の参考になるところがあると思われるので紹介した。

以上


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '21/7/15