審決取消請求事件(燃料電池システム)

解説  審決取消請求事件の進歩性の判断(一致点、相違点の認定)において、審決における引用発明との相違点の判断に誤りがあるとともに、容易想到性の判断にも誤りがあるとして、審決が取り消された事例。
(知的財産高等裁判所 令和2年(行ケ)第10123号 審決取消請求事件 令和3年10月7日判決言渡)
 
第1 事案の概要

 原告は、発明の名称を「燃料電池システム」とする特願2016-511135号(本願)の出願人である。本願に拒絶査定を受け、拒絶査定不服審判請求(不服2019-4325号)したところ、特許庁が、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決(本件審決)を下し、原告が本件審決の取り消しを求めて出訴した。
 本件審決は、甲3(特表2002-520779号公報。本件審決における引用例1)に記載された発明(引用発明)と、本願発明とは、次の一致点で一致し、相違点1及び2で相違すると認定した。

(一致点)(本判決が認定した一致点と異なるところに下線を引いた)
 燃料電池システムであって、
 第1の燃料電池スタックと、
 前記第1の燃料電池スタックと直列の、第2の燃料電池スタックと、
 前記第1の燃料電池スタックと並列の、第1の整流器と、
 前記第1の燃料電池スタックの水和レベルを増加させる再水和間隔を提供するために、所定条件で、かつ前記燃料電池システム上の電流需要とは独立して、前記第1の燃料電池スタックを通る気体流動を調節するように構成される、制御装置と、
 を備える、前記燃料電池システム。

(相違点1)
 所定条件に関し、本願発明は、「定期的に」であるのに対し、引用発明は、「燃料電池の出力電圧が約0.4Vより低くなる場合」である点。

(相違点2)
 気体流動の調節に関し、本願発明は、気体は空気であるのに対し、引用発明は、気体は燃料ガスである点。

 このように認定した上で、本件審決は、「本願発明は、引用発明及び甲4(特開2004-47427号公報。本件審決における引用例2)記載の事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとした。


第2 判決

1 特許庁が不服2019-4325号事件に対して令和2年6月5日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。


第3 理由

 知財高裁判決では本願発明と引用発明との間の一致点を次のように認定し、相違点に関しては、本件審決と同一内容の相違点1、2を認定した上で、更に、以下の相違点3、4が存在すると認定した。

(一致点)(本件審決が認定した一致点と異なるところに二重下線を引いた)
 燃料電池システムであって、
 第1の燃料電池スタックと、
 前記第1の燃料電池スタックと直列の、第2の燃料電池スタックと、
 前記第1の燃料電池スタックと並列の、第1の電子部品と、
 前記第1の燃料電池スタックの水和状態を調整するために、所定条件で、かつ前記燃料電池システム上の電流需要とは独立して、前記第1の燃料電池スタックを通る気体流動を調節するように構成される、制御装置と、
 を備える、前記燃料電池システム。

(相違点3)
 第1の電子部品に関し、本願発明は、電子部品は整流器であるのに対し、引用発明は、電子部品は電界効果トランジスタである点。

(相違点4)
 燃料電池スタックの水和状態を調整するために関し、本願発明は、水和レベルを増加させる再水和間隔を提供するためであるのに対し、引用発明は、負の水和降下現象を防止するためである点。

 上記のように認定した上で、知財高裁判決では、後述する「容易想到性の判断」の点も踏まえると、少なくとも相違点4の看過は、本件審決の取消事由に当たるというべきである、とした。

 知財高裁判決での「容易想到性の判断」
(1)相違点1、2及び4は、いずれも本願発明の「制御装置」又は引用発明の「短絡制御回路」に関するもので、技術的構成として相互に関連するものといえるから、以下、一括して検討する。

(2)ア 引用発明が「燃料電池の出力電圧が0.4Vより低くなる場合」に「燃料ガス」を調節する目的は、主として熱の発生を抑えることで「負の水和降下現象を防止する」ためであり、これは、甲3にいう「第1の動作条件」(甲3の段落【0024】)に係るものである。
 他方で、甲3には、「第2の動作条件」として、燃料電池の特性パラメータを回復させる構成が記載されている(甲3の段落【0025】〜【0027】)。
 このように、二つの条件に係る構成があることに加え、甲3の段落【0001】、・・・・及び【0030】の記載並びに【図4】に照らし、上記「第1の動作条件」が、基本的に、「燃料電池が故障した際」(同【0001】。【図4】にいう「欠陥は重大」である場合である。)に係るものとみられることからすると、相違点1、2及び4に係る引用発明の構成は、燃料電池の故障を示すものとみ得る状態を具体的に検知し、負の水和降下現象を防止するために、燃料ガスの供給を停止して熱の発生を抑えるためのものと解するのが相当である。

(2)イ 上記のような燃料電池の故障を示すものとみ得る状態を具体的に検知したとの引用発明に係る「燃料電池の出力電圧が0.4Vより低くなる場合」の動作について、実際の出力が閾値以上に変化しているか否かにかかわらず、これを「定期的に」行うことを想到することが、当業者において容易であるとはいい難いというべきである。
 甲3に、引用発明に係る燃料ガスの供給の停止を定期的に行うこととする動機付けや示唆があるとは認められない。
 甲3の段落【0024】には、第1の動作条件について、「約0.4Vより低い範囲に低下する場合」以外の記載があるが、そこで挙げられている他の特性パラメータも、燃料電池の故障を示すものとみ得る状態の検知の範疇に止まるものである。
 燃料電池の保湿レベルを周期的に増加させることに係る周知の事項(甲4、甲5(特表2009−528657号公報))を参照しても、上記判断は左右されない。

(2)ウ また、引用発明が、主として熱の発生を抑えることを目的としたものであることを考慮すると、「気体流動を調節する」ことについて、引用発明から、燃料電池の乾燥につながり得る一方で冷却効果をも有する空気の流動(本願明細書の段落【0006】参照)を停止することを、当業者が容易に想到し得たということも困難である。甲3に、空気の流動を調節することの動機付けや示唆があるとは認められない。

(3)以上によると、相違点1、2及び4に係る本願発明の構成が引用発明に基づいて容易に想到できたものとは認められないから、相違点1及び2について容易想到と判断した点において、本件審決には誤りがあるというべきである。


第4 考察

 特許出願の拒絶査定に対する不服審判請求を不成立とした審決の取消訴訟で、争点は、進歩性についての認定判断の誤りの有無である。本判決では、審決における引用発明との相違点の判断に誤りがあるとともに、容易想到性の判断にも誤りがあるとして、審決が取り消された。本願発明及び、引用文献に記載されている引用発明の認定と、両者の間における一致点、相違点の認定が進歩性の判断において大切であることを認識させる判決である。
 実務の参考になるところがあると思われるので紹介した。

以上


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '22/8/25