審決取消請求事件(油冷式スクリュ圧縮機)

解説  審決取消請求事件の進歩性の判断(解決しようとする課題の共通性)において、特許庁が容易想到性を否定したものを、逆に、「当業者が容易に想到することができたものである」として、知財高裁で特許庁審決が取り消された事例。
(知的財産高等裁判所 令和元年(行ケ)第10120号 審決取消請求事件
令和3年5月19日判決言渡)
 
第1 事案の概要

 被告は、特許第3766725号(発明の名称:油冷式スクリュ圧縮機)(本件特許)の特許権者である。原告が本件特許の請求項1に記載された発明(本件発明)に係る特許を無効とすることを求めて無効審判を請求した(無効2018−800099号)。特許庁は、「本件審判の請求は、成り立たない。審判費用は、請求人の負担とする。」とする審決(本件審決)を下し、原告が本件審決の取消しを求めて本件訴訟を提起した。
 争点は本件発明と特公昭51−36884号公報(甲1)に記載された発明(甲1発明)との間の相違点3に関する容易想到性の有無で、本件審決は「容易に想到できない」としたが本件判決では想到容易とし、本件審決が取り消された。ここでは、相違点3の容易想到性に関する部分のみを紹介する。


第2 判決

1 特許庁が無効2018−800099号事件について令和元年8月7日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。


第3 理由

本件審決が認定した本件発明と甲1発明との間の一致点
 吐出流路において、油とともに吐出された圧縮ガスから油を分離回収し、油が分離された圧縮ガスを送り出す一方、スクリュロータの両側に延びるロータ軸をラジアル軸受により回転可能に支持して入力軸を吸込側のロータ軸とし、吐出側のロータ軸を上記ラジアル軸受よりもスクリュロータから離れた位置にてスラスト軸受により回転可能に支持するとともに、上記スラスト軸受よりもスクリュロータから離れた位置にて上記ロータ軸にバランスピストンを取り付け、このバランスピストンのスラスト軸受側の空間に、油を導く経路を設けて形成した油冷式スクリュ圧縮機

本件審決が認定した本件発明と甲1発明との間の相違点3
 バランスピストンのスラスト軸受側の空間に、油を導く経路を設けて形成したことに関して、本件特許発明においては、バランスピストンの仕切り壁側の空間に、「上記油溜まり部の油を加圧することなく導く」均圧流路を設けて形成したのに対し、甲1発明においては、スラストピストン62の上記アンギユラコンタクトボールベアリング56側の空間であるスラストピストン室60に、高圧ガスから分離されて冷却されてコンプレツサへと再循環される液体を、ポンプ140を経由して導く経路を設けて形成した点。

相違点3の容易想到性に関する本件審決の認定
 甲1発明において、「コンプレツサ内の必要な全ての個所」に供給する液体の一部を、あえて、マニフオールド134を迂回して、スラストピストン室60に供給するための経路を新たに設けるようにすることは、コンプレツサ外部に位置されなければならない液体パイプ接合の数を最少とする中間ハウジング30及びマニフオールド134の採用意義に反するものである。
 甲1発明において、相違点3に係る本件特許発明の発明特定事項のようにするために、液体をポンプ140で加圧せずにマニフオールド134に供給するという手段も考えられるが、ポンプ140で液体を加圧しているのは、スラストピストン62に適当な力を与えるためのみならず、コンプレツサ内の必要な全ての個所に液体流を供給するためでもあるから、「液体をポンプ140によって加圧した上でマニフオールド134に供給するようにした」こと自体が、中間ハウジング30及びマニフオールド134の設置前提となるものであり、液体をポンプ140で加圧せずにマニフオールド134に供給することも、中間ハウジング30及びマニフオールド134の採用意義に反するものである。
 したがって、甲1発明において、液体を加圧することなくスラストピストン室に導く構成を採用することに阻害要因があるといえるから、仮に、液冷式スクリュー圧縮機において、バランスピストン室に油溜まり部の油を加圧することなく導入することが甲2(特開昭57−159993号公報)、甲3(国際公開第95/10708号)、甲4(特開昭57−122188号公報)、甲5(実開昭64−34493号)に記載され、かかる事項が周知の技術であったとしても、甲1発明に甲2ないし甲5を適用することはできず、当業者といえども相違点3に係る本件特許発明の発明特定事項を得ることはできない。

当裁判所の判断

相違点3(非加圧流路)について
 当裁判所は、甲1発明に、甲2ないし5に記載された周知技術を適用し、加圧ポンプ140や空所134を経由しない経路を設ける手段により、バランスピストンのピストン室にオイルをポンプで加圧することなく供給し、相違点3に係る本件特許発明の構成を採用することは、容易に想到することができたから、本件審決の相違点3に関する判断は誤りであると判断する。その理由は、以下のとおりである。

逆スラスト力(逆スラスト荷重状態)の発生という技術的課題
 甲2には、「バランスピストンに油ポンプで加圧された潤滑・冷却シール用の圧油を作動油として供給している従来のスクリユー圧縮機においては、特に起動時、圧縮機の吸入側と吐出側の圧力差が大きくならないうちに油ポンプにより吐出された圧力の高い油がバランスピストンにかかることにより、ロータが吐出側に推され、スラスト軸受及びスラスト軸受抑え金などに過大な応力がかかるという課題がある」こと、すなわち、逆スラスト力(逆スラスト荷重状態)が発生するという技術的課題が示されていた。
 そして、甲1発明は、高圧ガスから分離されて冷却されてコンプレツサへと再循環される液体を、ポンプ140を経由してスラストピストン室60に導く経路を設けて形成した液体噴射スクリユウコンプレツサであるが、逆スラスト力が発生しないことを裏付けるような事情はないから、甲1発明は、逆スラスト力(逆スラスト荷重状態)の発生という技術的課題を有しているものと認められる。

非加圧流路の設定に係る周知技術
 甲2ないし5には、スクリュ圧縮機において、バランスピストンに圧力を作用させるための空間に、圧縮機から回収された油を加圧することなく導く配管を設けることが記載されていたものであり、それは、本件特許の出願日前に周知の技術事項であったものと認められる。

容易想到性
 甲1発明は、逆スラスト力(逆スラスト荷重状態)の発生という技術的課題を有しており、スクリュ圧縮機において、バランスピストンに圧力を作用させるための空間に、圧縮機から回収された油を加圧することなく導く配管を設けることは本件特許の出願日前に周知の技術事項であったから、甲1発明の上記課題を解決するために、上記の周知の技術事項を適用して、スラストピストン室へ液体を導く経路を非加圧の経路とすることは、当業者が容易に想到することができたものであると認められる。


第4 考察

 甲1発明において、相違点3に係る「液体を加圧することなくスラストピストン室に導く構成」を採用することには阻害要因がある、等として、特許庁が容易想到性を否定したものを、逆に、「当業者が容易に想到することができたものである」として特許庁審決が取り消された。
 進歩性欠如の拒絶・無効理由に引用される主引用文献(第一引用例)、副引用文献(第二引用例)に記載されている内容の正確な把握、理解が重要であることを認識させる判決である。実務の参考になるところがあると思われるので紹介した。

以上


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '22/2/24