審決取消請求事件(排水栓装置)

解説  審決取消請求事件における進歩性の判断において、主引用発明に副引用発明を適用することで当業者が請求項に係る発明に容易に想到することができた、とした特許庁審決を、主引用発明に副引用発明を適用する動機付けがあるものと認めることはできないとして知財高裁で取り消した事例。
(知的財産高等裁判所 令和2年(行ケ)第10030号 審決取消請求事件 
令和3年4月28日判決言渡)
 
第1 事案の概要

 原告は、発明の名称を「排水栓装置」とする発明についての特許第5975433号(本件特許)の特許権者である。被告が本件特許について特許無効審判を請求したところ(無効2019−800019号事件)、特許庁が、「特許第5975433号の請求項1に係る発明(本件発明)についての特許を無効とする。」との審決(本件審決)を下し、原告が本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起した。
 本件審決の要旨は、本件発明は、本件出願前に頒布された刊行物である甲1(独国実用新案第29904139号明細書)に記載された発明(甲1発明)及び周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、本件特許は、特許法29条2項の規定に違反してされたものであるから、無効とすべきものであるというものである。
 本件審決が認定した甲1発明と本件発明との一致点及び相違点は次のとおりである。

(一致点)
 水槽の底部に、貫通する方法で下側に向かって形成された縁部が、
 排水口金具と接続管とで挟持取付けられて排水口部を形成し、
 該排水口部には、排水口金具を露出しないように覆うカバーが設けられ、
 上下動するカバーが、
 前記排水口金具のフランジ部とほぼ同径であるとともに、
 前記縁部に接触せず、
 止水時には、水槽の底部面に概ね面一とされ、
 該カバーの下面には、排水口金具とで密閉可能に止水するパッキンを挿通保持する軸部が設けられて排水栓を構成し、
 該排水栓の昇降でパッキンによる開閉がされる排水栓装置
 である点。

(相違点1)
 縁部について、
 本件発明は、円筒状陥没部を形成し、該円筒状陥没部の底部に形成された内向きフランジ部が排水口金具と接続管とで挟持取付けられているのに対し、
 甲1発明は、貫通する方法で湾曲しながら徐々に下側に向かって縁部2が形成されて、該縁部2が挟持取付けられている点。
 原告が主張した取消事由は「本件発明の進歩性の判断の誤り」である。
 ここでは、相違点1の容易想到性の判断の誤りについての裁判所の判断を紹介する。


第2 判決

 1 特許庁が無効2019−800019号事件について令和2年2月6日にした審決を取り消す。
 2 訴訟費用は被告の負担とする。


第3 理由

相違点1の容易想到性の判断の誤りについて
 甲3(実願昭61−10011号(実開昭62−125173号)のマイクロフィルム)、甲5(特開2000−220186号公報)、甲8(実願平1−1988号(実開平2−93373号)のマイクロフィルム)の記載事項によれば、「水槽の底部に、円筒状陥没部を形成し、該円筒状陥没部の底部に内向きフランジ部を形成し、該内向きフランジ部を排水口金具と接続管とで挟持取付けること」(本件周知技術)は、本件出願当時、周知であったことが認められる。
 原告は、甲1発明に本件周知技術を適用する動機付けはないから、本件審決の判断は、誤りである旨主張するので、以下において判断する。
 甲1の図面から、甲1発明の縁部2は、断面形状が内側に湾曲しながら徐々に下側に向かって縮径する構成を有し、縁部2の湾曲面に上部外側の縁部分が当接する排水カップ6と、縁部2の下端に接するパッキン5を保持し、固定するフランジ4を含む排水ケーシング3とで挟持取り付けられていることを理解できる。
 他方で、甲1には、縁部2が排水カップ6と排水ケーシング3とで挟持取付けられていることやその作用等について明示的に述べた記載はない。
 また、甲1の記載事項全体(図面を含む。)をみても、縁部2が排水カップ6と排水ケーシング3とで挟持取付けられている構成について、取付けの強固さや水密性等の観点から、改良すべき課題があることを示唆する記載もない。
 次に、本件周知技術が、本件出願当時、周知であったことは、前記のとおりである。
 他方で、本件周知技術に係る甲3、5及び8には、円筒状陥没部の底部に形成した内向きフランジ部を排水口金具と接続管とで挟持取付ける構成の作用等について述べた記載はない。
 また、甲3、5及び8には、取付けの強固さや水密性等の観点から、内向きフランジ部を排水口金具と接続管とで挟持取付ける構成が、甲1の図面記載の縁部2が排水カップ6と排水ケーシング3とで挟持取付けられる構成よりも優れていることを示唆する記載はない。
 前記によれば、甲1に接した当業者は、甲1発明の縁部2の構成について、取付けの強固さや水密性の点において課題があることを認識するとはいえないから、甲1発明の縁部2に本件周知技術の構成を適用する動機付けがあるものと認めることはできない。
 したがって、当業者は、甲1及び本件周知技術に基づいて、甲1発明において、相違点1に係る本件発明の構成とすることを容易に想到することができたものと認めることはできない。これと異なる本件審決の判断は誤りである。
 以上によれば、本件審決における相違点1の容易想到性の判断に誤りがあるから、その余の点について判断するまでもなく、当業者は、甲1及び本件周知技術に基づいて、本件発明を容易に想到することができたものと認めることはできない。したがって、原告主張の取消事由は理由がある。


第4 考察

 特許審査基準では、主引用発明(A)に副引用発明(B)を適用したとすれば、審査を受けている請求項に係る発明(A+B)に到達する場合、主引用発明(A)に対して副引用発明(B)を適用することを試みる動機付けがあることは、進歩性が否定される方向に働く要素となるとされている。
 主引用発明に副引用発明を適用する動機付けの有無は、動機付けとなり得る観点((1)技術分野の関連性、(2)課題の共通性、(3)作用、機能の共通性、(4)引用発明の内容中の示唆)を総合考慮して判断されることになっている。
 特許庁審決は、主引用発明(甲1発明)に、副引用発明(周知技術)を適用することで当業者が請求項に係る発明に容易に想到することができた、とした。しかし、本判決は、甲1文献における記載内容、副引用文献における記載内容から、主引用発明(甲1発明)に副引用発明(周知技術)を「適用する動機付けがあるものと認めることはできない」とした。
 実務の参考になるところがあると思われるので紹介した。

以上


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '22/2/24