審決取消請求事件(X線透視撮影装置)

解説  審決取消請求事件の進歩性の判断において、特許庁が進歩性欠如とした発明について、「技術事項の範囲を不当に抽象化、拡大化するものといえ、誤りである」と判断して知財高裁が取り消した事例。
(知的財産高等裁判所 令和元年(行ケ)第10159号審決取消請求事件
令和3年4月15日判決言渡)
 
第1 事案の概要

 「X線透視撮影装置」の発明についての特許出願(特願2014−220371)(本願)に対して拒絶査定を受け、拒絶査定不服審判(不服2018−14114号事件)を請求したところ、本件審判の請求は成り立たない旨の審決(本件審決)を受けた原告が、本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起した。
 本件審決は、本願発明は、本願の出願前に頒布された刊行物である特開2006−122448号(引用文献1)に記載された発明(引用発明)及び特開2009−022602号(引用文献2)に記載された事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができず、本願は拒絶されるべきものであると判断した。本件審決が認定した本願発明と引用発明の一致点及び相違点は次のとおり。

(一致点)
 X線管と、
 前記X線管から照射され被検者を通過したX線を検出するX線検出部と、
 前記X線管と前記X線検出部とを支持するアームと、
 移動機構を備え、前記アームを支持する本体と、前記本体に配設され前記X線検出部により検出したX線に基づいてX線画像を表示する表示部と、
 前記X線検出部により検出したX線に基づいてX線画像を表示する前記表示部とは異なる第2表示部を備えたモニタ台車と、
 を備えたX線透視撮影装置において、
 前記表示部と前記第2表示部には、手術中に透視された同一のX線画像が表示されるX線透視撮影装置。

(相違点)
 本願発明は、「前記X線画像のうち、前記表示部に表示されるX線画像のみを回転させる画像回転機構を備え」ているのに対し、引用発明は、そのような特定がない点。


第2 判決

1 特許庁が不服2018−14114号事件について令和元年10月16日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。


第3 理由

引用例の記載事項について
 引用文献2には、「HMDを装着し操作者を兼ねた術者が見るHMDの画像表示部に表示されるX線画像と実際の患者の患部の位置把握を容易にするために、上記術者の床面上の位置情報に基づいて上記X線画像の回転処理を行う」との技術事項(技術事項2’)が記載されているものと認められるべきである。
 本件審決は、回転処理されるX線の画像は術者が装着したHMDの画像であること、操作者を兼ねた術者の位置情報が床面(センサ)からのものであるという構成を捨象して、「X線画像を見る者によるX線画像と実際の患者の位置把握を容易にするために、X線画像を見る者の位置情報に基づいてX線画像302の回転処理を行う」という技術事項(技術事項2)を認定したものであり、技術事項の範囲を不当に抽象化、拡大化するものといえ、誤りである。

取消事由(容易想到性の判断の誤り)について
 引用発明は、医師等が観察して診断を行う診断用画像モニタ装置と離れて、操作者が被検者に対してX線装置のコリメータやTVカメラの調整等を行う際の被検者及び操作者のX線被爆を避けるために、X線曝射しない状態でコリメータやカメラの操作ができ、簡単かつ安価で操作者の手元で表示することができるX線映像装置を提供することを目的とするものである。
 そして、引用文献1は、こうした課題を解決するために、・・・あくまで、医師等が観察して診断を行う診断用画像モニタ装置とは別に、X線被爆を避けるために、X線曝射しない状態で操作ができ、画像を操作者の手元で表示することができるX線映像装置を提供することを目的とするものであって、こうした技術的意義を有する引用発明において、引用文献1には、操作者が医師等の術者が被検者を見る方向と異なる方向から被検者を見ることにより、操作者が被検者を見る方向と操作用画像表示装置に表示される患部の方向とが一致しないという課題(課題B2)があるといった記載や示唆は一切ない。
 この点につき、被告は、当業者であれば、課題B2の存在を理解し、手術中に被検者の患部を表示する画像表示装置において、「操作者」が異なる方向から被検者に対向する場合、各々の被検者を見る向き(視認方向)に一致させるという周知の課題に(乙3、4)を参照し、異なる方向から被検者に対向する操作者が見る操作用液晶ディスプレイ21の画像の向きを、操作者が被検者を見る向き(視認方向)に一致させるという課題を当然に把握し、引用発明に技術事項2を適用する動機づけがある旨主張する。
 しかし、当業者であれば、課題B2の存在を当然に理解するという点については、これを裏付けるに足りる証拠の提出はなく、むしろ、原告が主張するように、術者と操作者との力関係や役割の違いに照らせば、操作者は、従前は、このような課題を具体的に意識することもなく、術者の指示に基づきその所望する方向に画像を調整することに注力していたものであるのに対して、本願発明は、その操作者の便宜に着目して、操作者の観点から画像の調整を容易にするための問題点を新たに課題として取り上げたことに意義があるとの評価も十分に可能である。
 また、乙3には、・・・、術者とそれを補助する術者が向き合って手術をするときのように撮像部分を異なる方向から見る場合でも、画像表示手段で表示される画像の向きをそれぞれの見る方向に応じて変更する構成により、撮像部分を見るのと同じ向きの画像を表示することが可能となり、より手際のよい手術が行えるようになるとの課題が示されているにとどまり、術者とX線撮影装置の操作者についてそのような課題があると開示するものではない。
 さらに乙4には、・・・、術者Aと術者Bがそれぞれ異なるモニタを見て手技を行う場合において、術者Bが見ている第2のモニタ7に内視鏡2の原画像を見てそのまま表示すると、上下左右が逆の感覚で見えてしまうという課題が示されているにとどまり、術者とX線撮影装置の操作者についてそのような課題があると開示するものではない。
 そうすると、乙3、4の各文献に記載された課題は、あくまで術者と助手又は術者と術者がそれぞれ異なるモニタを見ることによって生じる課題を指摘するにとどまり、術者とは異なる操作者が操作を行うという引用発明の場合において、操作者の便宜のために、操作者が見る患部の向きの方向と、操作者が見る操作用液晶ディスプレイの患部の向きとを一致させるという課題を示唆するものとはいえないから、当業者がこのような課題を当然に把握するともいえない。
 また、仮に、引用発明について、課題B2の存在を認識し、異なる方向から被検者に対向する操作者が見る操作用液晶ディスプレイ21の画像の向きを、操作者が被検者を見る向き(視認方向)に一致させるという課題を把握して、操作用液晶ディスプレイ装置21に表示されるX線画像のみを回転させるという相違点の構成とする動機づけがあると仮定しても、技術事項2’は、HMDを装着し操作者を兼ねた術者が見るHMDの画像表示部に表示されるX線画像と実際の患者の患部の位置把握を容易にするために、上記術者の床面上の位置情報に基づいて上記X線画像の回転処理を行うものであるから、回転処理がされるX線画像はHMDの画像表示部であり、また、画像回転処理の基になる位置情報は、床面に設けられた感圧センサによるものである。
 こうした技術事項2’の構成は、キャビネット43に設置された診断用画像モニタ17は術者である医師が使用し、台車41に設けられた操作用液晶ディスプレイ装置21は撮像装置のセッティング等のために操作者が状況に応じて自由に移動し、また台車41に様々な立ち位置を取ることができる引用発明の具体的な構成と大きく異なるものであるから、引用発明と引用文献2に記載されたX線装置は同一の技術分野に属し、X線画像を表示する装置を有する点で共通するとしても、HMDに表示されるX線画像の回転処理が行われるという技術事項のみを抽出して引用発明に適用する動機づけがあるとはいえない。
 さらに、技術事項2’は、操作者を兼ねた術者が装着したHMDに表示されるX線透視像を床面の位置情報に基づいて回転させるという構成を有するものであるから、こうした構成を無視して、表示されたX線画像のみを回転させるという技術事項のみを適用し、本願発明の相違点の構成に想到するとはいえない。


第4 考察

 特許庁が進歩性欠如とした発明について、知財高裁がそれを取り消したものである。
 拒絶理由に引用されている文献に記載されている発明の認定においいて特許庁審決は「技術事項の範囲を不当に抽象化、拡大化するものといえ、誤りである」と判断された。
 引用文献に記載されている発明を正しく認定することは進歩性の判断を行う上で基本となるものであり、実務の参考になるところがあると思われるので紹介した。

以上


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '22/2/24