審決取消請求事件(多色ペンライト)

解説  審決取消請求事件における進歩性の判断において、主引用発明、副引用発明の技術分野の関連性が薄い場合の論理付けが詳細に検討され、当業者が容易に発明をすることができたとしていた特許庁審決が取り消された事例。
(知的財産高等裁判所 令和2年(行ケ)第10103号 審決取消請求事件 令和3年10月6日判決言渡)
 
第1 事案の概要

 原告は、名称を「多色ペンライト」とする発明に係る特許第5608827号(本件特許)の特許権者。被告が本件特許について無効審判請求をした(無効2019‐800025号)。原告が訂正請求し、特許庁は、「特許請求の範囲を訂正後の請求項〔1、2〕について訂正することを認める。訂正後の請求項1及び2に係る発明(本件発明1、2)についての特許を無効とする。審判費用は、被請求人の負担とする。」とする審決(本件審決)を下し、原告が本件審決の取消しを求めたものである。
 ここでは、「本件発明1は、甲1発明(甲第1号証:インターネットのアドレス http://monta.moe.in/wp/2013/06-22/02-02_1072に示される、monta@siteの「[レビュー]ボタン電池でフルカラー:カラフルプロ110」と題した記事)に記載されている発明)、甲2(特開2005‐235779号公報)に記載された技術事項及び周知の課題(甲10(登録実用新案第3130801号公報))に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない」とした本件審決が取り消された部分についてのみ紹介する。


第2 判決

1 特許庁が無効2019‐800025号事件について令和2年7月28日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。


第3 理由

 進歩性の判断においては、請求項に係る発明と主引用発明との間の相違点に対応する副引用発明又は周知の技術事項があり、かつ、主引用発明に副引用発明又は周知の技術事項を適用する動機付けないし示唆の存在が必要であり、そのためには、まず主引用発明と副引用発明又は周知の技術事項との間に技術分野の関連性があることを要するところ、主引用発明と副引用発明又は周知の技術事項の技術分野が完全に一致しておらず、近接しているにとどまる場合には、技術分野の関連性が薄いから、主引用発明に副引用発明又は周知の技術事項を採用することは直ちに容易であるとはいえず、それが容易であるというためには、主引用発明に副引用発明又は周知の技術事項を採用することについて、相応の動機付けが必要であるというべきである。
 この点、甲1発明と甲2に記載された技術事項は、いずれもLEDを光源として光を放つ器具に関するものである点で共通するものの、甲1発明は筒全体が様々な色で発光するペンライトに係るものであるのに対して、甲2に記載された技術事項は、白色光又は可変色光を提供する照明装置に係るものである点で相違するから、近接した技術であるとはいえるとしても、技術分野が完全に一致しているとまではいえない。そのため、甲1発明に甲2に記載された技術事項を採用して新たな発明を想到することが容易であるというためには、甲1発明に甲2に記載された技術事項を採用することについて、相応の動機付けが必要である。
 本件審決は、甲1発明に、「イエロー」とされる黄色の発色自体に問題が内在しているという課題があり、演色性を向上させるという課題も内在しており、甲2に白色及び黄色の発光ダイオードを含めてLED照明装置を構成するという公知の技術事項が記載されており、甲2には演色性を向上させるという技術事項が記載されていることから、甲1発明に甲2に記載された技術事項を採用する動機付けがあり、甲1発明に甲2に記載された技術事項を採用して、黄色発光ダイオードを設けることを容易に想到することができたと判断したものと認められる。
 本件審決は、甲1発明に甲2に記載された技術事項を採用する動機付けがあり、甲1発明に甲2に記載された技術事項を採用して本件発明1を容易に想到することができたと判断する前提として、甲1発明に、「イエロー」とされる黄色の発色自体に問題が内在しているという課題があり、甲1発明に、演色性を向上させるという、甲2と共通の課題があると認定した。
 しかし、甲1発明に、「イエロー」とされる黄色の発色自体に問題が内在しているという課題があるとする本件審決の認定は誤りであるし、また、本件審決が甲1発明の課題に関して認定する「演色性」(本件審決が、甲10に記載されているように周知の課題といえると認定する事項を含む。)は、甲2に記載された技術事項として認定された「演色性」、すなわち、照明された物体の色が自然光で見た場合に近いか否かという、一般的な意味での「演色性」とは異なる。
 そうすると、本件審決は、甲1発明に甲2に記載された技術事項を採用する動機を基礎づける甲1発明の課題の認定を誤っているものであり、また、甲2に記載された技術事項の内容、甲1発明と甲2に記載された技術事項の技術分野相互の関係を考慮すると、甲1発明には、甲2に記載された技術事項と共通する課題があるとは認められず、そのため、甲1発明に甲2に記載された技術事項を採用する動機付けがあるとは認められない。
 したがって、甲1発明に甲2に記載された技術事項及び周知の課題(甲10)を採用して、黄色発光ダイオードを設けることを容易に想到することができたとは認められず、これを容易に想到することができたとする本件審決の判断は誤りである。
 仮に甲1発明に甲2に記載された技術事項を採用する動機付けがあり、甲2に記載された技術事項を甲1発明において採用し、甲1発明において黄色発光ダイオードを備えたとしても、黄色発光ダイオードが単独で発光することにより得られる黄色の発光色、及び、前記黄色発光ダイオードとそれ以外の1つ又は2つの発光ダイオードから発せられる光が混合することにより得られる発光色という、相違点1に係る本件発明1の構成を容易に想到することができたとは認められない。
 なお、本件発明1は、黄色LEDを追加した上で、白色LEDとそれ以外の1つ又は2つのLEDから発せられる光が混合して発光色を得、黄色LEDとそれ以外の1つ又は2つのLEDから発せられる光が混合して発光色を得るとの構成をとることによって、電圧が低下した状態においても発色のバランスを保つことができるものであり、このような発明の効果は、甲1発明及び甲2に記載された技術事項から予測できるものとはいえないから、この点からしても、甲1発明に甲2に記載された技術事項を採用することによって本件発明1を容易に想到することができたとは認められない。


第4 考察

 進歩性の判断において、「主引用発明と副引用発明の技術分野が完全に一致しておらず、近接しているにとどまる場合には、技術分野の関連性が薄いから、主引用発明に副引用発明を採用することは直ちに容易であるとはいえず、それが容易であるというためには、主引用発明に副引用発明の技術事項を採用することについて、相応の動機付けが必要であるというべきである」として、主引用発明の課題の認定、副引用文献の技術内容、主引用文献、副引用文献に記載された技術事項の技術分野相互の関係などが詳細に検討され、主引用発明、副引用文献に記載された技術事項及び周知の課題に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとしていた特許庁審決が取り消されたものである。
 実務の参考になるところがあると思われるので紹介した。

以上


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '22/8/25