審決取消請求事件(流体供給装置及び流体供給方法及び記録媒体及びプログラム)

解説  審決取消請求事件において、特許請求の範囲に記載された用語の意義の解釈し、控訴人製品は本件特許を侵害しないと判断した事例。
(知的財産高等裁判所 令和2年(ネ)第10044号 特許権侵害損害賠償請求控訴事件(原審 東京地方裁判所平成29年(ワ)第29228号)令和3年6月28日判決言渡)
 
第1 事案の概要

 被控訴人(一審原告)は「流体供給装置及び流体供給方法及び記録媒体及びプログラム」の特許第4520670号(本件特許)の特許権者である。
 控訴人(一審被告)は、セルフ式ガソリンスタンドにおいて非接触式ICカード(FelicaTMカード)を用いた代金決済を可能にする被告装置を販売しており、同装置にはそれを動作させるための被告プログラムが格納されている。
 被控訴人(一審原告)は、被告装置、被告プログラムは本件特許に係る発明の技術的範囲に属するとして、差止請求と控訴人(一審被告)に対する損害賠償請求を行った。
 原審裁判所は、差止請求を認め、損害賠償請求を元本約4億5000万円の範囲で認容した(令和2年1月30日)。
 一審原告、一審被告双方がそれぞれの敗訴部分をそれぞれ不服として控訴した。
 複数ある争点の中の第一の争点は、充足論で、被告給油装置において用いられている電子マネー媒体(非接触式ICカード)が、本件特許に係る発明の発明特定事項に含まれる「記録媒体」に当たるか否かである。
 知財高裁では、被告給油装置において用いられている電子マネー媒体(非接触式ICカード)は、本件発明にいう「記憶媒体」には当たらないというべきであるとし、控訴人(一審被告)装置及びプログラムは本件特許を侵害しないとした。
 ここでは、非侵害という判断がされた充足論の部分のみを紹介する。


第2 判決

1 一審被告の控訴に基づき、原判決中、一審被告敗訴部分を取り消す。
2 上記部分に係る一審原告の請求をいずれも棄却する。
3 一審原告の控訴を棄却する


第3 理由

非接触式ICカードの「記憶媒体」該当性
 本件明細書において、本件発明の「記憶媒体」の具体的態様としては、磁気プリペイドカード(【0033】)のほか、「金額データを記憶するためのICメモリが内蔵された電子マネーカード」(【0070】)や「カード以外の形態のもの、例えば、ディスク状のものやテープ状のものや板状のもの」(【0071】)も開示されている。このように、本件発明の「記憶媒体」は必ずしも磁気プリペイドカードには限定されない。
 しかしながら、本件発明の技術的意義に照らして、「媒体預かり」と「後引落し」との組合せによる決済を想定できる記憶媒体でなければ、本件3課題(本件特許の明細書の「発明が解決しようとする課題」の欄に記載されている3つの課題)が生じることはなく、したがって、本件発明の構成によって課題を解決するという効果が発揮されたことにならないから、上記の組合せによる決済を想定できない記憶媒体は、本件発明の「記憶媒体」には当たらない。
 かかる見地にたって検討するに、被告給油装置で用いられる電子マネー媒体は非接触式ICカードであるから、その性質上、これを用いた決済等に当たっては、顧客がこれを必要に応じて瞬間的にR/Wにかざすことがあるだけで、基本的には常に顧客によって保持されることが予定されているといえる。そのため、電子マネー媒体に対応したセルフ式GSの給油装置を開発するに当たって、物としての電子マネー媒体を給油装置が「預かる」構成は想定し難く、電子マネー媒体に対応する給油装置を開発しようとする当業者が本件従来技術を採用することは、それが「媒体預かり」を必須の構成とする以上、不可能である。
 そうすると、被告給油装置において用いられている電子マネー媒体は、本件発明が解決の対象としている本件3課題を有するものではなく、したがって、本件発明による解決手段の対象ともならないのであるから、本件発明にいう「記憶媒体」には当たらないというべきである。
 むしろ、電子マネー媒体を用いる被告給油装置は、現金決済を行う給油装置において、顧客が所持金の中から一定額の現金を窓口の係員に手渡すか又は給油装置の現金受入口に投入し、その金額の範囲内で給油を行い、残額(釣銭)があればそれを受け取る、という決済手順(これは乙4公報の【0002】に従来技術として紹介されており、周知技術であったといえる。)をベースにした上、これに電子マネー媒体の特質に応じた変更を加えた決済手順としたものにすぎず、本件発明の技術的思想とは無関係に成立した技術であるというべきである。
 一審被告の非侵害論主張Dは、このことを、被告給油装置の電子マネー媒体は本件発明の「記憶媒体」に含まれないという形で論じるものと解され、理由がある。
 一審原告は、本件発明の「記憶媒体」は、(本件発明1における)構成要件1C及び1Fの動作に適した「記憶媒体」であれば足りる旨主張する。
 しかしながら、発明とは課題解決の手段としての技術的思想なのであるから、発明の構成として特許請求の範囲に記載された文言の意義を解釈するに当たっては、発明の解決すべき課題及び発明の奏する作用効果に関する明細書の記載を参酌し、当該構成によって当該作用効果を奏し当該課題を解決し得るとされているものは何かという観点から検討すべきである。
 しかるに、一審原告の上記主張は、かかる観点からの検討をせず、形式的な文言をとらえるにすぎないものであって、失当である。したがって、一審原告の上記主張は採用することができない。
 以上によれば、一審被告の非侵害論主張C及びDは理由があるから、その余の非侵害論主張の成否について判断するまでもなく、被告給油装置及び被告プログラムは本件特許を侵害しない。


第4 考察

 特許権者による差止請求が認められる特許権の効力範囲、すなわち、「特許発明の技術的範囲」については、特許法第70条第1項に「特許発明の技術的範囲は、願書に添付した特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならない」と規定されていて、特許請求の範囲の記載に基づいて定められるのが原則である。
 この上で、「前項の場合においては、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮して、特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈するものとする」と同条第2項に規定され、特許請求の範囲に記載された個々の用語の意義の解釈については、明細書にその意味するところや定義が記載されているときは、それらを考慮して特許発明の技術的範囲の認定を行うことになっている。
 本判決は、明細書の記載に基づいて本件特許に係る発明の発明特定事項に含まれる「記録媒体」の意義を解釈し、被告給油装置において用いられている電子マネー媒体(非接触式ICカード)は、本件発明にいう「記憶媒体」には当たらず、控訴人(一審被告)製品は本件特許を侵害しないと判断した。
 特許出願における特許請求の範囲の記載に関しては、サポート要件(特許を受けようとする発明は明細書に記載したものでなければならない(特許法第36条第6項第1号)、明確性要件(特許を受けようとする発明は明確でなければならない(同法同条同項第2号)が要求され、明細書の記載に関しては、実施可能要件(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が特許請求されている発明を実施できる程度に明確かつ十分に記載したものであること(同法同条第4項)が要求される。
 明細書、特許請求の範囲の作成実務を行う者にとって参考になるところがあると思われるので紹介した。

以上


〔戻る〕
鈴木正次特許事務所

最終更新日 '22/3/1