審決取消請求事件(車両シートに取り付けるためのチャイルドセーフティシート又はベビーキャリア及びそのようなシートのためのサイドインパクトバー)

解説 解説 審決取消請求事件の進歩性の判断(一致点、相違点の認定)において、本件発明の要旨認定においてそもそも特許庁の解釈に間違いがある、として進歩性の存在を認め審決を取り消した事例。
(知的財産高等裁判所 令和2年(行ケ)第10089号審決取消請求事件 令和3年12月15日判決言渡)
 
第1 事案の概要

 被告は、発明の名称を「車両シートに取り付けるためのチャイルドセーフティシート又はベビーキャリア及びそのようなシートのためのサイドインパクトバー」とする特許第6328108号(本件特許)の特許権者である。原告が、本件特許に対して無効審判請求した(無効2019‐800027号(本件審判))ところ、特許庁が「本件審判の請求は、成り立たない。」とする審決(本件審決)を下し、原告が本件審決の取り消しを求めて出訴した。
 知財高裁は本件審決を取り消した。ここでは、取消事由1−1−2(本件発明1と甲5発明1−1の一致点・相違点の認定の誤り)、取消事由1−1−3(本件発明1は甲5発明1−1、甲5に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではないとした判断の誤り)に関する部分のみを紹介する。なお、甲5号証はアメリカ合衆国特許出願公報(United States Patent Application Publication Pub. No.: US2011/0012398 A1)で、甲5発明1−1は本件審決が認定した甲5に記載されている発明である。


第2 判決

1 特許庁が無効2019‐800027号事件について令和2年3月27日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。


第3 理由

要旨認定の手法
 発明の要旨認定は、特許請求の範囲の記載に基づいて行うべきであり、発明が属する技術分野における優先日前の技術常識を考慮した通常の意味内容により特許請求の範囲の記載を解釈するのが相当である。もっとも、特許請求の範囲の記載の意味内容が、明細書又は図面において、通常の意味内容とは異なるものとして定義又は説明されていれば、通常の意味内容とは異なるものとして解される余地はあるものの、そのような定義又は説明がない場合には、上記のとおり解釈するのが相当である。

本件審決の解釈
 本件審決の説示を総合すると、本件審決は、本件発明の「支持部」が、シートシェルに係る技術常識により理解される「シートシェル」及び「子供を支える柔軟性のある素材」に相当し、本件発明の「シートシェル」は、「支持部」を内側に配置する、従来技術(技術常識)における「シートシェル」及び「子供を支える柔軟性のある素材」とは別異の、それらに更に追加される構造要素と解釈しているものと認められる。

本件審決の解釈の適否
 本件審決は、本件発明の「シートシェルが、従来技術とは異なり、子供を支持する支持部材とは別な部材である」と解する根拠として、本件明細書の段落【0008】や【0019】を引用するが、これらの段落は、「側面衝突保護部」の配置とその作用又は効果についての説明にとどまるものであって、「シートシェル」が従来技術とは別異なものであるとの記載はないし、支持部については何らの記載もないことからすると、上記段落が本件審決の上記解釈を裏付けるものとはいえない。そして、本件発明の特許請求の範囲の記載や本件明細書の発明の詳細な説明の記載において、本件審決の解釈を採用すべき根拠を見出すことはできない。したがって、本件審決の解釈を採用することはできない。

<取消事由1−1−2について>
 そうすると、本件発明1と甲5発明1−1との相違点は、本件発明1では、側面衝突保護部は、シートシェルの外側でシートシェルに取り付けられるのに対して、甲5発明1−1では、エネルギー吸収及び /又は伝達要素は、運搬ハンドルの固定領域に取り付けられている点(相違点A)で相違し、その余の点では一致していると認められる。 本件審決の認定の誤りの有無(取消事由1−1−2の成否)
 本件発明1と甲5発明1−1との一致点・相違点は、前記で述べたとおりであり、これと異なる本件審決の一致点・相違点の認定は誤りである。したがって、取消事由1−1−2は理由がある。

<取消事由1−1−3について>
 本件審決は、本件発明1の「シートシェル」についての本件審決の解釈を前提として、甲5の明細書等には「シートシェル」又は「シェル」に関して言及されていないとした上で、本件発明1について、甲5発明1−1に基づく容易想到性を否定する。
 しかし、本件発明1の「シートシェル」について、本件審決の解釈を採用することができないことは前記のとおりであるから、本件審決の上記判断は、その前提において採用することができない。
 本件審決は、仮に、甲5の「背もたれ、座部におけるパッドに覆われた部分」が本件発明1の「シートシェル」に対応するとしても、甲5は、本件発明1の構成要件である「シートシェルの外側でシートシェルに取り付けられる側面衝突保護部」を開示していないとした上で、本件発明1について、甲5発明1−1に基づく容易想到性を否定する。
 本件審決が、甲5は、本件発明1の構成要件である「シートシェルの外側でシートシェルに取り付けられる側面衝突保護部」を開示していないとする点は、相違点A、すなわち、本件発明1では、側面衝突保護部は、シートシェルの外側でシートシェルに取り付けられるのに対して、甲5発明1−1では、エネルギー吸収及び/又は伝達要素は、運搬ハンドルの固定領域に取り付けられている点に相当する。
 しかし、甲5の段落[0051]において、エネルギー吸収及び/又は伝達要素2は、ハンドル又はチャイルド安全シートの他の領域に配置され得るものであり、エネルギー吸収及び/又は伝達要素2の取り付けが特に有利であるチャイルド安全シート(幼児用キャリア)の領域として、運搬用ハンドルの固定領域11及び運搬用ハンドルのサイドアーム12と併記して、幼児用キャリアのキャリア材料がパッドで覆われていない下側領域13を記載しているのみならず、パッドで覆われているチャイルド安全シート(幼児用キャリア)の領域も具体的に示唆されている。
 そして、幼児用キャリアのキャリア材料がパッドで覆われていない下側領域13やパッドで覆われているチャイルド安全シート(幼児用キャリア)の領域は、甲5発明1−1における「パッドで覆われるとともに子供を支持する背もたれ、座部と、からなるシート部分」及び「シート部分の外側(側部)」を構成する一部であるから、前記のとおり、これらの領域は本件発明1の「シートシェル」に相当し、当業者であれば、甲5発明1−1において、上記の具体的な示唆を踏まえて、運搬用ハンドルの固定領域11に換えて、キャリア材料がパッドで覆われていない下側領域13やパッドで覆われているチャイルド安全シート(幼児用キャリア)の領域、すなわち、「シートシェル」の外側にエネルギー吸収及び/又は伝達要素2を設けることにより、相違点Aに係る本件発明1のような構成と成すことは容易に想到し得るものと認められる。

本件審決の判断の誤りの有無
 本件発明1と甲5発明1−1の相違点Aに係る本件発明1の構成は容易に想到することができたから、本件発明1は、甲5発明1−1、甲5に記載された事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、本件審決が、本件発明1は、「甲5発明1−1、甲第5号証に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。」と判断したことは誤りである。したがって、取消事由1−1−3は理由がある。


第4 考察

 発明の進歩性の有無を判断する上では、本件発明の認定、引用文献に記載されている発明の認定、両者の間の一致点・相違点の認定が第一歩として大切になる。知財高裁は、本件特許の特許請求の範囲及び、明細書の記載からすれば、本件発明の要旨認定においてそもそも特許庁の解釈に間違いがある、として進歩性の存在を認めた特許庁審決を取り消した。
 実務の参考になるところがあると思われるので紹介した。

以上


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '22/10/31