審決取消請求事件(安否確認システム、受信機、安否確認)

解説 解説 審決取消請求事件の進歩性の判断(本願発明と引用発明との一致点の認定)において、特許庁による主引用発明と本願発明との一致点についての認定に誤りがある、として審決を取り消した事例。
(知的財産高等裁判所 令和2年(行ケ)第10128号審決取消請求事件 令和4年1月11日判決言渡)
 
第1 事案の概要

 原告は、特願2015−10655(発明の名称:安否確認システム、受信機、安否確認)の特許出願人である。原告が拒絶査定を受け、これに対する不服審判(不服2019−14345号)を請求したところ、特許庁は、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決(本件審決)を下し、原告が本件訴訟を提起した。
 本件審決を受けた本願発明は以下の通りである。
【請求項1】
 クラウド環境下における安否確認システムであって、
 クラウドを構成するサーバと、
 設置された施設及び前記施設内での設置箇所に係るID番号が予め前記サーバに登録され、点灯又は消灯する照明装置と、受信機と、を備え、
 前記受信機は、前記サーバが送信する管理画面情報を受信し、安否通知ルールの設定、変更及び追加する画面を表示し、
 前記サーバは、前記安否通知ルールの設定、変更及び追加の情報を登録し、前記照明装置は、点灯又は消灯に応じて前記ID番号が重畳された電波を発信する発信装置を備え、
 前記発信装置は、交換可能であり、
 前記サーバが、前記発信装置が発信する前記電波に重畳された前記ID番号に基づき、前記受信機の画面を介して登録された前記安否通知ルールに応じて、前記照明装置の点灯又は消灯に係る情報を見守り対象者の安否情報として見守り者の外部端末に通報することを特徴とする
 安否確認システム。
 本件審決は、本願発明は、特開2011−29778号公報(引用文献1)に記載された発明(引用発明)に対する関係で進歩性を欠くと判断した。
 原告が主張した取消事由は、「本願発明と引用発明との一致点の認定の誤り、相違点の看過」(取消事由1)、「照明装置の交換についての効果の判断の誤り」(取消事由2)、「相違点3及び4に関する容易想到性の判断の誤り」(取消事由3)である。
 本判決は、取消事由2及び3に係る原告の主張には理由がないが、取消事由1に係る原告の主張には理由があるとして本件審決を取り消した。
 ここでは取消事由1に係る判断部分を紹介する。


第2 判決

1 特許庁が不服2019−14345号について令和2年9月8日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。


第3 理由

(1)本願発明における「施設内での設置箇所に係るID番号」の技術的意義
 本願発明の内容に照らすと、本願発明においては、照明装置に備えられた発信装置が、「設置された施設及び前記施設内での設置箇所に係るID番号(が重畳された電波)」を発信し、ネットワーク経由で当該「ID番号」を受信したクラウドサーバが、当該「ID番号」に基づき、予め登録された安否通知ルールに応じて安否確認を行う。そして、本願明細書等の段落【0020】及び【図1】の記載も参照すると、「施設」とは「見守り対象者」の居宅を指し、「設置箇所」は当該居宅の中での個々の部屋(居間、トイレ、寝室等)を指すことを理解できる。
 そうすると、本願発明において「安否確認」という所期の作用効果を奏するためには、照明装置から発信される「ID番号」と、クラウドサーバに登録された「ID番号」とが、いずれも、照明装置の「設置箇所」を特定し得るID番号でなければならないし、また、照明装置から発信される「ID番号」と、クラウドサーバに登録される「ID番号」とは、これらを相互に対照することによって、どの「設置箇所」において異常が生じているかを検知可能にするものでなければならないと解される。
 以上によれば、本願発明は、照明装置が発信装置を備え、この発信装置から発信された「設置された施設及び前記施設内での設置箇所に係るID番号」(居間、トイレ、寝室等の各部屋を識別できる情報)に基づいて、照明装置の設置箇所(部屋)を識別し、この識別した設置箇所に応じた安否通知ルールに従って安否判定を行うものであり、安否判定に、照明装置の設置箇所(具体的には居間、トイレ、寝室等の各部屋)という位置情報を利用するものと認められる。

(2)引用発明における「検出部ID」の技術的意義
 上記認定に係る引用発明の「検出部ID」が、「電源タップ4」の住居内での設置箇所を識別するものであるか否かについて検討する。
 引用発明の「検出部ID」は、住居内で「電源タップ4」を一意に識別する符号であるものの、引用文献1には、前記「検出部ID」が「電源タップ4」の設置箇所を表す情報と関連するものであることは一切記載されていない。また、電源タップの一般的な使用形態を参酌すると、電源タップを住居内のどこに設置してどのような電気機器に接続するかは、当該電源タップを利用する者が任意に決められるものと解される。
 引用文献1では、「電源タップ4」に照明器具が接続される態様も開示されているものの(【図6】)、照明器具は、居間、トイレ、寝室等、住居内のあらゆる箇所で用いられるものであり、よって、当該照明器具に接続される電源タップの設置箇所も住居内のあらゆる場所が想定されるものであるから、「検出部ID」により「電源タップ4」を一意に識別しても、それは「電源タップ4」の識別にとどまるものであって、当該「電源タップ4」の設置箇所も識別できるとする根拠は見出せない。
 すなわち、「電源タップ4」の「検出部ID」から住居内の設置箇所を識別するためには、「検出部ID」と当該「電源タップ4」の住居内での設置箇所とを対応付けた何らかの付加的情報が必要である。「電源タップ4」の「検出部ID」という、電源タップを一意に識別する符号から、当該「電源タップ4」の設置箇所を識別することができる、と認めることはできない。

(3)以上によれば、引用発明の「検出部ID」は、「電源タップ4」の住居内での設置箇所を識別するものではないから、本願発明の位置情報のうち、住居内における設置箇所を特定する「内部管理ID番号」(具体的には居間、トイレ、寝室等の各部屋)とは技術的意義を異にする。
 それにもかかわらず、本件審決は、引用発明の「検出部ID」は本願発明の「内部管理ID番号」に相当するとして、「施設内での設置箇所に係るID番号」が安否確認に用いられることを一致点の認定に含めており、この認定には誤りがあるといわざるを得ない。その結果、本件審決は、原告の主張に係る相違点5を看過しており、上記一致点の認定誤りは本件審決の結論に影響を及ぼす誤りである。


第4 考察

 発明の進歩性の検討は、審査の対象になる本願発明を把握した上で、審査における調査でピックアップした先行技術文献の中から進歩性判断の論理付けに用いることに最も適した先行技術文献記載の発明を主引用発明とし、主引用発明と本願発明との一致点、相違点を認定するところから始まる。
 特許庁の審判官が3名で合議して行った主引用発明と本願発明との一致点についての認定に誤りがあるとされたものである。一致点の認定が間違っていれば、当然、相違点の認定を誤ることになり、主引用発明に基づく進歩性判断の論理付けに影響を及ぼすことは明らかである。
 発明の進歩性検討の第一歩として本願発明を把握し、主引用発明と本願発明との間の一致点、相違点を認定することの難しさ、大切さを認識させる判決である。
 実務の参考になるところがあると思われるので紹介した。

以上


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '23/02/10