特許取消決定取消請求事件(電子レンジ加熱食品用容器の製法)

解説 解説 特許取消決定取消請求事件の進歩性の判断(主引用文献、副引用文献に基づく容易想到性の論理付け)において、進歩性判断における論理付けの一形態が判決で示されている事例。
(知的財産高等裁判所 令和3年(行ケ)第10053号 特許取消決定取消請求事件 令和4年3月1日判決言渡)
 
第1 事案の概要

 原告は、発明の名称を「電子レンジ加熱食品用容器の製法」とする特許第6538225号(本件特許)の特許権者である。被告が、本件特許に対して特許異議申し立て(異議2019‐701049号)を行ったところ、特許庁は、原告が行った訂正を認めた上で、「特許第6538225号の請求項1に係る特許を取り消す。」との決定(本件決定)を下した。原告が、本件決定の取消しを求める本件訴訟を提起した。
 本件決定の要旨は、本件発明1は、引用文献1(特開平3‐114418号公報)に記載された発明(引用発明)、引用文献5(特開2004‐283871号公報)に記載された事項及び周知の事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件特許は特許法29条2項に違反してされたものであり、同法113条2号により取り消されるべきものであるというものである。
 ここでは、本件決定が認定した本件発明1と引用発明との間の相違点1についての容易想到性の判断部分のみを紹介する。
 本件決定が認定した本件発明1と引用発明の一致点及び相違点1は以下の通り。

(一致点)
 「電子レンジ加熱のための食品を収容する容器本体部と、前記容器本体部の開口部と嵌合する合成樹脂シートからなる蓋体部とを備えた蓋嵌合容器において、前記蓋体部の蓋面部には、前記容器本体部内に収容された食品から発生する水蒸気を外部に排気する孔を形成する、電子レンジ加熱食品用容器の製法。」である点。

(相違点1)
 本件発明1は、「蓋体部」を得るに際して、「前記蓋体部の蓋面部にレーザー光線の照射をオンして準備時間(t3)の経過により貫通孔を形成しその後の作業時間(t4)の経過により所定の長穴形状にまで拡張した後にレーザー光線の照射をオフにすることによって幅0.15〜1.0mmの排気長孔を複数穿設して排気長孔群からなる排気部を形成する」のに対し、
 引用発明は、「蓋」の「蓋面部」の「小孔」が、複数穿設することで「群」からなる「排気部」を形成する「長孔」であるとは特定されていないし、どのように形成するかも特定されていない点。


第2 判決

1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。


第3 理由

 本件訴訟において、原告は次のような主張を行っていた。
 本件発明1の解決課題及び技術思想と引用発明の解決課題及び技術思想は異なり、引用発明の「小孔」と本件発明1の「幅0.15〜1.0mmの排気長孔を複数穿設して排気長孔群からなる排気部」とは、その技術的意義を異にするから、引用発明から、「良好な水蒸気排気」と「異物混入抑制」とを一つの構成手段によって(異物混入防止のための部材を備えることなく、排気長孔群からなる排気部だけで)実現するという本件発明1の解決課題は生じ得ない、
 引用発明に引用文献5記載の技術を組み合わせて適用しても「幅0.15〜1.0mmの排気長孔を複数穿設して排気長孔群からなる排気部」の構成(相違点1に係る本件発明1の構成)を得ることができないから、当業者が、引用発明において、相違点1に係る本件発明1の構成とすることを容易に想到することができたものといえない。
裁判所の判断(相違点1の容易想到性について)
 引用文献1には、請求項1記載の「電子レンジで加熱調理するための即席食品入り容器」の実施例(実施例1)として、上方開放部の径が120mm、内部底面の径が105mmの容器本体2とその上方開方部を覆う蓋3とから構成される容器内に乾燥即席食品4が収容され、蓋3には直径3.2mmの円形の開孔9が、蓋3の中央を中心として放射状に8個設けられ、その開孔率が容器本体2の上方開放部の面積の0.57%である構成を有する即席食品入り容器の記載がある。
 そして、引用文献1に・・・との記載があることに照らすと、実施例1の即席食品入り容器の「蓋3の中央を中心として放射状に8個設けられた直径3.2mmの円形の開孔9」は、「容器内の異常な圧力の上昇を防ぐとともに、容器内の蒸気密度及び雰囲気温度を高く保ち、これにより即席食品を良好かつ短時間で復元調理できるように」するために容器の蓋に設けられた「小孔」に相当するものと理解できる。
 また、この「小孔」(開孔9)の開孔面積は1個当たり約8.03mm2(1.6mm×1.6mm×3.14)であるから、その開孔面積の合計は、約64.24mm2(8.03mm2×8)となることを読み取ることができる。
 加えて、引用文献1には、実施例1の即席食品入り容器において、「小孔」(開孔9)を被覆又は包皮する部材を備えることを示す記載はないから、このような部材を備えていないものと理解できる。
 一方で、引用文献1には、即席食品入り容器の蓋に設ける「小孔」の形状を特定の形状に限定する記載や示唆はなく、また、「小孔」を形成する具体的な方法についての記載や示唆もない。
 引用文献5には、プラスチック構造体に短径と長径とを有する連結孔部としての貫通孔である「小孔」を複数形成する方法として、幅200μm以下のレーザーを照射して貫通孔を形成し、そのレーザーを照射方向と垂直な方向に移動させながら、照射することによって上記形状の「小孔」を複数形成する方法が記載されていることが認められる。
 そして、レーザー加工がレーザー照射によりプラスチックを溶融させて加工するものである以上、貫通するまでに所定の時間(本件発明1の準備時間(t3)に相当)レーザーを照射すること、目標とする形状に加工が完了するまでの間(本件発明1の作業時間(t4)に相当)、レーザーの照射を継続すること、複数の小孔を作成する際、次のラインの小孔の形成に移る間はレーザーの照射をオフにすることは、いずれも自明であるといえる。
 引用文献1には、即席食品入り容器の蓋に設ける「小孔」の形状を特定の形状に限定する記載や示唆はなく、また、「小孔」を形成する具体的な方法についての記載や示唆もないのに対し、
 引用文献5には、「本発明」の課題は、プラスチックに、微小孔部を容易に形成することができるプラスチック構造体の製造方法を提供することにあるとの記載があること、
 電子レンジ加熱食品用容器において、加熱時に発生する水蒸気を逃すために設ける孔をいかなる形状にし、どの程度設けるかは、当業者が水蒸気の排出量を勘案して適宜選択する設計的事項であること、
 引用文献1記載の実施例1の即席食品入り容器の「小孔」(開孔9)の開孔面積は1個当たり約8.03mm2で、その開孔面積の合計は約64.24mm2(8.03mm2×8)であることに鑑みると、
 引用文献1及び5に接した当業者においては、引用文献1の実施例1記載の即席食品入り容器内に収容された食品から発生する水蒸気を外部に排出するため、蓋に設けられた8個の円形の「小孔」について、その形状を「長孔」とし、これを形成するために、プラスチック構造体に対するレーザー照射による加工方法である、引用文献5に開示された幅が200μm以下である貫通孔を形成する加工方法を採用して、開孔面積の合計が約64.24mm2となるように、その「長孔」の幅を200μm以下(0.2mm以下)に設定することを試みる動機付けがあるものと認められるから、上記「小孔」を「幅0.15〜1.0mm」の数値範囲の「排気長孔を複数穿設して排気長孔群からなる排気部」の構成とすることを容易に想到することができたものと認められる。
 したがって、当業者は、引用文献1及び5に基づいて、引用発明において、相違点1に係る本件発明1の構成とすることを容易に想到することができたものと認められる。


第4 考察

 進歩性の判断では、主引用発明から出発して、当業者が請求項に係る発明に容易に到達する論理付けができるか否かが検討される。進歩性判断における論理付けの一形態が本判決で示されている。
 実務の参考になるところがあると思われるので紹介した。

以上


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '23/03/15