審決取消請求事件(足裏マット、中敷き、及び靴)

解説 解説 特許庁が本願発明は当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許を受けることができないとした審決に対する審決取消請求事件の進歩性の判断(容易想到性の論理付け)において、知財高裁が引用文献の記載を詳細に検討した上で、原告主張の取消理由をすべて退けた事例。
(知的財産高等裁判所 令和4年(行ケ)第10094号 審決取消請求事件
判決言渡 令和5年5月16日)
 
第1 事案の概要

 原告は、発明の名称を「足裏マット、中敷き、及び靴」とする発明についての特許出願(特願2020‐90145号)(本件特許出願)の出願人である。
 本件特許出願に拒絶査定を受け、原告が拒絶査定不服審判を請求したところ、特許庁は、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決(本件審決)を下した。原告が「特許庁が不服2021‐4401号事件について令和4年7月20日にした審決を取り消す。」と請求する本件訴訟に臨み、知財高裁が、原告の請求を棄却したものである。
 争点は、進歩性の判断の誤りの有無である。本件審決は「本願発明は、特許第6617308号公報(甲1)に記載された発明(引用発明)及び、甲2(実願昭63‐155106号(実開平2‐74903号)のマイクロフィルム)に記載の事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により、特許を受けることができない。」としていた。


第2 判決

1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。


第3 理由

 本願発明と引用発明を対比すると、本件審決が認定した一致点並びに相違点2が存在すると認められる。
 なお、本願発明と引用発明との間に相違点1が存在することが本件審決で認定されているが、本件審決で実質的な相違点ではないと判断され、この点について原告は争っておらず、本願発明の進歩性の有無は、専ら相違点2についての本願発明の構成が当業者において容易に想到し得たか否かによって決まるというべきとされている。

(一致点)
 「足の裏面が位置する足裏マットと、前記足裏マットに取り付けられる前坪とを備えた中敷きであって、
 前記足裏マットは、少なくとも足の5趾間の各趾股が位置する領域から当該足裏マットにおける足指側先端までの範囲内の領域である先端領域に、前記前坪を取り付けるための貫通孔である前坪取付孔を複数有し、
 前記前坪取付孔は、少なくともいずれかの趾股が位置し得る範囲において、足の長さ方向に複数設けられており、
 前記前坪には、雄雌構造の雄部及び雌部の一方が設けられ、前記前坪を着脱自在に取り付けるための取付部材には、前記雄雌構造の前記雄部及び雌部の他方が設けられ、前記前坪と前記取付部材とは、前記いずれかの前記趾股が位置し得る範囲における複数の前記前坪取付孔のうちの一つを通して前記雄雌構造の前記雄部及び雌部により雄雌結合される中敷き。」である点。

(相違点2)
 前坪取付孔に関し、本願発明は、「少なくともいずれかの趾股が位置する周囲の領域において、足の長さ方向及び足の幅方向にそれぞれ複数有する」のに対し、引用発明は、第1趾と第2趾の間の趾股内に位置する前坪14Aの取付け位置において、中敷き本体4Aの前後方向に複数設けられているものの、足の幅方向に複数有したものとはいえない点。

裁判所の判断:相違点2に係る本願発明の構成の容易想到性
 判決では甲1の記載を詳細に検討して次のように認定を行った。

  • 引用発明を含む甲1に記載の発明は、従来の趾股ブリッジにおける位置が不安定であったという問題点を解決することを目的の一つとするものであるといえる。
  • 引用発明を含む甲1に記載の発明については、前坪の位置を個人の足に合わせて適切に調節する方法に係るものであって、複数の挿通開口を有する形態である引用発明においても、複数の挿通開口は、前坪の位置を個人の足に合わせて適切に調節するための構成であるといえる。
  • 前坪が中敷き本体に着脱自在に取り付けることで、前坪の位置をより柔軟に調節することが可能であることも示されているといえる。
 したがって、甲1に接した当業者において、前坪の位置を個人の足に合わせて適切に調節するという課題を考慮することは、明らかであるといえる。
 判決では、次に、甲2の記載を詳細に検討して次のように認定を行った。
  • 甲2には、本件審決が認定した、靴中底に、突起具3を取り付けるための差し込み穴2が前後左右に平面的に広がって複数設けられていることが記載されているといえる。
  • 本件審決が認定した甲2技術(靴中底に、足の指間等で支える突起具を取り付けるための差し込み穴を前後左右に平面的に広がって複数設けることにより、靴及び足の寸法や形に合わせて使用できる足先靴擦れ疲れ防止具)が甲2に記載されていると認められる。
  • この点、甲2技術についても、足の指間等で突起具を支えることによって、足先と靴との摩擦が生じなくなるよう、靴及び足の寸法や形に合わせ、突起具を適切な位置に調節するとの技術思想が示されているといえる。
 足指等の形状、長さ、幅などに個人差があることは、公知の事実であって、趾股の位置について、前後方向だけでなく左右方向にも個人差があることは、技術常識であると認められる(甲3の1(特開2004‐305405号公報)、甲3の2(登録実用新案第3111466号公報))。
 さらに、靴を履いて歩行する際に、靴や足の寸法や形状、進行方向や路面の状況等により、靴の内部で、足が前後方向のみならず、左右方向にも一定の範囲で移動し得ること、その際、移動方向は、前後方向又は左右方向に明確に区別されるものではなく、斜め方向を含めて足が移動することも考え得るところである。
 以上によると、甲1に接した当業者において、引用発明について、上述した技術常識等を踏まえ、前坪の位置を個人の足に合わせてより適切に調節するため、突起具を適切な位置に調節するとの技術思想に係る甲2技術を適用して、第1趾と第2趾の間の趾股内に位置する前坪14Aの取付け位置において、中敷き本体4Aの前後方向のみならず、左右方向にも前坪取付孔を複数有する構成とすることは、容易に想到し得たものというべきである。
 相違点2は、引用発明に甲2技術を適用することによって、当業者が容易に想到し得たものである。


第4 考察

 原告は、相違点2の構成が甲2には開示されていない、引用発明に甲2の記載事項を適用する動機付けがない、阻害要因に関する本件審決の認定の不当性、予測できない顕著な効果に関する本件審決の認定の不当性を審決取消理由として主張したが、知財高裁は、引用文献(甲1、甲2)の記載を詳細に検討した上で、原告主張の取消理由をすべて退けた。

以上


〔戻る〕
鈴木正次特許事務所

最終更新日 '24/09/23