審決取消請求事件(熱伝導性ワイヤ編物を用いた熱交換装置)

解説 解説 審決取消請求事件における進歩性の判断(顕著な効果)において、本願発明の効果は本願発明の構成から予測し得る程度のものであり、当業者の予測し得ない顕著ないし異質な効果と認めることはできないと判断された事例。
(知的財産高等裁判所 令和4年(行ケ)第10131号 審決取消請求事件
判決言渡 令和5年11月15日)
 
第1 事案の概要

 原告は、発明の名称を「熱伝導性ワイヤ編物を用いた熱交換装置」とする特許出願(特願2018‐513846)(本願)の出願人である。本願の審査で拒絶査定を受けた原告が拒絶査定不服審判(不服2020‐16608)請求したところ、特許庁は、「本件審判の請求は、成り立たない。」とする審決(本件審決)を下し、原告が取消訴訟に臨んだ。
 本件審決の理由の要旨は、本願の請求項1に係る発明(本願発明)は、甲1(特開2015-85921号公報)に記載された発明(引用発明)及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである、というものである。
 ここでは、原告が主張した取消事由2(容易想到性の判断の誤り)に関する知財高裁の判断部分のみを紹介する。


第2 判決

1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。


第3 理由

<本願発明>

本願発明は以下の通りである。
「熱伝導性ワイヤで編まれた熱伝導性編物を含み、前記熱伝導性ワイヤの直径dは、0.01mm≦d≦2mmであり(構成A)、
 前記熱伝導性編物は金属枠を含み、前記熱伝導性編物の金属枠が鋳造又は溶接により形成され(構成B)、
 放熱又は吸熱を必要とするデバイスは溶接、熱伝導性接着又は鋳込により前記熱伝導性編物の金属枠に接続され(構成C)、
 かつ、前記デバイスと熱伝導性編物の熱伝導性ワイヤとの間で熱を効果的に伝導することを保証し(構成D)、
 熱が熱伝導性編物の熱伝導性ワイヤで伝導され、熱伝導性ワイヤの表面により空気又は他の流体を加熱又は冷却し、対流により放熱又は吸熱を実現し(構成E)、
 放熱を必要とする前記デバイスにより生成された熱を、最短の距離で最大の放熱面に迅速に伝導することができ(構成F)、
 熱交換の他方の面、つまり吸熱も全く同様であることを特徴とする(構成G)
 熱伝導性ワイヤ編物を用いた熱交換装置(構成H)。」

<本件審決が認定した相違点1、2>
(相違点1)
 形状保持部材が、本願発明は「金属枠」であり、「金属枠が鋳造又は溶接により形成され」ているのに対して、引用発明の「固定部材11」は、可撓導体線の輪の中央部を挟むものであるが、材質や形成方法などが特定されてない点。
(相違点2)
 本願発明は「放熱又は吸熱を必要とするデバイスは、溶接、熱伝導性接着又は鋳込により前記熱伝導性編物の金属枠に接続され」ているの対して、引用発明は「LED基板7とLEDチップ8を有」する「ヒートパイプ4」は「ヒートシンク5中央部を貫く連結部材10とそれを固定する固定部材11でヒートシンク5に固定され」る点。

取消事由2−1(相違点1の容易想到性の判断の誤り)
 構成B(前記熱伝導性編物は金属枠を含み、前記熱伝導性編物の金属枠が鋳造又は溶接により形成され)に関し本願発明と引用発明を比較すると、引用発明の「固定部材11」は金属製であるとは特定されていない点及び引用発明では「可撓導体6」の「固定部材11」が「鋳造又は溶接により形成」されていない点で本願発明と相違する。
 上記相違点について検討すると、引用発明における「固定部材11」は「発熱部を有するヒートパイプ4」と「放熱機能を持つヒートシンク5」とを接続する部材の一つであり、熱伝導性が高い方が好ましいことは当業者が容易に察知し得ることであり、金属が熱伝導性に優れた材料であることは当業者の技術常識であるから、「固定部材11」の材料として金属を選択することは当業者が通常行う材料選択であるといえる。
 また、金属を用いた部材の形成において鋳造又は溶接により一体に形成することも通常行われることであるから、引用発明において、金属製の「固定部材11」を鋳造又は溶接により「可撓導体6」と一体化した構成とし、上記相違点に係る構成、すなわち「前記熱伝導性編物の金属枠が鋳造又は溶接により形成され」た構成とすることは、当業者が適宜なし得たことである。
 したがって、本件審決において相違点1に係る構成は容易想到であると判断した点に誤りはない。

取消事由2−2(相違点2の容易想到性の判断の誤り)
 引用発明は、「形状保持部材(枠)」である「固定部材11」が金属であると特定されていない点、及び、「溶接、熱伝導性接着又は鋳込により」接続されることが特定されていない点で本願発明と相違する。
 しかしながら、上記のとおり、「固定部材11」の材料を金属とすることは当業者が通常行うことである。また、放熱を必要とするデバイスとヒートシンクの接続に、溶接、熱伝導性接着又は鋳込を用いることは周知技術であるといえ、引用発明における「発熱部を有するヒートパイプ」と「ヒートシンク」との接続構造に上記周知技術を適用し、相違点2に係る構成とすることは、当業者が適宜なし得たことである。
 したがって、本件審決において相違点2に係る構成を容易想到であると判断した点に誤りはない。

取消事由2−3(予測できない顕著な効果)
 原告は、本願発明は、厳格な数学理論の導出及び大量の実験データの重複な証明によって導き出されたものであり、本願発明では、放熱部の温度上昇は数十分の1、数百分の1に圧縮することができ、引用発明や従来技術では解決することができなかった大パワーLEDのようなデバイスのボトルネック問題である放熱問題が完璧に解決されるものであるから、引用発明及び周知技術の奏する作用効果から予測される以上の格別顕著な効果を奏する旨を主張する。
 上記主張につき検討すると、本願明細書において本願発明の効果に関係する記載として、【0020】の「放熱器の重量と体積は、少なくとも90%以上減少させる」、【0038】の「LEDチップの放熱面(裏面)の温度上昇は25℃ 〜28℃」、【0041】の「LEDチップの放熱面(裏面)の温度上昇は25℃よりも小さい。」との記載はあるものの、原告の上記主張に沿うような、大量の実験データの記載や、放熱部の温度上昇の圧縮の定量的な記載は見られない。
 そして、上記各記載は、本願発明の効果を示唆する記載ではあるものの、【0020】は具体例に基づくものではなく、【0038】、【0041】は改善の程度が不明であるから、本願発明の構成から予測し得ない顕著ないし異質な効果が得られたことの説明とはいえない。
 そうすると、本願発明の効果は、本願発明の構成から予測し得る程度のものであり、当業者の予測し得ない顕著ないし異質な効果と認めることはできない。よって、本件審決の判断に誤りはない。


第4 考察

 特許審査基準では、「(i) 請求項に係る発明が、引用発明の有する効果とは異質な効果を有し、この効果が出願時の技術水準から当業者が予測することができたものではない場合、又は、(ii) 請求項に係る発明が、引用発明の有する効果と同質の効果であるが、際だって優れた効果を有し、この効果が出願時の技術水準から当業者が予測することができたものではない場合であって、引用発明と比較した請求項に係る発明の有利な効果が、技術水準から予測される範囲を超えた顕著なものであることは、進歩性が肯定される方向に働く有力な事情になる」とされている。
 本判決では、「本願発明の効果は、本願発明の構成から予測し得る程度のものであり、当業者の予測し得ない顕著ないし異質な効果と認めることはできない」と判断された。
 実務の参考になるところがあると思われるので紹介した。

以上


〔戻る〕
鈴木正次特許事務所

最終更新日 '24/10/07