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第1 事案の概要 |
被告は、発明の名称を「電鋳管の製造方法及び電鋳管」とする特許第3889689号(請求項の数:9)(本件特許)の特許権者である。
原告が本件特許の請求項1、5、6及び9に係る発明について特許無効審判(無効2019‐800099号)を請求したところ、特許庁は本件特許の請求項1、5、6及び9に係る発明についての特許を無効にするとの審決の予告を行い、被告は、本件特許の請求項5及び9に係る特許請求の範囲を訂正する訂正請求を行った。
特許庁は、「特許第3889689号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項5及び9について訂正することを認める。特許第3889689号の請求項1、5、6及び9に係る発明についての審判請求は、成り立たない。」との審決(本件審決)をし、原告が、本件審決の取消しを求めて本件訴えを提起した。
知財高裁は、製造方法の発明に係る請求項1、5については原告の請求を棄却した本件審決を維持し、プロダクト・バイ・プロセス・クレームである請求項6及びこれを引用する請求項9に係る部分については原告の請求を棄却した本件審決を取り消した。ここでは、プロダクト・バイ・プロセス・クレーム(請求項6及び9)について原告の請求を棄却した本件審決と、本件審決を取り消した本件判決の判断部分についてのみ紹介する。
特許請求の範囲の請求項6の発明(本件発明6)は以下の通りである。
<請求項6>
外周面に電着物または囲繞物とは異なる材質の金属の導電層を設けた細線材の周りに電鋳により電着物または囲繞物を形成し、前記細線材の一方または両方を引っ張って断面積を小さくなるよう変形させ、前記変形させた細線材と前記導電層の間に隙間を形成して前記変形させた細線材を引き抜いて、前記電着物または前記囲繞物の内側に前記導電層を残したまま細線材を除去して製造される電鋳管であって、
前記導電層は、前記電着物または前記囲繞物より電気伝導率が高いものとし、 前記細線材を除去して形成される中空部の内形状が断面円形状又は断面多角形状であって、前記電着物または前記囲繞物の肉厚が5μm以上50μm以下であることを特徴とする、
電鋳管。
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第2 判決 |
1 特許庁が無効2019‐800099号事件について令和3年10月18日にした審決中、請求項6及び9に係る部分を取り消す。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用はこれを2分し、その1を原告の、その余を被告の各負担とする。
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第3 理由 |
(1)本件審決
本件審決の理由の要旨は以下のとおりである。
「本件明細書の記載を踏まえると、『細線材を一方または両方から引っ張って断面積が小さくなるように変形させて、細線材と電着物または囲繞物の間に隙間を形成し、掴んで引っ張る』との抜き取り方法に関する記載は、電鋳管がコンタクトプローブ用の管等として使用可能な程度の内面精度を有しているとの構造又は特性を表していると解釈することができる。
上記内面精度の構造又は特性を、どのように直接特定すれば的確に表現できそうであるかを想定することができないし、かつ、本件発明の出願時において、これら構造又は特性を的確に直接特定することが一般に知られていたとも認められないから、当該電鋳管をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか、又はおよそ実際的でない事情が存在したともいえる。そうすると、本件発明6の物の製造方法を特定する記載により、発明の内容が不明確になるとはいえない。」
(2)本件判決
本件発明6について明確性要件を充足しないとして本件審決を取り消した本件判決の理由は次のとおりである。なお、審決取消訴訟の審理過程で、被告特許権者は、不可能・非実際的事情が存しないことを認めている。
「物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合において、特許請求の範囲の記載が特許法36条6項2号にいう『発明が明確であること』という要件に適合するといえるのは、出願時において当該物をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか、又はおよそ実際的でないという事情が存在するときに限られる(最高裁判所平成24年(受)第1204号同27年6月5日第二小法廷判決・民集69巻4号700頁)。
もっとも、上記のように解釈される趣旨は、物の発明について、その特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合(プロダクト・バイ・プロセス・クレーム)、当該発明の技術的範囲は当該製造方法により製造された物と構造、特性等が同一である物として確定されるところ(前掲最高裁判決)、一般的には、当該製造方法が当該物のどのような構造又は特性を表しているのか、又は物の発明であってもその発明の技術的範囲を当該製造方法により製造された物に限定しているか不明であり、特許請求の範囲等の記載を読む者において、当該発明の内容を明確に理解することができず、権利者がその範囲において独占権を有するのかについて予測可能性を奪う結果となり、第三者の利益が不当に害されることが生じかねないところにある。
そうすると、物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合であっても、上記一般的な場合と異なり、出願時において当該製造方法により製造される物がどのような構造又は特性を表しているのかが、特許請求の範囲、明細書、図面の記載や技術常識より一義的に明らかな場合には、第三者の利益が不当に害されることはないから、不可能・非実際的事情がないとしても、明確性要件違反には当たらないと解される。」
「特許請求の範囲の記載から本件発明6の製造方法により製造された電鋳管の内面精度が明らかでないことはいうまでもなく、また、本件明細書には、本件発明6の製造方法により製造された電鋳管の内面精度について、何ら記載も示唆もされていない。
そして、本件明細書には、細線材を除去する方法として、@電着物等を加熱して熱膨張させ、又は細線材を冷却して収縮させることにより、電着物等と細線材の間に隙間を形成する方法、A液中に浸して又は液をかけることにより、細線材と電着物等が接触している箇所を滑りやすくする方法、B一方又は両方から引っ張って断面積が小さくなるように変形させて、細線材と電着物等の間に隙間を形成したりして、掴んで引っ張るか、吸引するか、物理的に押し遣るか、気体又は液体を噴出して押し遣る方法、C熱又は溶剤で溶かす方法が記載されているが、これらの方法と、製造される電鋳管の内面精度との技術的関係についても一切記載がなく、ましてや、本件発明6の製造方法(上記Bの方法に含まれる。)が、他の方法で製造された電鋳管とは異なる特定の内面精度を意味することについてすら何ら記載も示唆もない。さらに、上記各方法により内面精度の相違が生じるかについての技術常識が存在したとも認められない。
そうすると、本件発明6の製造方法により製造された電鋳管の構造又は特性が一義的に明らかであるとはいえない。」
「以上のとおりであるから、本件発明6が明確であるといえるためには、本件出願時において、本件発明6の電鋳管をその構造又は特性により直接特定することについて不可能・非実際的事情が存在するときに限られるところ、被告はこのような事情が存在しないことは認めている。」
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第4 考察 |
特許庁は、プロダクト・バイ・プロセス・クレーム(物の発明についての請求項にその物の製造方法が記載されている場合)に関する最高裁判決(平成24年(受)1204号、同2658号)の判示内容を踏まえて、「物の発明についての請求項にその物の製造方法が記載されている場合は、審査官が『不可能・非実際的事情(=出願時において当該物をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか、又はおよそ実際的でないという事情)』があると判断できるときを除き、当該物の発明は不明確であるという拒絶理由を通知」することにしている。
プロダクト・バイ・プロセス・クレームについて明確性要件(特許法36条6項2号)が満たされているとした特許庁審決が知財高裁で取り消されたものである。実務の参考になるところがあると思われるので紹介した。
以上
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