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第1 事案の概要 |
原告は発明の名称を「防眩フィルム」とする特許第6721794号(本件特許)の特許権者である。本件特許に対する特許異議申立て事件(異議2021-700030号)において、特許庁は、特許権者が行った訂正を認めた上で、訂正後の各請求項に係る発明は進歩性要件を充足していない、また、実施可能要件、サポート要件及び明確性要件が充足されていないとして「特許を取り消す。」との異議の決定(本件決定)を行った。原告が本件決定の取消しを求めて本件訴訟を提起し、知財高裁は、これらの要件はいずれも充足されているとして本件決定を取り消した。
ここでは、特許庁が進歩性欠如とした一方で、知財高裁が進歩性を有すると判断した訂正後の請求項1に係る発明(本件発明)の進歩性判断に関する部分のみを紹介する。
訂正後の請求項1に係る発明は次のとおりである。
「ヘイズ値が60%以上95%以下の範囲の値であり、内部ヘイズ値が0.5%以上8.0%以下の範囲の値であり、且つ、画素密度が441ppiである有機ELディスプレイの表面に装着した状態において、8ビット階調表示で且つ平均輝度が170階調のグレースケール画像として画像データが得られるように調整したときの前記ディスプレイの輝度分布の標準偏差が、0以上10以下の値である防眩層を備える、防眩フィルム。」
ヘイズ値とは、全透過光に対する拡散光の割合のことである。
本件決定は、引用例1(特開2009-244465号公報)に記載された発明(引用発明)と本件発明との間の「相違点1-1」を「『防眩層』が、本件発明は、『内部ヘイズ値が0.5%以上8.0%以下の範囲の値であ』るのに対して、引用発明は、『内部ヘイズ値』が分からない点」と認定した。その上で、相違点1-1について「引用例2(特開2015-172837号公報)には、ヘイズ値が60%でギラツキが防止された、防眩性を有する光学シートで、内部ヘイズは5〜30%であることが好ましいことが記載されているから、ヘイズが60%の引用発明の内部ヘイズを5%とすることは容易である」とした。
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第2 判決 |
1 特許庁が異議2021-700030号事件について令和4年3月14日にした異議の決定を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
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第3 理由 |
引用例2は、解像度の低下を招く可能性のある内部へイズに頼ることなくギラツキを防止することについて、表面凹凸の割合、及び、概ね傾斜角5度以上の領域を示す表面ヘイズを特定の範囲とすることにより、ギラツキを防止するとともに超高精細の表示素子の解像度の低下を防止できること(引用例2の段落【0008】)、大き過ぎずかつ小さ過ぎない範囲の表面ヘイズを有することで、凹凸形状の中に、傾斜角度の小さい凹凸と、傾斜角度の大きい凹凸とが混在し、凹凸内に様々な傾斜角が存在することにより、ギラツキをより防止しやすくできること(引用例2の段落【0025】)を開示し、上記の大き過ぎずかつ小さ過ぎない範囲の表面ヘイズの数値範囲として、表面へイズが22ないし40%であることと、強度比が1.0以上4.0以下の光学シートを用いることが記載され、また、表面へイズが40%を超える場合は解像度が低下してしまうことも記載されている(引用例2の段落【0026】)。
そして、強度比を規定するとともに、表面ヘイズを規定することにより、凹凸の程度(表面拡散要素)をより具体的に表すことが記載されており(引用例2の段落【0029】)、表面ヘイズの値は、ギラツキと技術的に一体不可分である凹凸の形状を規定するものであるから、引用例2の記載は、表面ヘイズ値と切り離してギラツキを調整することを示唆するものと解することはできない。
そうすると、引用例2の「内部へイズは、5〜30%であることが好ましく、5〜25%であることがより好ましく、10〜18%であることがさらに好ましい。内部ヘイズを5%以上とすることにより、表面凹凸との相乗作用によりギラツキを防止しやすくでき、30%以下とすることにより、超高精細の表示素子の解像度の低下を防止できる。」(引用例2の段落【0035】)という記載を根拠として、引用例2が、表面ヘイズ値と切り離して内部ヘイズ値を5%程度に調整することによりバラツキを調整することを示唆しているということはできない。
そして、引用例2に、光学シートの表面ヘイズが22ないし40%で あり、(全体の)ヘイズが25ないし60%であることが好ましいと記載されている一方で(引用例2の段落【0035】)、引用発明の(全体の)ヘイズ値は60%であり、また、引用例1には、防眩性ハードコートフィルムは、(全体の)ヘイズ値が60%以上であるとされているから(引用例1の段落【0005】及び【0042】)、引用発明と引用例2の(全体の)ヘイズ値が共通するのは、60%の(全体の)ヘイズ値を有する場合である。本件発明においては、(全体の)ヘイズ値から内部ヘイズ値を差し引いた値が外部ヘイズ値(表面ヘイズ値)に相当するから(段落【0025】)、(全体の)ヘイズ値が60%である引用発明について、 表面ヘイズの値が22ないし40%である光学シートが記載された引用例2が、内部ヘイズ値として示唆するのは、60%の(全体の)ヘイズ値のときに取り得る20ないし38%(60%−40%=20%と、60%−22%=38%の間)の内部ヘイズ値である。そうすると、引用発明に引用例2を組み合わせても、内部ヘイズ値を20%よりも小さい値とすることを当業者が容易に想到することはできない。
なお、周知文献A1(特開2015-172835号公報)も、「内部へイズは、5〜30%であることが好ましく」と記載されているものの、他方で、「表面へイズは20〜50%であることが好ましく」とも記載されているから(周知文献A1の段落【0029】)、表面ヘイズ値と切り離してギラツキを調整することを示唆するものではない。
被告は、防眩フィルムにおいて、表示素子の解像度の低下を防?することは周知の課題であるから、ヘイズ値が60%の引用発明においても、表示素子の解像度の低下を防止する観点から、内部ヘイズ値を5%に設定することは、当業者にとり動機付けがある旨主張し、また、引用例2(段落【0035】)や周知文献A1(段落【0029】)の記載に接した当業者であれば、光学シートに関し、内部ヘイズ値を5%以上とすることにより、表面凹凸との相乗作?によりギラツキを防?しつつ、30%以下とすることにより、超高精細の表示素子の解像度の低下を防止できることを当然に理解できる旨主張する。
しかし、引用例2や周知文献A1は、表面ヘイズ値と切り離してギラツキを調整することを示唆するものではないから、被告の上記主張は採用することができない。
引用発明に引用例2を組み合わせても、内部ヘイズ値を20%よりも小さい値とすることを当業者が容易に想到することはできず、内部ヘイズ値が0.5%以上8.0%以下の範囲であるという、本件発明の相違点1-1に係る構成を当業者が容易に想到することもできない。その他に、本件発明の相違点1-1に係る構成を当業者が容易に想到することができたことを認めるに足りる証拠はない。そうすると、本件発明は、引用発明、引用例2ないし5に記載された技術ないし周知の技術的事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。
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第4 考察 |
特許庁は、主引用文献記載の発明に副引用文献記載の発明を組み合わせることで本件発明に容易に想到し得ると論理付けたが、知財高裁は、副引用文献の記載に基づけば、そのような論理付けはできないと判断した。
実務の参考になるところがあると思われるので紹介した。
以上
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