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第1 事案の概要 |
原告が特許権者である特許第6674704号(本件特許)(発明の名称:ガス系消火設備)に対する特許異議申立(異議2020‐700740号事件)で、特許庁は、本件特許の請求項1に係る特許を取り消すとの決定(本件決定)を下し、原告が、本件特許の「請求項1に係る特許を取り消す。」との部分の取消しを求める本件訴訟を提起した。
本件決定の要旨は、本件特許の請求項1記載の発明(本件発明)は、甲1(「不活性ガス消火設備設計・工事基準書〔第2版〕」一般社団法人日本消火装置工業会、平成25年5月)に記載された発明(甲1発明)、国際公開第2007/032764号及びその訳文に記載された技術的事項(甲2技術的事項)及び周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件発明に係る特許は特許法29条2項に違反してされたものであり、同法113条2号により取り消されるべきものであるというものである。
知財高裁は、本件決定における容易想到性の判断には誤りがあるとして、本件決定を取り消した。
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第2 判決 |
1 特許庁が異議2020‐700740号事件について令和3年12月21日にした決定のうち、「特許第6674704号の請求項1に係る特許を取り消す。」との部分を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
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第3 理由 |
甲1には、窒素消火設備の構成例として、貯蔵容器室に設置された複数の「容器弁」付き窒素ガス貯蔵容器が記載され、貯蔵容器の本数(N)は、必要消火剤量W(m3)を貯蔵容器1本当たりの充てん量で除して得られる本数であることの記載がある。
一方で、甲1には、各貯蔵容器の容器弁の開弁時期や、一つの貯蔵容器と別の貯蔵容器とから放出される窒素ガスのピーク圧力が重なることを防止して防護区画へ窒素ガスが導入されることについて記載や示唆はない。
甲2には、甲2技術的事項(「不活性ガスが含有された複数の高圧不活性ガス貯蔵シリンダー12a〜12cと、ガスシリンダー12aと12bとの間の配管40に沿って配置されたラプチャーディスク16aと、ガスシリンダー12bと12cとの間の配管40に沿って配置されたラプチャーディスク16bと、不活性ガスを、データセンター及びコンピュータルーム等の貴重な機器又はコンポーネントを含む保護された部屋14に放出する供給ライン24及び排出ノズル26と、過剰な圧力を防ぐために、保護された部屋14に設けられた通気孔と、を備えた、火災危険抑制システム10において、配管40と供給ライン24との間に配置されたメインバルブ22と、ガスシリンダー12aと12bとの間の配管40に沿って配置されたラプチャーディスク16aと、ガスシリンダー12bと12cとの間の配管40に沿って配置されたラプチャーディスク16bの開放時間をずらすことで、シリンダー12aからのガスの供給を開始する時点と、シリンダー12bからのガスの供給を開始する時点と、シリンダー12cからのガスの供給を開始する時点とをずらした結果として、不活性ガスが、過剰圧力がかからないように制御された速度で、保護された部屋14に順次放出されること。」)が記載されていることが認められる。
しかるところ、甲2技術的事項の「ラプチャーディスク」は、配管等の内部のあらかじめ決められた圧力により動作(破裂)し、一旦動作(破裂)した後は再閉鎖されない、使い捨ての部材(甲21ないし23)であり、弁が繰り返し開閉する「容器弁」とは、動作及び機能が異なるものである。
そして、甲2の記載事項によれば、甲2には、@甲2記載の火災危険抑制システムは、複数(第1及び第2)のガスシリンダー間にラプチャーディスクを取り付け、第1のガスシリンダー内のガスが保護された部屋(密閉された部屋)に放出されて第1のガスシリンダー内の残存ガスのレベルが低下すると、第1及び第2のガスシリンダー間の圧力差で、ラプチャーディスクが破裂して第2のガスシリンダー内のガスが保護された部屋に放出され、このように複数のガスシリンダーからそれぞれ順次ガスが放出されることによって、保護された部屋の過圧を防止できること、A保護された部屋の大きさ、ガスシリンダーの容積、及びその他の要因によって、必要に応じてより多くのガスシリンダー及びラプチャーディスクを使用して、閉鎖された部屋(保護された部屋)を適切に保護することができることの開示があることが認められる。
一方で、甲2には、バルブの開閉によりガスシリンダーから配管へのガス流を制御することの記載はあるものの、ラプチャーディスクを使用することを前提とした記載であって、ラプチャーディスクを使用せずに、各バルブの開弁時期をずらして複数のガスシリンダーからそれぞれ順次ガスを放出することよって保護区域又は保護された部屋の加圧を防止することについて記載や示唆はない。
以上のとおり、甲1記載の「容器弁」付き窒素ガス貯蔵容器の「容器弁」と甲2技術的事項の「ラプチャーディスク」は、動作及び機能が異なること、
甲1及び2のいずれにおいても貯蔵容器の容器弁又はガスシリンダーのバルブの開閉時期をずらして複数のガスシリンダーからそれぞれ順次ガスを放出することによって保護区域又は保護された部屋の加圧を防止することについての記載や示唆はないことに照らすと、
甲1及び2に接した当業者は、甲1発明において、保護区域又は保護された部屋の加圧を防止するために甲2記載のラプチャーディスクを適用することに思い至ることがあり得るとしても、ラプチャーディスクを用いることなく、各「窒素ガス貯蔵容器」に付いた「容器弁」の開弁時期をずらして複数のガスシリンダーからそれぞれ順次ガスを放出することよって加圧を防止することが実現できると容易に想到することができたものと認めることはできない。
仮に本件決定が述べるように甲7(特開2007‐330438号公報)及び甲8(特開平7‐39603号公報)の記載から、「複数の消火ガス容器を備え、防護区画へ配管等の導入手段を介して消火ガスを導入する消火設備において、複数の消火ガス容器のうちの一つの容器の容器弁と別の容器の容器弁との開弁時期をずらして、防護区画へ消火ガスを導入し、容器弁の開弁時期は制御部により決定づけられること」は、ガス系消火設備の技術分野において、本件出願前、周知であったことが認められるとしても、当業者が、甲1発明において、上記周知技術を適用することについての動機付けがあることを認めるに足りる証拠や論理付けがない。
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第4 考察 |
特許審査基準によれば、請求項に係る発明の進歩性の判断は、先行技術に基づいて、当業者が請求項に係る発明を容易に想到できたことの論理の構築(論理付け)ができるか否かを検討することにより行われる。審査官は、先行技術の中から、論理付けに最も適した一の引用発明を選んで主引用発明とし、主引用発明から出発して、当業者が請求項に係る発明に容易に到達する論理付けができるか否かを検討する。論理付けができたと判断した場合は請求項に係る発明が進歩性を有していないと判断し、論理付けができないと判断した場合は請求項に係る発明が進歩性を有していると判断することになる。
本判決では進歩性判断の論理付けについて詳細な検討が行われている。
実務の参考になるところがあると思われるので紹介した。
以上
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