審決取消請求事件(海生生物の付着防止方法およびそれに用いる付着防止剤)

解説 解説 審決取消請求事件の進歩性の判断(組み合わせの動機付け)において、主引用文献記載の発明に副引用文献記載の発明を組み合わせる動機付け、等が検討・判断されて、取消事由は理由がないとされた事例。
(知的財産高等裁判所 令和4年(行ケ)第10003号 審決取消請求事件
判決言渡 令和5年4月27日)
 
第1 事案の概要

 被告らは、発明の名称を「海生生物の付着防止方法およびそれに用いる付着防止剤」とする発明についての特許第5879596号(本件特許)の特許権者である。
 原告が本件特許について特許無効審判(無効2017-800145号)を請求したところ、特許庁は「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決(一次審決)をした。原告は、知的財産高等裁判所に一次審決の取消訴訟を提起し(平成30年(行ケ)第10145号)、同裁判所は、令和元年7月18日、一次審決を取り消す旨の判決(一次判決)をした。これに対し被告らから上告受理の申立てがされたが、令和2年9月18日に上告不受理の決定がされ、一次判決は確定した。特許庁に戻って再開された無効2017-800145号において被告らは、令和3年4月9日付けで、本件特許の特許請求の範囲につき訂正(本件訂正)の請求をした。
 特許庁は、令和3年11月30日、本件訂正を認めた上で、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決(本件審決)をし、原告が、本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起した。
 ここでは、原告が主張した取消事由1−1(甲1発明に基づく本件特許発明1の進歩性の判断の誤り)についての知財高裁の判断部分を紹介する。

<本件訂正後の本件特許の請求項1(本件特許発明1)>
 海水冷却水系の海水中に、二酸化塩素と過酸化水素とをこの順もしくは逆順でまたは同時に添加して、二酸化塩素濃度0.01〜0.5mg/L、過酸化水素濃度0.1〜1.05mg/Lとし、前記二酸化塩素と過酸化水素とを海水中に共存させることにより海水冷却水系への海生生物の付着を防止することを特徴とする海生生物の付着防止方法。 <本件審決の要旨>
 本件特許発明は、特公昭61-2439号公報(甲1文献)に記載された発明(甲1発明)及び特公平6-29163号公報(甲2文献)、特開平6-153759号公報(甲3文献)等に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
 本件特許発明は、特開平8-24870号公報(甲5文献)に記載された発明(甲5発明)及び甲1、甲2等に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

<補正の許否についての判断の要旨>
 原告が平成30年6月27日付で提出した口頭審理陳述要領書及び令和3年5月20日付で提出した弁駁書による請求の理由の補正(本件補正)は、その要旨を変更するものであって、特許法131条の2第1項本文の規定に違反するところ、同第2項の規定に基づき、これを許可することはしない。

<本件審決が認定した甲1発明>
 冷却用海水路の海水に、有効塩素発生剤と過酸化水素とを同時または交互に注入することにより、冷却用海水路における海水動物の付着を抑制する海水動物の付着抑制方法。

<本件審決が認定した本件特許発明1と甲1発明の一致点>
 海水冷却系の海水中に、過酸化水素を添加して、海水冷却水系への海生生物の付着を防止する海生生物の付着防止方法。

<本件審決が認定した本件特許発明1と甲1発明の相違点1>
 本件特許発明1は、海水中に更に「二酸化塩素」を「この順もしくは逆順でまたは同時に添加して、二酸化塩素濃度0.01〜0.5mg/L、過酸化水素濃度0.1〜1.05mg/L(本件数値範囲)とし、前記二酸化塩素と過酸化水素とを海水中に共存させ」ているのに対して、甲1発明は、海水中に更に「有効塩素発生剤」を「同時または交互に注入する」点。


第2 判決

1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。


第3 理由

 本件審決は、仮に本件補正を考慮して、甲5文献記載事項等を甲1発明に組み合わせることを許容したとしても、本件特許発明1には進歩性が認められると判断しているところ、事案に鑑み、まずこの点に関する本件審決の判断に誤りがあるかについて検討する。
 甲1発明は、海水を使用している流路、プラントにおける海水動物の付着を抑制する方法に関する(1頁左欄11ないし12行)。
 海水の工業的利用の際、海水動物が設備に付着するのを防ぐため、有効塩素発生剤等が使用されてきたが、残留毒性、蓄積毒性による海水動物の生態環境の破壊、輸送時の危険性、注入時の作業安全性等の問題があった(1頁左欄13行ないし右欄21行)。

相違点1の容易想到性について

ア 相違点1のうち、甲1発明における有効塩素発生剤を二酸化塩素に置換する動機付けがあることについては、一次判決の拘束力が及び、当事者間に争いもない。
イ 甲1発明と甲5文献記載事項の組合せにより、相違点1のうち、本件数値範囲を容易に想到することができるかについて
 甲5発明は、甲1発明における塩素剤の添加によりトリハロメタン類が生成されるという課題があることを前提として、工業用海水冷却水系にあらかじめ過酸化水素剤を特定の濃度で分散させた後、塩素剤を特定の濃度で添加するという解決手段を採用しているのであり、かつ、各特定の濃度について、過酸化水素剤は「0.01〜2mg/L」、塩素剤は「トリハロメタン類の生成を防止しうる濃度又はそれ以下の濃度」である「使用される過酸化水素の1モル当り、0.03〜0.8モル(ただし、有効塩素として)に相当する濃度で、かつ、海水冷却水 に対して0.01〜1.0mg/L(ただし、有効塩素として)」としているのである(甲5の【請求項1】及び【請求項2】参照)。
 そうすると、甲5発明は、甲1発明における上記課題を、それ自体で解決しており、かつ、塩素剤の使用を前提としているのであるから、当業者において、甲1発明における有効塩素発生剤を二酸化塩素に置換した上で、更に甲5発明を組み合わせるという動機付けがあるとはいえない。
 また、甲5文献は、二酸化塩素の添加を想定していないから、二酸化塩素の特定の濃度割合を開示するものでもない。
 したがって、当業者が、甲1発明と甲5文献の組合せにより、相違点1のうち、本件数値範囲を容易に想到することができるとはいえない。
ウ 甲1発明のみにより、相違点1のうち、二酸化塩素と過酸化水素の特定の濃度割合を容易に想到することができるとの主張について甲1文献には、二酸化塩素と過酸化水素の組合せそのものが開示されておらず、二酸化塩素濃度をどのように最適化又は好適化するかについて直接教示するところはない。
 したがって、甲1文献の記載のみから、本件数値範囲を導くことが容易であるとはいえない。

有利な効果について
 前記において説示したところに照らせば、相違点1について容易想到性が認められないから、有利な効果について判断するまでもなく、本件特許発明1には進歩性が認められることになるが、当事者の主張に照らし、念のために有利な効果の存否についても検討しておく。  訂正明細書には、本件数値範囲の全体にわたり、海生生物付着防止効果を有すること、その効果は、同程度の濃度の次亜塩素酸ナトリウムと過酸化水素とを併用添加した場合の効果と比較して、優れていることが具体的に開示されているといえ、この効果を当業者が予測し得るものともいえない。
 したがって、本件特許発明1が進歩性を有することは、この点からも明らかといえる。  以上のとおりであって、本件補正を前提としても、本件審決の甲1発明に基づく本件特許発明1の進歩性の判断に誤りがないから、その他の点について判断するまでもなく、取消事由1−1は理由がない。


第4 考察

 主引用文献、副引用文献の記載内容を詳細に検討した上で、主引用文献記載の発明に副引用文献記載の発明を組み合わせる動機付け、等が検討・判断されている。
 実務の参考になるところがあると思われるので紹介した。

以上


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '24/09/23