審決取消請求事件(車両ドアのベルトラインモール)

解説 解説 審決取消請求事件において、進歩性に係る判断(容易想到性の論理付け)に誤りがあるとして、審決を取り消した事例。
(知的財産高等裁判所 令和4年(行ケ)第10111号 審決取消請求事件
判決言渡 令和5年7月25日)
 
第1 事案の概要

 被告は、車両ドアのドアガラス昇降部に装着される「車両ドアのベルトラインモール」を発明の名称とする特許第6062746号(本件特許)の特許権者である。原告が本件特許に対して特許無効審判を請求した(無効2021-800095号)。特許庁は「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決(本件審決)を下し、原告が本件取消訴訟に及んだ。
 主な争点は、進歩性についての認定判断の誤りの有無である。本判決は、本件審決における引用発明の解釈は、引用発明が記載された文献の記載に反するものであるから、進歩性に係る判断に誤りがあるとして、本件審決を取り消した。
 ここでは、本件特許の請求項1記載の発明(本件発明1)と、引用文献(特公平2-11419号公報)(甲1)記載の発明(甲1発明1)との間の相違点1、3に関する判断部分のみを紹介する。


第2 判決

1 特許庁が無効2021-800095号事件について令和4年9月13日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。


第3 理由

相違点について

相違点1
 相違点1は、「縦フランジ部の下部から内側方向に延びる段差部」が、本件発明1においては、縦フランジ部の下部から内側方向に「ほぼ水平に」延びる段差部であるのに対して、甲1発明1においては、縦フランジ部の下部から昇降窓ガラス側方向に「やや下方に」延びる段差部であるというものである。
 甲1発明1のモールディングが取り付けられるドアパネルが、アウタパネルであることについては当事者間に争いがなく、甲1発明1の「昇降窓ガラス側方向」は、本件発明1の「内側方向」(車内側を指す。)と同じ方向を意味するものと認められるから、相違点1においては、段差部が「ほぼ水平」に延びるか「やや下方」に延びるかという点のみが問題となる。
 そこで検討するに、本件明細書には、段差部が縦フランジ部の下部から内側方向に「ほぼ水平に」延びることの技術的意義についての記載はない。
 また、本件発明は、端末の剛性に優れるベルトラインモールを提供するために、ドアフレームの表面に位置する部分は縦フランジ部を残して、水切りリップや引掛けフランジ部を切除できるようにし、モール本体部と縦フランジ部とで略C断面形状を形成しつつ断面剛性を確保したというものであり、ベルトラインモールの端末では、ドアフレームの表面に位置する部分は縦フランジ部を残して切除されるものであって、段差部も切除されるのであるから、段差部が「ほぼ水平に」に延びても「やや下方」に延びても、本件発明の作用効果に何ら影響するものではない。
 そうすると、段差部が「ほぼ水平に」延びるものとすることについて何らかの技術的意義があるとは認められない。
 そして、甲1発明1においても、段差部が縦フランジ部の下部から昇降窓ガラス側方向(内側方向)に「やや下方に」延びることに何らかの技術的意義があるとは認められず、甲1発明1において「やや下方に」延びる段差部を「ほぼ水平に」延びるように構成することは、当業者が適宜なし得る設計的事項にすぎないというべきである。
 そうすると、甲2記載事項について検討するまでもなく、甲1発明1において段差部に設計的変更を加え、これを「ほぼ水平に」することは、当業者が容易に想到できたものと認めるのが相当である。
 したがって、本件審決には、相違点1に係る容易想到性の判断に誤りがある。

相違点3
 相違点3は、「前記ベルトラインモールはドアのパネルに装着され」に関して、本件発明1においては、「前記ドアガラス昇降部はモール本体部と引掛けフランジ部とでドアのアウタパネルの上縁部に挟持」装着されているのに対して、甲1発明1においては、「前記ベルトモールディングMは、車体側のドアパネルPに押込んで取付けられ」ている点というものであるが、甲1発明1の「ドアパネルP」はアウタパネルであり、モールディングが取り付けられている場所については本件発明1と甲1発明1において相違しないから、相違点3については、甲1発明1の「押込んで取り付けられ」が、本件発明1の「挟持」装着と相違するか否かが問題となる。
 そこで検討するに、甲1の発明の詳細な説明の記載(甲1の1欄23行目〜2欄9行目)から、モールディングは、アウタパネルの上辺に嵌着係合されているものであるが、一部を切除した端末部(端部)についてはそのままでは嵌着係合することができないものであると認められる。
 そして、甲1の3欄2〜10行目、第3図a、b、4欄11〜18行目の記載から、甲1発明1においては、端部についてはモールディング本体の一部を切欠くが、当該部分についてはアウタパネル(甲1の「車体のドア」「車体パネル」「車体側パネル」「ドアパネルP」)の上縁辺と嵌着係合することができないので、切欠いた部分のフランジ部にビス孔を形成して、アウタパネルにねじ止めにより固定するものとされているものと認められる。
 そうすると、甲1発明1においては、モールディングは、端部以外の部分においては、アウタパネルの上辺に「嵌着係合」されているものであるが、モールディングがアウタパネルを挟むようにして取り付けられるものと容易に理解できるから、甲1発明1の「押込んで取り付けられ」は、本件発明1の「挟持」装着と実質的に同じように、モールディングがアウタパネルの上縁辺を挟むようにして取り付けられた状態を指すものと認めるのが相当である。
 そうすると、相違点3は実質的な相違点ではない。
 この点、本件審決は、甲1の第3図aについて、車体側パネル(ドアパネルP)は、モールディングMのリップ14、15に対峙する側においては、リップ14、15から離れる方向すなわち手前側にクランク状に屈曲しており、甲1発明1において、車体側パネル(ドアパネルP)にモールディングMを取り付けた状態において、車体側パネル(ドアパネルP)はモールディングMの手前側に位置するものと解されるとして、甲1発明1においては、ドアパネルPがモールディングに挟まれるものではなく、手前側に位置するものであり、モールディングMをネジ止めすることで取り付けられていると認定して、相違点3について容易想到ではないと判断し、被告も本件審決の上記認定が相当であると主張する。
 しかしながら、甲1の各記載からは、モールディングは、端部以外の部分では、アウタパネルを挟むようにして取り付けられているものであって、ネジ止めすることで取り付けられているものではないと認められるから、本件審決の上記認定は甲1の記載に反するというほかない。
 したがって、本件審決には、相違点3に係る判断に誤りがある。


第4 考察

 段差部が「ほぼ水平」に延びるか「やや下方」に延びるかという相違点1に関し、本件審決は、甲1発明1における「やや下方」に延びる段差部を本件発明のように「ほぼ水平」に延びるように変更することは「想到容易でない」としていた。この本件審決を取り消した本判決では、本件明細書の記載からすれば、段差部が「ほぼ水平に」に延びても「やや下方」に延びても、本件発明の作用効果に何ら影響するものではなく、段差部が「ほぼ水平に」延びている本件発明において、段差部が「ほぼ水平に」延びることについて何らかの技術的意義があるとは認められない。また、段差部が「やや下方に」延びている甲1発明1において、段差部が「やや下方に」延びることに何らかの技術的意義があるとは認められない、とした。
 進歩性の容易想到性の論理付け、論理付けの根拠となる明細書の記載に関して実務の参考になるところがあると思われるので紹介した。

以上


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '24/09/23