審決取消請求事件(表示装置)

解説 解説 審決取消請求事件の進歩性の判断において、原告が審決取り消しの理由として主張した阻害要因、顕著な効果について判断が行われた事例
知的財産高等裁判所 令和4年(行ケ)第10113号 審決取消請求事件
判決言渡 令和5年11月14日)
 
第1 事案の概要

 原告は、発明の名称を「表示装置」とする特願2019‐208203号(本件特許出願)の出願人である。本件特許出願に拒絶査定を受けた原告は拒絶査定不服審判請求するとともに、特許請求の範囲の請求項1を補正した。特許庁は、不服2022‐4857号として審理し、本件補正発明は、米国特許出願公開第2014/0285477号明細書(引用文献1)記載の発明などに基づいて当業者が容易に発明をすることができるものであるとして「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決(本件審決)を下した。原告が本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起したものである。


第2 判決

1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。


第3 理由

<本件補正発明>
 補正後の特許請求の範囲の請求項1に係る発明(本件補正発明)は次のとおり。

【請求項1】
 表示光を放出するため2次元的に配置された画素を備えた表示パネルと、
 外光を検出する少なくとも1つの光センサと、を備え、
 印刷表示媒体の外光に対する拡散反射光を再現するために、
 前記表示パネル内の特定領域において、前記光センサで検出される、外部から前記表示パネルの前記特定領域に入射する外光の光束に対して、前記特定領域内の画素から出射される光束が、所定の割合の拡散反射率と前記特定領域に入射する外光の光束との積により制御され、
 前記画素の放射光強度の角度依存性が、ランベルトの余弦法則に基づき、完全拡散板の均等拡散分布になる、もしくは輝度の半値角が120°以上で、基板面垂直方向からなだらかに減少する配光分布を有し、
 前記印刷表示媒体の外光に対する拡散反射光を再現する場合の画素の輝度は、前記光センサで検出された照度を用いて、画素の輝度=拡散反射率×照度/πの計算式に基づき設定されることを特徴とする表示装置。

<本件補正発明と引用発明との間の相違点>
 本件審決が認定した本件補正発明と引用発明との間の相違点1、相違点2
【相違点1】
 本件補正発明は、「前記画素の放射光強度の角度依存性が、ランベルトの余弦法則に基づき、完全拡散板の均等拡散分布になる、もしくは輝度の半値角が120°以上で、基板面垂直方向からなだらかに減少する配光分布を有〔する〕」ものであるのに対して、
 引用発明は、このような配光分布を有するものであることの特定がない点。
【相違点2】
 本件補正発明では、「前記印刷表示媒体の外光に対する拡散反射光を再現する場合の画素の輝度は、前記光センサで検出された照度を用いて、画素の輝度=拡散反射率×照度/πの計算式に基づき設定される」のに対して、
 引用発明では、測定された周囲光の照度に基づいて決定された、表示画素のRGBサブ画素の最大輝度値及び最小輝度値を参照して、表示画素のそれぞれのサブ画素に関連付けられた画像データのRGB色値をスケーリングし、画像データのスケーリングされたRGB色値は、周囲光の照度がしきい値を下回るときに最小輝度を維持するように、ディスプレーのためのプリセット値で補償される点。

<原告が主張した取消事由と知財高裁の判断>
 原告が主張した取消事由1(相違点1及び2についての容易想到性の判断の誤り)における、有機発光表示装置がランベルト分布に近い発光分布を持つとはいえないこと、引用文献1における照度値と放射輝度が比例関係(比例定数ρ/π)とはいえないこと、引用文献3から技術常識3は認定できないこと、技術常識2は表示装置の制御に適用できる技術常識ではないこと、に関しては、引用文献の記載や証拠を踏まえると、原告らのこれらの主張はいずれも採用することができないとされた。

<阻害要因>
 原告らは、引用発明は周囲光の照度がしきい値を下回るときに最低輝度を維持するような制御をするもの(最低輝度の維持制御技術)であり、本件補正発明のように照度と放射輝度が比例関係となるような構成(照度輝度比例構成)を採用することには阻害要因がある旨主張する。
 引用文献1の記載に照らすと、引用文献1に記載されている発明は、表示装置と紙の発光の仕組みの違いを踏まえつつ、表示装置においても印刷物のような自然な画像品質を提供することを目的として、これを実現するため、周囲光特性及び実質的な紙の光学特性を用いて、紙に印刷された画像コンテンツの特性を模倣しようとするものと認められる(本件審決が認定する引用発明の第1段落部分参照)。
 このような引用発明において、紙の光学特性(紙のような印刷表示媒体を反射面とする外光の照度とその反射光の輝度は比例関係にある)を用いて、表示装置の表示における外光の照度と放射輝度の関係を、印刷表示媒体を反射光とする外光の照度とその反射光の輝度の関係に一致させることにより、外光による印刷表示媒体の外観を模した表示画像とすること、すなわち技術常識3を適用することは、ごく自然なものというべきである。
 引用文献1には、原告らの主張するとおり、最低輝度の維持制御技術の開示があり、本件審決はこれを引用発明の構成要素として認定している(本件審決の認定に係る引用発明の第3段落部分)。しかし、引用文献1の記載事項全体を踏まえてみれば、最低輝度の維持制御技術の位置づけは、「一実施形態」であり、本来の目的との関係で必須のものとはされていない。引用文献1における記載(「・・・してもよい」)も、これを裏付けるものである。
 また、最低輝度の維持制御技術は、周囲光の照度がしきい値を下回るときに初めて発動されるものであって、それ以外の条件下においては、照度輝度比例構成と矛盾・抵触するものではなく、むしろこれを前提とするものといえる。すなわち、最低輝度の維持制御技術と照度輝度比例構成とは、技術思想としては両立・並存するものということができ、引用発明が最低輝度の維持制御技術を有するものであるとしても、照度輝度比例構成の採用を必然的に否定するような関係にはない。
 以上の検討を踏まえると、引用発明に含まれる最低輝度の維持制御技術は、引用発明と技術常識3を組み合わせる阻害要因になるものではないというべきである。
 以上によれば、引用発明において、相違点2に係る本件補正発明のように、紙の光学特性を模倣して照度と輝度を比例関係として構成することは、当業者が容易に想到し得たと認められる。

<顕著な効果>
 原告らは、本件補正発明が、あたかも表示装置が紙のような印刷媒体であるかのような感覚を与えるという課題を解決するために、あえて引用発明にない技術事項を備え、これにより、本件補正発明は、引用発明と比較して、より、あたかも表示装置が紙のような印刷媒体であるかのような感覚を与えることができるという有利な効果を奏する旨主張する。
 しかし、原告らが主張する本件補正発明の効果は、あたかも表示装置が紙のような印刷媒体であるかのような感覚を与えることができるということに尽きるところ、引用文献1の記載事項に照らすと、当業者が当該記載事項及び技術常識から十分に予測可能なものであり、その顕著性も認められない。


第4 考察

 特許審査基準によれば、進歩性の判断は次のように行われる。まず、請求項に係る発明と主引用発明との間の相違点に関し、技術分野の関連性、課題の共通性、作用・機能の共通性、引用発明の内容中の示唆のような、主引用発明に副引用発明を適用する動機付け、等の進歩性が否定される方向に働く要素に係る諸事情に基づき、副引用発明を適用したり、技術常識を考慮したりして、主引用発明から出発して、当業者が請求項に係る発明に容易に到達する論理付けができるか否かが判断される。ここで論理付けできると判断した場合、次に、有利な効果や、副引用発明が主引用発明に適用されると主引用発明がその目的に反するものとなるような場合などの阻害要因、等、進歩性が肯定される方向に働く要素に係る諸事情も含めて総合的に評価して、上述した論理付けができるか否かを判断する。この結果、論理付けができたと判断した場合に、審査官は、請求項に係る発明が進歩性を有していないと判断する。
 原告が審決取り消しの理由として主張した阻害要因、顕著な効果についての判断が行われた判決である。
 実務の参考になるところがあると思われるので紹介した。

以上


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '24/10/07