審決取消請求事件(磁極ハウジングの製作方法、電動機用磁極ハウジング、および、電動機)

解説 解説 審決取消請求事件の進歩性の判断(周知技術1を適用した引用発明への周知技術2の適用)において、相違点に係る本願発明の構成に容易に想到し得たという論理付けがなされている事例
知的財産高等裁判所 令和5年(行ケ)第10013号 審決取消請求事件
判決言渡 令和5年12月26日)
 
第1 事案の概要

 原告は発明の名称を「磁極ハウジングの製作方法、電動機用磁極ハウジング、および、電動機」とする特願2019-510750号(本件出願)の特許出願人である。本件出願に対する拒絶査定不服審判の請求(不服2021‐10198号)で特許庁が「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決(本件審決)を下し、原告がその取り消しを求めて出訴した。
 本件審決は、本願発明は、国際公開第2012/113432号(甲5)に記載された発明(引用発明)及び、実開平5‐50962号(甲6)、実開昭61‐165058号(甲7)、実開昭52‐75009号(甲8)等に記載されている周知の事項(周知の事項1)、特開平4‐112640号公報(甲9)等に記載されている周知の事項(周知の事項2)に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたとしていた。
 原告は、引用発明に周知の事項1及び2を適用し、相違点に係る本願発明の構成に容易に想到し得たということはできないとの取り消し理由を主張した。


第2 判決

1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
3 原告らのため、この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。


第3 理由

周知の事項1の引用発明への適用について
 甲5に本件審決が認定した引用発明が記載されていることは当事者間に争いがない。甲6から8までに本件審決が認定した周知の事項1が記載されていること自体は原告らもこれを積極的に争うものではなく、十分認めることができる。

周知の事項1の引用発明への適用
技術分野
 引用発明は、電動機用の磁極ハウジングの技術分野に属する発明である。他方、甲6から8までの記載内容によると、周知の事項1も、電動機に用いられる円筒状のカバー等又は円筒状のカバー等を用いた電動機の技術分野に属する技術であると認められる。したがって、引用発明と周知の事項1とは、その属する技術分野を共通にするということができる。

引用発明の課題
 引用発明は、「前記チューブ・シース2の前記縦方向のエッジ3がレーザーによる溶接の継ぎ目5を用いて接続され、溶接された前記ポールチューブ1を形成し、液体及びガスを透過させない継ぎ目エッジが保証され、」との構成を有し、また、甲5には、引用発明のチューブ・シース2の縦方向の2つのエッジ3が溶接により流体封止的に連結される旨の記載がある。
 このように、引用発明は、シリンダー状のポールチューブ1を形成するに当たり、チューブ・シース2の両端(縦方向)である2つのエッジ3を流体封止的に固定することを前提とするものであるが、2つのエッジ3の流体封止的な固定が実現されても、ポールチューブ1のチューブ末端6aとベアリング保護板7とが流体封止的に固定されなければ、電気モーターのためのポールケーシングの全体としては流体封止的な密閉が実現されないことになり、2つのエッジ3の流体封止的な固定の趣旨が没却されることになる。
 以上によると、引用発明には、ポールチューブ1のチューブ末端6aとベアリング保護板7とを流体封止的に固定するとの課題が内在しているものと認めるのが相当である。

引用発明の課題の解決手段
 周知の事項1は、甲6から8までに記載されている技術であるところ、甲6の記載及び弁論の全趣旨によると、周知の事項1(要するに、ハウジングの全周にわたってハウジングの端部に段付き部を形成し、ハウジングのカバーを当該段付き部に配置し、ハウジングの全周にわたって当該端部の環状薄肉部を変形させて加締め加工を施す旨の技術)を用いてハウジングのカバーを当該ハウジングに取り付けた場合、ハウジングの内部に外部から水分等が浸入しないようにすること、すなわち、ハウジングとカバーとの流体封止的な固定を実現することができるものと認められる(なお、流体封止的な固定までがされているかは不明であるものの、甲7にも、ブラケット9の被挟持代部10及びベース46の被挟持代部47が巻かしめ部6と段付部7との間で共締めされて強力に挟持固定される旨の記載がある。)。
 そうすると、周知の事項1は、引用発明に内在する上述した課題を解決することができる手段(技術)であるといえる。

周知の事項1を引用発明に適用する動機付け等
 以上によると、引用発明に周知の事項1を適用する動機付けがあったものと認めるのが相当である。

周知の事項2の引用発明への適用について
周知の事項2の認定
 甲9、乙1及び乙2の記載並びに弁論の全趣旨によると、本件審決が認定した「管状部材の管端部に段付き部を形成する際、プレス装置を用いること」(周知の事項2)は、本件優先日当時の周知技術であったものと認めるのが相当である。
 原告らは、本件審決は引用発明に周知の事項1を適用した結果なお残る相違点に係る本願発明の構成を埋めるため、甲9に記載された技術的事項を都合良く切り取って周知の事項2を認定したが、このような認定は後知恵又は事後分析的なものであると主張する。
 しかしながら、進歩性の判断の対象となる発明と主引用発明との相違点に係る当該対象発明の構成の容易想到性の判断に当たり、当該相違点に係る当該対象発明の構成を念頭に置きながら、同様の構成を有する副引用発明、周知技術等の存否について検討することは、発明の進歩性の判断において通常採用されている手法であり、これが後知恵又は事後分析的な判断として排除されるべきであるということはできない。

周知の事項2の引用発明への適用
動機付けの有無
技術分野
 引用発明は、電動機用の磁極ハウジングの技術分野に属する発明であり、周知の事項1は、電動機に用いられる円筒状のカバー等又は円筒状のカバー等を用いた電動機の技術分野に属する技術である。他方、甲9並びに乙1及び2の記載内容によると、周知の事項2も、電動機に用いられる管状のハウジング等又は管状のハウジング等を用いた電動機の技術分野に属する技術であると認められる。したがって、周知の事項1を適用した引用発明と周知の事項2とは、その属する技術分野を共通にするものといえる。

周知の事項1を適用した引用発明の課題
 周知の事項1は、電動機のハウジングの端部に段付き部を形成することを前提とする技術であるから、周知の事項1を適用した引用発明においては、当然のことながら、当該段付き部の形成をどのような方法により行うかについて検討する必要が生じるところ、これは、周知の事項1を適用した引用発明が有する課題であるといえる。

周知の事項1を適用した引用発明の課題の解決手段
 周知の事項2は、管状部材の管端部に段付き部を形成するための具体的な方法 (プレス装置の使用)を示す技術であるから、周知の事項2は、周知の事項1を適用した引用発明が当然に有する前記の課題を解決することのできる手段(技術)であるといえる。

小括
 以上によると、周知の事項1を適用した引用発明に周知の事項2を適用する動機付けがあったものと認めるのが相当である。

取消事由についての結論
 本件優先日当時の当業者は、引用発明に周知の事項1及び2を適用し、相違点に係る本願発明の構成に容易に想到し得たものと認めるのが相当である。したがって、相違点についての本件審決の判断の誤りをいう原告ら主張の取消事由は理由がない。


第4 考察

 周知技術1を適用した引用発明が当然に有する課題を解決する手段として周知技術2を適用することで、相違点に係る本願発明の構成に容易に想到し得たという論理付けがなされている判決である。
 実務の参考になるところがあると思われるので紹介した。

以上


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '24/10/07